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第5章


緒環アジトにて

全員救護班の車に乗車し、無事にアジトに帰ってきた。それが先程のことだ。
今は各々雪花に傷の手当をしてもらったり武器の手入れをしたりと次の出動に備えている。
その中で白華は雪花に呼び出されていた。
白華は雪花に一緒に持ってくるように言われたカルテを軽く眺める。
それはセレイアのもので先程症状をメモして置いたそうだ。そしてそれを部屋に忘れたらしい。
もう老いてきたのでは?と思うが自分もあまり言えた口では無い。
そして呼び出された要件というのは一体…
そう思いながら廊下を歩く。
心当たりはあるが…なんて思考をめぐらせていれば雪花がいるはずのセレイアの病室から物音が聞こえた。
それからまもなくすると部屋からセレイアが飛び出してくる。
「白華!そいつ止めてくれ!!」
追いかけるように セレイアの部屋から飛び出した雪花が大きな声でこちらへ叫ぶ。
突然のことに少し動揺しつつも咄嗟に体を動かしこちらに走るセレイアの肩を掴む。
「おい、セレイア?どうし、た、」
肩をつかめばセレイアは反射的にこちらの顔を見、怯えた表情を見せた。
「ぁ、あ、…わたしが、わたしが…あ、もうしわけ、ありま、せっ、ん、…」
こちらに完全に怯えきった表情を見せたかと思えばその紫色の瞳はぐらぐらと揺れ、冷や汗が垂れている。
「おい、セレイア?お前本当に」
その言葉を最後まで言うことなく、白華の手はセレイアに振り払われてしまう。
がちがちとなにかに震えた動作を一瞬見せれば、はと気づいたようにその手に握るセレイアのいつもの武器をこちらに振り回してきた。
「うぉっ、と、」
慌てて避けるとその隙にセレイアは廊下を走り出す。
一体どこに行く気なのかは知らないが白華は見過ごす訳にも行かずセレイアの背中を追う。
しかしそのセレイアの走った先にはおそらく見舞いに来ようとしていた碧が居た。
「…!碧!危ねぇ!」
すかさず声を出したが碧はふとこちらを向くとセレイアが走ってきていることに驚きの表情をする。
「え、セレイアさん、動けるように」
「馬鹿!違う!よく見ろ!」
錯乱したセレイアが碧にも牙を剥くのではとセレイアを蹴り飛ばしてでも止めようとした瞬間、セレイアはいつもの武器を剣にして振り回そうとした。

が、その剣は碧にあたる前にピタリと止まった。
「ぁ、は、あぁ、…」
がたがたとセレイアの体が震える。
今捕まえようと手を伸ばすと、セレイアは何を思ったのか真横に踵を返し、窓に向かって突進する。
バリンっ!と大きな音がたち、セレイアは外に飛び出した。
「!?おいセレイア!待て!」
「セレイアさん!?」
そう外に向かって言えば既にセレイアは地面に着地しており、そのまま走って行ってしまう。
追おうと思うがここは2階。同じように飛び出して無傷で済めるか分からない部分もある。
不安に駆られた碧は飛び降りようとするが危険だと判断して白華が咄嗟に止める。
そこで突然下から声がした。
「セレイアさん!!!」
ふと下を見れば駆け出して言ったのは星那。
「星那!?どこに」
「白華さん!私セレイアさんを追います!安心してください!私イルフォードさんに隠密の方法を教えてもらったんです!絶対連れて帰ってきますから!」
星那はばっと上を向いて一方的にそんな言葉を投げてセレイアが走っていった方に駆け出して行ってしまう。
「は!?おいまっ、」
そう返そうとした頃にはもうセレイアを追って道の角を曲がってしまったところだった。

「ボス、!ど、セレイアさんが、なんで、!」
次は隣にいた碧が白華を問い詰めるように声がかけられる。その声はどこか震えていて焦燥に塗れている。
「最愛の人が錯乱して驚くのもわかるが落ち着け」
今何が起こっているのか分からない白華には何も返すことが出来ず少し動揺したところに一際落ち着いた声が通った。雪花のものだ。
「な、アンタ何か知ってはるん!?そない落ち着いて、」
「分からん。が、おそらく原因とこれからの行動は予想が着く。今から説明するからちゃんと落ち着いて聞くといい。…兎にも角にも、そうだな。あちらの部屋で話をしよう。今からセレイアを追うのは危険行為だからな」
そう言って雪花は踵を返し、いつも雪花が使っている部屋へと案内する。
碧も白華も話を聞くためにその案内に応じた。

