第4章
仁と煉霞が鉢合わせした時間から少し時を遡り、一方の白華。
熱心にカタカタとノートパソコンを弄り全てのドローンの情報を確認している。
全員吸血鬼の様子を伺ったり遭遇したりと様々だ。
そして最後のドローン。4つめ。
それを操作しながら映像を確認する。
今はA地区とB地区の間を映像で確認している。
するとドローンの音声に鼻歌が入った。
軽い、少年の声だ。
鼻歌の方にゆっくりとドローンを動かし人影を探す。
同時に、既に皆が出陣した地区の近くに待機しているセレイアに通信を送る。
「セレイア、いるか?」
通信機にそう呼びかければ
『はい』と端的に返事が返ってくる。
ドローンのカメラには上機嫌で歩く紅永が既に映っていた。
「A地区とB地区の狭間に特位発見。直ちに出陣してくれ。座標は今送る。」
そう説明し、現在のドローンの座標を送る。
方向的にはこちら、緒環のアジトに移動してきているように感じる。正直気のせいだと思いたい。
セレイアからは小さく了解と帰ってきて通信が切られている。
ドローンは遠くの方から紅永を追っていく。
その小さな体躯は弾むようにタイル詰めの地面を歩いていく。
肩に乗った大鎌の大きさも重さも感じさせず歩く姿は非常に物理法則に合わず不思議と言える。
そんなことを考えつつ紅永の動向をずっと見ていると紅永がくるりと振り返る。ドローンのカメラに向かって。
画面越しにバチりと目が会い、完全にバレたと思う。
慌ててドローンを隠すように飛ばすと同時にドローンの視界の端に何かが駆け抜けていく。
ガキンッと鋭い音がしてセレイアがもう駆けつけたのだと気づく。
ドローンを隠しつつもセレイアの様子を伺うためまた、紅永に焦点を合わせる。
すると既にセレイアは少し離れた地面に倒れ伏していた。
「…やぁ。出会い頭になぁに?突然殴りかかってきて。もうちょっとで死んじゃうとこだったよ!まぁそれでも良かったのだけど、鋭さが足りなかったね」
ぺらぺらと実によく回る口でそう言う。
セレイアはそれをものともせず立ち上がる。
「…流石は特位…そう易々とは行きませんね。」
にこ、と完全に作り笑いと分かる表情を見せる。
「ご忠告ありがとうございます」
そうセレイアが言った直後、セレイアは地面を素早く蹴り、紅永へと距離を詰める。
紅永もさすがに反応できなかったかその体を氷で出来た剣によって潰し切られる。
鮮血がセレイアの頬に跳ねた。
紅永の体は剣を振り抜いた力に耐えきれず呆気なく浮き、盛大にドシャァッという音を立ててタイル張りの地面を抉り返しながら着地する。
セレイアは先程攻撃を避けられたのに対して今回は何も無かったことに驚きを隠せない。
いつもは閉じた目を僅かに開き土煙で見えにくい、紅永が倒れているであろう場所を見つめる。
あまりに呆気ない。ボスが言っていたほど警戒する理由がわからない。何故。
疑問が脳を支配する前にその疑問はあっさりと打ち砕かれた。
「…ろぉく……いやぁ〜いったいなぁ。流石、あそこのお墨付きの執事だ。…あれ?違ったっけ?ま〜いいや!」
がらがらと瓦礫を寄せる音が聞こえたと思えば土煙の中から紅永が立ち上がってくる。
腹から肩上までのセレイアが切り裂いた傷は綺麗にふさがっているものの洋服は破れたままだ。
「…にしてもさぁ。白華もいいもの拾ってくるねぇ……だけど白華、今日は悪い子だ。…ちゃぁんとお仕置しないと……ね…」
くすっとそう笑って紅永が指をくい、と己の方向に引く。
すると飛び散った紅永の血液がドローンに糸のように巻き付き紅永の指に結びつく。
そしてドローンは為す術もないまま引っ張られ、紅永の手の中に収まってしまう。
紅永はカメラの中に人が見えているかのようにカメラに話しかける。
その瞳はしっかりと白華の目を見つめていると錯覚するほどの威圧感が、カメラ越しにびりびりと感じられた。
細めた瞳は赤く、血のように暗かった。
「…また後でね。白華」
くすりと笑うと紅永はそのカメラを握り壊した。
バキバキッと派手な音を立ててドローンは残骸と成り果てる。
