このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第4章


「む、どうした?諸君。固まって。」
そう言って女は不思議そうな顔をする。
突然の見知らぬ女の来訪にそりゃあ誰だって驚くだろう。それともこの女は驚くことを想定していなかったのだろうか。
女は首を傾げてなにか思い当たったような顔をした。
「あぁそうか!名乗っていなかったな!私の名前は竜胆 雪花。本部直轄救護班の班長、隊長と言ってくれても構わないぞ!」
そう言って胸を張る女、もとい雪花。
真っ赤な髪をお団子にして束ね、右サイドの髪を流し、左の方に束ねて余った髪を垂らしている。その髪は腰より下にあり非常に長い。勝気な表情を浮かべる顔はどちらかと言えば美人寄りの顔立ちをしていた。
堂々とした出で立ちで白衣にパンツスタイル。
ヒールを履いてるせいもあってか身長が高く、その体格は胸も大きくケツも大きい。なんというか全てが大きい、圧倒されるような人物だった。
雪花が名乗ったことで誰かが自分も名前を名乗るべきかと口を開けるがそれを雪花は遮るように言葉を発する。
「ささ。早く怪我人はキャンピングカーの方に乗ってくれ。君達の名前は全員把握している。自己紹介はいらないよ。質問も申し訳ないが受け付けている暇は無い。疲れているのだろうがチャキチャキ動いてくれるか?」
ぺらぺらと留まることの知らないその口ぶりはどこかの特位を思い出させるが雪花にはその特有の威圧感はなかった。
雰囲気はある、と思うがどれも悪意はなく此方を説得するための行動なんだとわかる。
「…それじゃあ…」
白華を背負った縁はそう声を上げる。
縁はのそのそとキャンピングカーの方に近寄っていくと雪花もそれを見てにこやかに笑う。
「さぁさぁ、そちらの眠っている御仁もこちらに頼む。一応怪我がないか見るからな。」
そう言って碧の背中のセレイアを指さす。
押しの強さに‪たじろぎながらもどこかみんな雪花の雰囲気に飲まれ言われた通りに行動を起こしていた。

「……?どうした正くん。こちらをじっと見て」
いつまで経っても動かない正を雪花は不思議そうに見る。
「…いえ…」
正はそう返すがどう見たってなにか不安げだ。
もしや、と思い当たった雪花はそれを言葉に出す。
雪花はこれまた察しがいいのか観察眼が鋭いのかよく分からないが時折こういったことがある人なのだ。
「なんだ?もしかして白華が心配か?」
小声で屈んでニヤリと笑ってみせると正は見る間に目を見開いて顔を赤らめてしまう。
おっと、これはビンゴだったかと雪花自身も少し驚くが同時にそうかそうか。白華にもそんな相手ができたかなんてしょうもないことに思考が巡る。
「それならばキャンピングカーに乗るといい。車は定員ギリギリだろうし。碧と言う坊やも残っていたからな。ささ、早く入りたまえ」
そう言って少しくす、と笑えば正も僅かに明るめの表情でキャンピングカーの中へ着いてきた。

「これで全員乗り込んだな。出発してくれ。」
雪花はそうキャンピングカーの運転手兼救護班班員に頼むとキャンピングカーが発進する。
キャンピングカーの中と言えば少し広めで2つほどのベット、そしてソファーがひとつ。
ベット同士はカーテンで仕切られており学校の保健室なんかを彷彿とさせる。
セレイアと白華を別々のベットに寝かせ雪花はカーテンをしゃっと閉める。
「白華の方は……止血が間に合ってるからあっちの診察終わらせてさっさと戻ってくるから正くんは白華が起きないように見ててくれ」
そう言葉を残すと雪花はセレイアのほうのベットに行く。
正は「はい」と返事をしてそっと白華に視線を移す。
さて、無茶をした白華をどうしてやろうか。
そういう考えが頭を支配する。
先程のように強く怒ってやろうか、いやきっと白華はそれでは通じないだろう。
本気であの時自分でどうにかしないとと思っていたのだ。この歳になっても俺達を信じてくれないのかなんて問い詰めたい。だけどきっと信じていなかったわけじゃない。信じていない相手を逃がすほど白華は馬鹿では無い。信じていたからこそ、先を見据えていたからこそあの中で1番優先順位が低いと思われる自分を投げ打ったのだ。
その考えにふざけるなと罵倒をしてやりたいところではあるがそれより白華に必要なのは動かない時間だ。
次戦闘になればまた同じことをするかもしれない。
「……監禁……」
そう言って小さくつぶやく声と白華の寝息だけがそこに響いた。