街中にて

何故今私は走っているのか分からない。
何も、分からない。
ただ全ての声が、視線が、行動が。
敵に見えて、私を責めているようで。
謝ることしか出来ない。
世界が曲がっているように見える。
ぐらぐらと視界が歪み、もう真っ直ぐ走っているのかすら分からない。
酷く、気持ちが悪い。

ワタシハ、

「やぁ。元気してる?」

セレイアの耳に軽い少年の声が響く。
その声は矢鱈上機嫌で、何故かセレイアは反射的に足を止め、目の前に立つ声の主の前に膝を着いた。
「顔上げていいよ」
その言葉にセレイアは言われたまま顔を上げる。
幼い、少年。
「とこしえ、さま……」
「うん!ボクのこと覚えてるみたいだね!完璧だ」
とこしえ、否、紅永はそう言ってにっこりと笑う。
「■■■■■……ボクと一緒においで。ルア。」
「…はい。仰せのままに、トコシエ様」
気づけばその言葉を発していた。
否、もう、どうでもいい。何もかも。
ムカシノ アノコロニ モドレルナラバ
____


朝の起床は最悪だった。
原因は昨日の会議だ。
会議にフェールデは最後まで姿を表さず、しかも紅永の口から死んだという事実まで伝えられた。
昨日まで話した記憶のある味方が居なくなるとはこんな気分なのか、いや、きっとこんなものでは無いのだろう。
仁は不思議とただ悲しいと思うことは無かった。
思い出したくもないが昨日の会議がどうしても頭にチラつく。
起床すぐ、顔を洗ってもその記憶が途切れることはなかった。

✣昨日✣

紅永を呼び戻しいつもの会議室に全員着席していた。
ひとつの空席を除いて。
幹部、フェールデのものだ。
「さぁ。会議を始めようか」
そんな紅永の一言で重苦しい沈黙が訪れる。
「…何?みんな暗いね〜!結構人間殺せたんじゃないの?」
「…紅永、」
「ん?」
緋緒が口を開く。
「フェールデは、帰ってきていないのか。」
「あぁそのこと。」
緋緒はフェールデを見捨てた。その事がどうしても引っかかって居るのだろう。
だがそんなこと気にする必要も無い。
その死は紅永にとっては望ましいことなのだから。
「フェールデなら死んだよ。灰になってね。」
目を細めて紅永は笑う。
その笑顔がいつもながら不気味で、仁の背中を不快感いっぱいに撫でた。
「…それはそうとして次の作戦に移ろうか。」
そう言って笑った紅永の口から出た作戦というものは、もはや人道的とは言えないものだった。
否、もう俺たちは人を殺している時点で人道的ではない、それでも、その中で少しずつ何かを見いだしてきたのに。
ただその命令ひとつが、邪魔な祓魔師たちを必ず殺すという意志を感じ取ってならないほどの明確な殺意。
そんなものが籠っていた。

正直そこの内容はぼーっとしていて覚えていない。
聞いていたはずなのに脳髄を叩かれたような感覚でまともに聞いた感覚すらしなかった。
俺のやらなければならないことは覚えているのに。
あぁでも一つだけ覚えている。
最後ノクスが酷い顔で会議室を出ていったことを。

仁はたまたま席が近かったから聞こえただけだ。断じて聞き耳を立てていたとかではない。
話が粗方終わると紅永は一人一人に何をするかを伝えていた。
途中でノクスに当たった。
その時に紅永は言い放った。
「ノクス。…今日はよく頑張ったね。いい子だね」
その言葉を聞いた瞬間、ノクスの表情が凍った。
正確には信じられないものを見るような、否どこか怯えた顔。
どんな言葉にも形容しがたい表情。ひたすらに色んなものが混ざっていたのだけは分かった。
「それで、ノクスの仕事は」
紅永が最後まで言う前にノクスは大きな音を立てて席を立った。
「…こんなこと付き合ってられっか!…俺は部屋に戻る。今回の作戦も参加しねぇ。俺は自由にやる」
そう言い捨てて紅永を強く睨むと会議室の扉を強く閉めて出ていってしまった。
そんな経緯だ。
ただ褒めてくれただけなのに何故そこまで怒る必要があったのかは仁にも分からない。
ただ、ノクスが去った後の紅永は分かっていたかのようににっこりと微笑んでいて仁は再び、紅永に対して嫌悪感を抱いた。
そうなることを分かっていたような笑みだった。