ばちっ、ばちっ、と電気がショートするような音が聞こえたが紅永は痛みすら訴えずにそれを粉々してしまった。
「…やっと。2人きりだね。■■■■■」
「…!?…っ…なぜ……その、名前を……」
真顔でドローンを壊していた紅永はそう言って顔を上げにこりと優しく笑いかける。
紅永が口に出した音に、セレイアはその目を大きく開く。
「探していたんだよ。キミがあそこを生き残ってるだなんて…思いもしなかったけど」
くす、くす、と先程相対していた紅永とは思えないほど砕けたと感じる優しい笑い方をする。
「……ねぇ。ボクね。…大事なオトモダチが■■で。ボク、…いや…オレ。とっても悲しいんだ。…」
少し悲しげな表情をする紅永はセレイアの目の裏に強く焼き付いた誰かの表情。
「…貴方……まさか…」
「ふふ、ふふふ……ねぇ、■■■■■。なんでキミだけ生きているの?」
突然笑い出したと思えば紅永の目が怪しく光り、その首をこてんと傾げる。
「…え…?…」
予想外の言動にセレイアはその息をひゅ、と飲む。
心臓がギリギリと締め付けられるような感覚を覚え、脳は過去を走馬灯のように思い出す。
嫌な汗が、頬を伝った。
「……君だけ、キミだけがみんなといて、幸せを謳歌する。あの場でみんなは■■でしまったのに。……おかしい。おかしいなぁ。……ねぇ。オレ思うんだ。…キミ程の力を持った能力者がいたのに……なんでみんな■■でしまったんだろうって。……ねぇ…」
さも当然のように言葉を続けゆっくり、ゆっくりとセレイアの心を紅永は詰めていく。
同時に1歩、1歩、と歩を進めて固まってしまったセレイアとの距離をどんどん縮める。
「………もしかして。」
次の言葉を続ける時に、紅永はもう、セレイアの耳元まで来て。言った。
「キミのせいなんじゃないの」
その言葉は鮮明に、重く、強く、セレイアの脳髄を叩いたような感覚を覚えさせた。
「…へ…っ…ぇ……?…」
呼吸がどんどん浅く、冷たくなって行く。
ひゅ、ひゅ、と浅く息を吸っては吐くことも知らずセレイアの体は冷たくなり強ばり始める。かく、と力が抜けた感覚がした。
「キミがもし、動けていたら。キミがあと数分その場にいたら。キミが能力を扱えていたら。……そう思ったこと。あるんでしょ?……」
紅永はそう、先程の責めたてる声が嘘のように優しく、諭すようにそう言う。
セレイアの嫌な汗をかいてじっとりとした頬に紅永は手を当て、その手を次はセレイアの両耳に移し、力が抜けて跪いていたセレイアに上を向かせ。紅永は赤く光った瞳に目線を合わせる。
「…は…ぁ…っ……」
セレイアの口から小さく声が漏れる。
「…気にしなくていい。……夢を、見よう。……やさしいやさしい夢を……今までのことは全部嘘で、キミは夢を見ていたんだよ」
目を閉じることなくにこりと紅永は笑う。
言葉をすりかえるように馴染むようにセレイアを紅永は優しく撫でる。
まるでDVをする人間のように、そう。正気なものなら思っただろう。
「おやすみ。…また後で」
セレイアが強く見開いた瞳を紅永は優しく撫で、閉じさせる。
それと同時にセレイアの体からは力が抜けふらりと倒れる。
紅永はセレイアの体をそっと抱き留めて地面に柔く降ろした。
「…さ。…これでボクの仕事はとりあえず終わりだ。そろそろ帰ろうかな。…あ。みんなにもう切り上げていいよって連絡しなきゃ。……あぁ。忙しいなぁ」
先程の冷たい雰囲気が嘘のように軽く紅永はそう言う。
紅永が引きずっていたマントの下に着く面が何故か減っているように感じた。
「…?…服…こんなに小さかったっけ…おかしいな…。腕の丈、少し足りないや。服替えなきゃ。」
なんてことないように紅永はまた歩を進めてその場を離れる。
月光が地上を照らし、眠るセレイアの髪をきらきらと輝かせた。
緒環アジトにて
ドローンが壊された直後のこと。
白華はそれはそれは焦っていた。
己は鉄格子の中、そして恐らくセレイアがピンチ。助けに行かねばならない。
鍵は幸いもしものためにセレイアが置いていってくれた。己で開けることは可能だ。