✣✣

昨日の会議はだいたいそんな感じで終始重苦しい空気だったことは覚えてる。
たった一人を除いて。
1人いたのだ。非常に元気な女。
フェールデが死んだことに対してもノクスがキレたことに関しても、紅永とはまた違った意味で無関心の表情を称えていた。
「リアナ」
「何よ?リアナ様と呼びなさい。」
「……聞きたいことがあるんだが…」
今日も今日とて元気な彼女に仁は声をかける。
帰ってきた返答は完全に予想通りのそれで本当に彼女はいつも通りだと思ってしまう。
「聞きたいこと?あんたが私に聞きたいことなんて、何があるって言うのよ?」
実際仁はリアナに進んで話しかけることは無い。なのに今話しかけた。
不審がられてもおかしくないだろう。
「…その…リアナ、その服…新しくなったろ?」
「あら!気づいた?可愛いでしょ!」
褒めてくれたのかと満面の笑みでそう答える彼女は本当に何度も言うがいつも通りだった。
「あぁ、似合ってると思う」
「そこは可愛いって言ってよ」
可愛いをはぐらかしたらむくれられてしまった。
何故俺はこんなことをしているのか。それにはちゃんと理由がある。そうでなければリアナの相手をすることなんかまず無いだろう。
「…いや〜、そのさ、服なんだけど」
「えぇ。何よ」
むくれたわりにはすぐ話を聞いてくれる。どうやら今日は機嫌がいいらしい。
「どうやって手に入れたんだ?元々持ってたのか?」
「いいえ」
「…それならどうやって…」
基本的に金等は紅永かディーパの手ずから渡される。
しかし基本的にはそれは紅永のお金のため紅永本人にお願いしなければならない。
なんだかヒモみたいであまりしたいことでは無いので、基本的に給金のような形で出てくる金しか仁は使っていないのだ。
「紅永にお願いしたのよ。この服が欲しいって」
やっぱり。
かくいう仁も新しい服が欲しいのだ。今のパーカーは気に入っているがこの姿で夜だと何せ目立つ。
少しは身を隠したいと思って新しい服が欲しい次第なのだが…
「そうか…」
「何?私の服が羨ましいの?」
「違う」
「何よ。何が目的?服が欲しいとか?そうよねあんた毎日同じ服だものね」
「毎日では無い」
「何?実は違うシャツとか言うの?ほぼ同じなんだから同じと言って過言じゃないでしょ」
「それは…その…」
少し図星を付かれて仁が吃ると直後に屋敷内に少年の声が日々響き渡る。
「ただいまー!」
元気で異様に機嫌のいい声だ。一体何だと思い声の方に振り返るとそこには紅永が居る。
横にいるのは…
「紅永。それ祓魔師じゃないの」
金髪の整った容姿のそれは紛れもなくセレイアだった。
「え、」
「そうだよ!」
思わず仁が漏らした声を紅永はスルーして話を進める。
「連れてきたんだ。あともうセレイアじゃなくてルアだから」
にっこり笑顔でそう言う紅永に仁は悪寒を感じる。
背中にミミズがずっと這っているような感覚だ。
セレイア、いや、ルアの目は虚ろだ。
一体何をしたのか。考えたくもない。
「…ルア、…そう。わかったわ。紅永。ルアに服を頂戴。私が着せ替えするわ」
リアナは何故かルアを当然のように受け入れ座っていたソファーから腰を上げるとそう言う。
「あとルアの部屋はどこ?新しく連れてきた以上あんたか決めて欲しいわ」
そう堂々と告げるとリアナは紅永に詰め寄る。
紅永は少し考える素振りを見せるが当然のように言葉を吐いた。
「フェールデの部屋にしよう」
その言葉は到底正気とは思えない。
昨晩死んだ仲間の部屋に新しい仲間を割り当てるだろうか。いや新しい仲間というのも違う。相手は仮にも祓魔師でセレイアだ。仁は面識があるからこそセレイアなはずのセレイアでない存在に当惑する。
しかもルアと言えばセレイアの
「あそこ散らかってるじゃない。ルアをそんな小汚い部屋に住まわせる気?」
「え〜片付ければいいじゃん」
…仁の思考を遮断するかの如く紅永とリアナは口論を始めてしまう。
当のルアは上の空で虚ろな瞳をしている。
あの気配は恐らく精神支配、紅永の能力だろうか。
少なくとも廃人に近い状態なのは分かる。
最悪の気分になりながら仁は3人に背を向け離れようとするがそこで声をかけられてしまう。
「仁」
「…緋緒さん」
そこに居たのは緋緒だった。今は昼時。いつもの緋緒にしては早い起床だ。
と思って緋緒の体を見れば寝巻きだった。
顔を洗いに来たのか、うるさすぎて起こしてしまっただろうか。そう少し心配すると、緋緒は眠たげな眼を紅永たちの方に移し、その目にルアを入れた。
「…人間、…」
「ぇ、あ!!」
そう言えば緋緒は人間を恨んでいた。
緋緒を止めようとする頃にはもう緋緒は仁の体をすり抜けて紅永に詰め寄っていた。
「紅永、!あんた一体何して」
「もー!キミ達頭が硬いなぁ!人質だよ!ひーとーじーち!」
少年特有の駄々っ子のような声で紅永はとんでもないことを言う。
人質。その言葉が仁の頭に反響した。
紅永が人質を連れてきた、ということは、祓魔師達に何らかの交渉を仕掛ける。そう考えてもおかしくないことだった。