しかし白華が向かい、セレイアの元に着くには絶対に10分以上かかる。
どう考えても助けに入るという名目上においては間に合っていない。
「……くそ……。」
思わず誰に向かったでもなく悪態を付く。
やはり特位の相手を他のものにさせるには荷が重すぎただろうか。
悩んで失敗を悔やんでも仕方ない。机の上に置かれた鍵を手に取り鉄格子の鍵を開ける。
「すまん…正…」
この程度であのねちっこい子供が許すとも思えないがそれでもないよりましだ。少し申し訳なく思いながらも小さくそうとだけ謝って鉄格子の扉を開ける。
鍵は太腿のポーチに詰め、白華は武器庫に直進する。
武器庫の中で白華は愛用の銃を2つ取りホルダーを身につけ収める。
それぞれしっかり挙動を確認してみるが問題は無い。手入れは完璧だ。
先程モニターを確認した限りだと全員吸血鬼と遭遇していて交戦中、と言っていい。今すぐ呼び戻すことは出来ないから結局白華がどうにかしないとならないのだ。
そう己を納得させてセレイアの最終座標確認位置に駆けた。
同時刻 A地区
仁はどうこの場を誤魔化そうか頭を巡らせていた。
考えても考えても何もまとまらず何も思いつかない。
口をついて出たのは
「…か、帰りませんか…?…」
だった。
いくらなんでも無理のある誤魔化し方だとは思う。
「悪いけれど、その誘いは受けれないな」
「すまないがそれは却下だ」
フェールデと緋緒にそう口々に返されて思わずですよね…と小さい声で返すしかなくなる。
ここで煉霞の仲間では無いと言ったらきっと煉霞は動揺する。それは恐らく後で致命打になるだろう。
しかし否定しないことも出来ない。
裏切り者と言われボスに告げ口されれば全てが終わる。
あぁ、神というものを信仰したことは無いが、もし神がいるのならこの場で今すぐ手を借りたいところである。無茶な話ではあるのだが。
もうフェールデも緋緒も臨戦態勢で後ろから感じる祓魔師の気配も臨戦態勢なんだと分かるほどビシビシと殺気が背中にあたる。
あぁもう、誰かどうにかしてくれ。
「…俺が仁くんの相手をしますから。皆さんはあとの2人をお願いします。」
後ろから煉霞の声がした。
やっと状態を理解してくれたのだろうか。そうだといいが。いや、良くは無いのか。
「それは…!…」
アリクレッドの止める声が聞こえたが煉霞は即座に答える。
「大丈夫です。仁くんが襲ってくるようなら俺も頑張りますし……それに、俺の信じた仁くんをまだ…信じていたいです。……まだ、少し話をすることがありますからね。…」
先程まで動揺していた煉霞は至って冷静なようにきりっとした顔をしている。
ほぼ裏切りのこの状態において、煉霞からすれば余程ショックなことだろうにそれでもまだ信じるというのはあまりに馬鹿という他ない言葉だとは思う。
その場にいる全員は大体はそう思うような言葉だ。
「お願いします。縁さん。アリクレッドさん。碧さん。…」
その言葉には芯があってどこか安心感を覚える言い方だ。誰かを真似しているのだろうか。
「…分かった…」
縁がそう返し縄鏢を片手に持つ。
アリクレッドも少し不安そうではありながらもそれでも戦闘態勢になる。
碧は、と言えば最初から警戒など解いておらず何時でも臨戦態勢だ。
戦いはどちらともなく動き出しその火蓋を切った。
C地区
相手の攻撃を紙一重で躱し反撃をする。
しかしそれも避けられ1度また距離を置く。
かれこれ数分そのやり取りだ。
しかしそこで正が攻勢に出た。
ノクスが槍を投げる。
それをナイフであしらっていたものをその身一つで避け地面を強く蹴りノクスとの距離を詰める。
ノクスは即座に槍を手元に戻し振り払うように槍を横に振るが正は地面を思い切り蹴り、飛び上がりすれすれで振られた槍を避ける。
そして正はそのままぐるんと縦に回る瞬間、ノクスの頬にそのナイフを頬スレスレに当てる。
そしてそのまま回転すると勢いのままノクスの頬は切れ目の下から顎辺りにかけてぶちぶちっと嫌な音とともにマスクも裂ける。
たらたらと血が垂れる。
幸い傷は浅いがそれでも血は顎を伝って床に落ちる。