そんな口論が聞こえる中、星那は屋敷の外で屋敷への侵入路を考えていた。
何とかバレないようにがむしゃらに後ろを追ってきたら恐らく拠点であろうところに着いてしまった。
拠点に侵入するのは危険だが、星那の能力は物の記憶を見る能力。所謂サイコメトリに近い。
その能力は情報収集にうってつけだ。
少しでも情報を集めて帰るのがいいだろう。セレイアは途中、特位に会った時から様子がおかしくなっている。
連れ戻すことは難しいと考えて差し支えないだろう。
そう思考を巡らしつつ侵入路を探す。
ふと上を見れば窓の空いてる部屋があった。と言っても恐らく4階。そうおいそれと行けるところでは無い。
どうすれば行けるか、考えるが答えが出そうにも……いや、あった。方法が。
この屋敷、何個か窓が出窓の形になっておりその上なら踏むことが出来るのでは?と星那は考え少し大変だがその方法を試すことにした。

数刻経って、星那はやっと4階の窓の空いた部屋に入ることが出来た。
足音の殺し方もイルフォードに教えて貰っていて良かった。何とか邸内の吸血鬼達にはバレていないだろう。
さて、4階の窓の着いた部屋は大きな一室だった。
赤い絨毯と一際大きなベッド。それと書類が積まれている机がある。
それと最後に、赤い大鎌。
これは恐らく特位が持っていたもの。ということはここは特位の部屋という訳だ。
なんとも不用心な、最初からダンジョンがクリアされていたかのような感覚だ。
特位の部屋なら有益な情報が盛り沢山かもしれない。そう思いまずは手始めに星那は大鎌に手を伸ばした。


____血が、滴る音。
ぴちょん、ぴちょん、と一定だがどこか不規則に滴る音がする。
誰かが、眠っている。
周りは真っ暗で足元は水に使っているように重い。
眠っている人の方を見れば眠っているのは青年だ。
真っ暗闇の中、何故人が認識できるのかは分からない。
ただ彼はこの中でひとりぼっち。
眠りながら泣いている。
そんな彼の顔を見れば、星那はよく知る蝶々の痣に目を見開いた。

「あ。悪い子だ。」
「えっ、」
今まで真っ暗闇の中にいたのに突然視界に赤いものが入ってきて星那は驚き後退る。
悪い子、と星那を嘲笑う声が聞こえてそれを言った者を認識しようと視界の焦点を合わせる。
それは紛れもなく紅永だった。
「えっ、は、なん、」
星那の頭がずきずきと痛む。
能力で記憶を多く集めすぎたのだろうか。
たったあれだけの映像しか見ていないのに。
そう思うがその映像すら頭に浮かばない。
「なんで?そんなのここがボクの部屋だからに決まってるじゃん……でも…キミはすごく悪い子、ダメだよ。それを覗こうとしちゃ。キミが壊れちゃう」
そう言って笑った紅永が見えたが、打撃音と共に星那の意識はそこで途切れた。