ノクスの目は大きく開かれその口は僅かに開いたまま動かない。
数秒経ったと思えば「ひゅ、」と息を吸う音が聞こえてノクスが取り乱し始めた。
「…あぁ、っあぁ、あぁ!ああああああああ!汚ェ汚ェ汚ェ汚ェ!!」
がりがりとノクスはその頬に手袋越しに爪を立てその頬を引っ掻き始める。
その姿は異様で非常に怖いと普通の人なら感じたはずだ。
目の前にいるのが正でなければ。
正は認識した。この目の前の青年が苦しんで、なにかに恐怖していることに。
それが非常に気持ちよかった。愉しくて、思わず笑みがこぼれた。
恍惚とした笑み。
あぁ何て愉しいのだろう。
愉快、愉快。
「ふふ、ふふふ…ふふ…」
笑いが収まることを知らずそのまま溢れ出る。
口を抑えてもその声は止まらない。
「もっと。もっとだ!いい顔を見せろ。吸血鬼」
くすくす笑って正はまた距離を詰め苦しむノクスに蹴りを入れようとした。その時、ノクスの髪がつむじの方から白髪に変わる。
しかしその直後光のような速さで正の蹴りの進行方向の先に赤黒い血が壁となり細く現れる。
「ちゅっ、どーん!」
ぱんっと銃の音が聞こえて咄嗟に飛び宙に上がれば正が先程経っていた所に針が落ちている。
素早く赤黒いものを蹴ってノクスから距離を取ればそのあとすぐすたっと、女性がそこに降り立った。
「あら!避けられちゃったわ。油断してるから当たると思ったのに」
女性、そうリアナである。
リアナはノクスの前に仁王立ちをして片手に銃を持っている。
恐らく普通の銃では無い。
しかしその銃はリアナの背中の羽のような赤いものに巻き付かれたかと思うとすぐ消えてしまった。まるで飲み込まれたかのように。
「…あら?…かわい子ちゃんいるじゃない!え〜?この子も攫っちゃおうかしら!」
リアナは他のもの、眠っているアーナに目を向けたかと思うとそんなことを言う。
きゃぴきゃぴとまるでJKのようだ。
「……リ…」
「待ってノクス。喋らないでちょうだい」
白髪になったノクスが1音発するとリアナが素早く遮る。
「今私耳栓も何もしてないんだから眠くなっちゃうでしょ!あんた替えのマスクは?会話できないじゃないの。って言うかそのでかい頬の傷は何?この子に付けられたの?止血しなくていいの?アンタは私の能力に触れるのも嫌がるんだから私止血出来ないわよ?」
ぺらぺらと弾丸のようにそう喋る。
「何かしら?あっもしかして私がなんでここにいるのか気になる?それはね」
「リアナさんですか?」
正がリアナの言葉に声を被せてくる。
「…あら。そうよ?…あなたどこかで…あっ!ディーパちゃんにあしらわれちゃった子ね!」
とんでもないスピードでリアナは正の地雷を踏み抜く。
正は元来負けず嫌いなので負けた、ならまだしもあしらわれたとあればプライドが許さないのは当然だ。
ぴきっと正は青筋を立てながら必死に笑顔を取り繕う。
「えぇ。お久しぶりですリアナさん」
笑いを繕いながらも自然に戦闘態勢になる。
リアナは今油断している。今なら隙があるだろう。
「そうだ。取引をしない?」
「…は?…」
リアナの口がありえない動きをしたと思い思わず正は目を見開く。
正は先程から読唇術で会話をしているもののそんなリアナのよく回る口と声は耳栓を突き破ってくるほどよく通る。
だからその声も耳に届いていた。
「…だからね?そこのかわい子ちゃんを引き渡す代わりに貴方の命を助ける。それでどう?あっノクス。変なこと考えないでよね」
平然とした顔でアーナを指さしそう言う。
つまりアーナを渡せということか。
「…それは、取引になりませんね」
ニコッと笑ってみればリアナは少し驚いて
「どうして?」
と尋ねる。
「…だって……」
その瞬間正は踏み込み地面を蹴りリアナの懐に入る。
「今すぐ僕は貴方たちを殺しますから」
その瞬間ナイフを振りぬく、と思ったがその体はリアナの硬化した血に絡め取られていた。
「…あら。私を舐めないでもらえるかしら。その辺のやつより弱そうに見えても私結構強いのよ?みんなと違って汎用性が高い能力だし……それじゃ、交渉決裂ってことで。おやすみなさい?」