緒環アジトにて

「さて。1つずつ説明しようか」
そう言って雪花は碧と白華を椅子に座らせ話を始めた。
「まずひとつ。気になっているだろうがセレイアの事だ」
雪花は紙を1枚だしペンを握る。
そこに推測しうる可能性を書き込みながら話し始めた。
「まずセレイアが錯乱した理由についてだ。
考えられる理由はひとつしかない。
セレイアは特位と接触している。つまり特位の能力だろう。あれは幻聴幻覚の類だと判断できる。残滓の傾向からな。……つまりあの時セレイアには私達ではなく違うものが見えていたのだろう。
そしてもうひとつ。セレイアの行った先。特位がこんな回りくどいことをした理由は分からないが妥当に考えて…そうだな、私たちを混乱させるためか、セレイアを操り、私たちにセレイアを敵と認識させ孤立…すまんが私はこういうことを考えるのは得意では無いのでな。推測は諸君らでしてくれ。…行った先は自害していればどこかは知らんが、そうでないなら特位の元と考えていい。」
「ほんまに!?そんなら今すぐ」
「落ち着け」
碧はその話を聞いて椅子からがたりと立ち上がるが白華に素早く背中を押さえつけられ椅子に座らされる。
「話は分かった。セレイアの詳しい場所は星那から連絡があるかもしれない。それまで暫く待とう。兎に角今は生きていると仮定して奪還作戦も視野に入れる」
「それが懸命だろうな」
白華の提案に雪花は頷く。
碧はセレイアの奪還作戦があるかもしれないという希望に僅かに胸を撫で下ろした。その時
「それで。煉霞についてのことは。何か分かっているのだろう?」
空気が一瞬で張り詰める。
白華のたった一言で。碧もそれは気になっていたことだ。何より、煉霞のおかげで助かったとはいえあの時の煉霞は異常だった。
碧も竜胆の人間のことでよくは知らないが、煉霞はあの中だと一際気が弱かったはずなのだ。
「…能力の発現だと思われるよ」
そんなことは誰もがわかっていただろう。
ただ次の言葉に碧は息を飲まざる追えなかった。
「…能力は全く同じというものは無いんだ。どこか人によって性質や働きかけるものが違ったりする。類似までしか存在しない。……ただ今回の煉霞の能力、既に存在しているんだよ。…報告によると煉霞の能力は炎焼の能力。転がっていた鹿の死体は血のみが焼き切られていた。つまり血を燃やす能力なんだが…」
血、それはつまり能力の性質が吸血鬼であることを指している。
「…そんなら、煉霞…さん?は、吸血鬼ってことになるんやない?」
「そういうこと」
雪花はそれをなんのことなく言うがこれは大問題では無いのか。祓魔師ともあろうものが吸血鬼であるなど。
「碧くんの気持ちも分かる。が、煉霞は己を人間だと思っていて人間を庇護する存在だと認識している。つまり敵に回ることはまず少ないだろう。それに、敵に回すのはあまりいい判断とは思えない。煉霞の能力の強さから見て、あれは上位と同じ代物だ。対応については…個人に任せる。腫れ物のように扱うのは煉霞が嫌がるだろうからな」
そこまで言われてから碧はふと白華の顔を見る。
白華の表情は何を考えているかは分からなかったがどこか真剣だ。
一体何を考えて…
「雪花。竜胆の書庫の使用許可がほしい」
「残念。私は当主でないから許可の権限を持っていない」
「……それなら、当主に連絡するしかないんだな?」
「そういうことだ」
あまりのスピードで会話が進むもので碧もその間に思考を挟む暇もなかった。
というか竜胆の書庫の使用許可…?それは一体…
聞こうとすると白華は予想していたようにポケットからケータイを取り出し、なにか操作しながらだが説明してくれる。
「緒環の書庫は30年前にとある事件で焼かれたが竜胆の書庫はまだ現存している。……そして、竜胆の書庫には古代語が記されている文献から竜胆の今まで集めた情報が全て詰まっている。」
そこまで説明してから白華は顔を上げケータイの画面を見せる。
ケータイの画面は誰かに着信していると示している。
名前は『竜胆』
「書庫で情報を集めるぞ。セレイアを攫った特位と、煉霞の情報を」
特位の情報、その言葉に碧は思わず反応した。

愛しい貴方のためなら俺はなんでも捧げる

__着信音は、接続音と共に途切れた。
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