リアナの羽のような場所から硬化した血液がナイフのように出、正にまっすぐ突き進む。
抵抗しても体はビクともせず首を振って避けるにもどちらにせよ二撃目は避けられない。
そう考えている間にも赤黒いものは正に迫りもうそのからだを貫くというところで青色のものが飛び込んできた。
がっとリアナの硬化した血液を殴る音。
「むっ!?壊れない!ルーカス!」
「おりゃー!!!!!」
リアナの硬化した血液はルーカスの刀により一刀両断されただの血液と成り果てぱしゃんと床に落ちる。
その直後アーナは正をひょいと抱えあげリアナから距離をとる。
「ボス!大丈夫か!?」
「…えぇ。アーナさんも怪我は?」
少し驚いたものの正はすぐさま猫をかぶりアーナの様子を心配する素振りを見せる。
「あぁ。少しねむい…が!大丈夫だ!な!ルーカス!」
「ぐぅ」
「ルーカス!」
アーナが言葉で確認すればルーカスは床でべちゃっと転ぶような形で寝ている。
呼びかけられればはっ、むにゃむにゃ…と言わんばかりに起きてくる。
相当麻酔が残っているようだ。
しかし起きたとはいえノクスの能力の対処を知らなければ意味は無い。すぐに寝かされてしまう。
どうすべきか。
「あら。人が増えちゃったわね。この辺でお暇しましょうか!ノクス」
その言葉に白髪のノクスはコクリと頷いたように見える。
リアナの顔が邪魔でちょうど正からは見えないためどんな表情をしているのかまでは分からない。
「それじゃあ!御機嫌よう!また会いに来るわね!かわい子ちゃんたち!」
元気よくリアナがそう声をあげるとリアナは床に向かってどこからか出した煙幕のようなものを投げる。
ボンッと言う音と共に白く煙が上がりその煙が晴れる頃にはリアナとノクスの姿はなかった。
B地区
ディーバは華麗な身のこなしでイルフォードの攻撃を避けたかと思うと同時に放たれた星那の銃もひょいと避けてしまう。
しかもマスケット銃は体に余るほどのサイズなのにそれを難なく振り回し照準を合わせる。
パァンッと音が聞こえて銃弾が放たれそれはイルフォードの横っ腹を掠る。
「…っ…ぐ、…」
痛みを感じ思わずイルフォードはその膝を床に着く。
じわ、と血が溢れる。
掠ったとはいえ浅い傷でもなく血は止まりそうにない。
「イルフォードさん!」
星那は明らかに焦った顔でこちらに駆け寄ってくる。
それがどれだけ危ないことかも知らずに。
「星那…!…来るな…!…」
「あと2発だな」
イルフォードが止めるもディーバは容赦なくマスケット銃の銃口を星那に向ける。
パァンッと音がして銃弾が放たれたことが分かる。
星那はと思えばそれを読んでいたようにしゃがんで避けたようだ。
よく見れば既にディーバの方に星那も銃口を向けている。
うつ伏せでほぼ寝転がっているような形なのにも関わらず星那はその引き金を引く。
「…ぬ、っ」
ディーバも予想外の動きだったのか少し慌てたふうに首を振れば、銃弾はそのはためくディーバの髪を貫いた。
「イルフォードさん…!」
星那は素早く立ち上がりこちらに駆け寄ってくる。
しかしディーバは怯んだもののすぐ状態を直して素早く駆け、星那の後ろでマスケット銃を鈍器のように振りかざした。
「星那…!…後ろ!」
「…へっ…?…」
星那は目を見開く。
詰めが甘いとはこの事だ。若さ故なのは仕方ない。
それならば。
イルフォードの体は考えるよりも先に動いていた。
星那を押し退けナイフでマスケット銃を受け止める。
衝撃と咄嗟の動きで傷口から血が溢れ出る量が僅かに増える。
ぼたぼたと流れる血を止めるはずの手にはナイフが握られている。
「…僕は、赤目の吸血鬼が嫌いなんだ」
腹の傷を抑えるため、首のスカーフを取り腹に強く締め付けるように巻く。
血の量が減る訳では無いが噴き出すよりかマシだ。
「星那。あいつは僕が引きつける。星那は隙を見てあいつを撃ってくれ。」
「…はい」
星那は少し驚いていたもののすぐさま気を引き締め直してそう返事をする。
イルフォードがディーバに向かおうと状態を整えた時、鼓膜を痺れさせるほどの絶叫が聞こえた。