✣✣✣
「よっと、失礼するぞ。……」
そう言って雪花はセレイアの服をそっとずらす。首にかけた聴診器をずらした襟からすす、っと入れるとぺたぺたと聴診器を肌に当てる。
脈拍に問題は無いと判断すると雪花は手早く聴診器を片付ける。
次は怪我の確認だ。
服の上からごそごそと体を触ってみるが特に何も無さそうだ。
ずらしたマフラーを丁寧に戻すと後ろを向いている碧に声を掛ける。
「終わったぞ。碧くん、だったかな。」
「…怪我とかは…」
「特には見当たらない。恐らく吸血鬼の能力で眠らされたのだろう。残滓が残っていた。残滓から見るに恐らく高位の吸血鬼…まぁまず上位以上と認識して大丈夫そうだ。そのうち目を覚ますと思うから一緒にいてやるといい。目を覚ました時の説明もよろしく頼む。」
雪花はそこまで説明しながら白華のカーテンの方を少し開けて体を入れる。
顔だけひょこっと出す形になるとその口元を弧のようにして笑う。
「イチャつくのは構わんがくれぐれも音が響かない程度にな」
そう言い残してカーテンの奥に消えてしまった。
「………な……(なんやあの人…!)…」
頬を赤く染めてわなわなと震える碧。
ここに居てもいいと許可を出した時点で空気を読むのが上手い人なのかと思った。
だがこれはもはや関係性を知っているとしか思えない。それとも自分の行動から漏れ出ていたか?否、気が抜けていたとはいえそんな……
そう思考するが思い当たる節が無いわけでは無い。
察しが良ければバレてしまうものなのか。少し不服に思いながらもセレイアの横の椅子に座り直す。
眠るセレイアの顔を見ていると起きないのかと退屈に思った。
心配な気持ちはどこへやら、むしろイタズラ心が湧いてきてしまう。
眠っている姫は王子様のキスで目を覚ますとよく御伽噺で聞く。
碧はそんな考えからか体が少し前のめりになる。
ちょっとだけ、少しだけならいいだろうか。ほらよく少女漫画なんかでもある。寝てる間にキスだなんて可愛らしいものだ。そんな風に心の中で言い聞かせていたらもうセレイアの顔は眼前に来ていた。
来ていたというか近づいた、なのだが。
思わず息が止まる。
もう唇が触れるぐらいまで近くに来た瞬間セレイアのまつ毛がふるりと揺れた。
セレイアの綺麗な双眸が開くと分かって、碧はそれを目視する前にひゅんと音がなりそうなほど素早く上体を起こした。
案の定セレイアはその綺麗な双眸をパチリと開いた。
その後周りをきょろと見回してからその瞳に碧を捉える。
「…碧くん?……えっと、いったいここは…」
困惑したような表情で聞くセレイアは碧の目には非常に可愛らしく映る。
「セレイアさん。ここは雪花という方の……雪花さんの…救護室のようなもので…」
先程までの緊張が嘘のように事情を説明する碧の表現は柔らかく暖かな笑みだった。

✣✣✣
「さて?ちゃっちゃと治療を始めてしまおうか。………おっと、…正くん。この包帯を巻いたのは誰かわかるか?…」
白華の腹元を探って目につく包帯を見つつ横にいる正に疑問を聞いてみる。
「…それは、煉霞さんが……」
「お、彼奴か。これは一段と…」
「…?なにか?……」
「いや、な。本当に綺麗に巻かれていると思ってな。取るのも勿体ないが消毒なんかもせねばな。」
感心したような素振りをしてから雪花は包帯をしゅるしゅると解く。
包帯には既に血が滲んでいて汚れてしまっているようだ。
傷口を見ればまだ血は止まりきっていないようで滲んでいるような跡が見受けられる。
服は破れているとはいえ邪魔なので上だけ脱がす。
それから雪花はさっさと消毒をするため消毒液とガーゼを取り出す。
そしてそれを慣れた手つきでさっさと使い、腹元の血を拭う。
「よし」
少しして消毒をし終わったらしくそう口にしてからガーゼを捨て、持っていたピンセットを置く。
そして手が血で濡れることも気にせずぺたりと傷口に手を当てる。
白い肌に鮮血がじわりと滲んだ。
そのすぐあと、雪花の手がぼわと光った。
赤色の光。雪花の瞳を見ればその瞳も赤く光っていて、
正にはこれが能力なのだと視認できた。
でも、正は違和感を感じた。同じ能力である筈なのに違和感を感じた。
白華の傷口に目を向ければそれはじわじわと再生されているような、そういう風に治っていく。
だけどそれは完璧ではなくて。まだ完全に血が止まった、多分それだけだ。
違和感は拭えない。
基本人が持つ能力は法則がある。
対人間には使えない。対動物には使えない。
これが基本絶対原則であるのだ。
媒体が物であれば正のように人の未来なんかも見ることが出来るが人に触れてもその人の未来を見ることは出来ない。それと同じ。
なのにこの雪花の能力は対人間に有効である。
そんなのまるで
「とりあえず終わったよ。……正くん?……」
思考に雪花の声が挟まる。
全く反応を示さない正に不思議に思ったのか首を傾げてこちらの様子を伺う。
「…あ…ぁ。はい。終わりましたか?……完全に治っているようには見えませんが……」
そう聞いてみれば雪花は少し困ったように笑う。
「全治2週間というところだ。私の能力は端的に言えば治癒能力の向上なのだが、年齢や体によって何度も使えば体力、寿命なんかも奪いかねない。加減がなかなか難しくてな。…なんにせよ白華の体では急速に治癒能力を上げて治すことは難しい。何より本人に負荷がかかりすぎるというわけだな。」
理解していただけたか?というように雪花は首を傾げる。
理由はわかったがその理論を聞いて尚更疑問が浮かぶ。先程考えていたこと。
だけれど白華を助けて貰った手前正は
「分かりました。ありがとうございます」
という他なかった。


一方その頃無傷で車に乗っている人達
「煉霞くん。腰。汚れているから着替えるといいよ。服も借りてきたから。」
そう言って縁は煉霞に簡素なシャツを渡す。
煉霞は少し考えてふと腰を見てからギョッとする。
「あぁわぁぁわぁわぁ…ち、血!!!」
あからさまに慌て始めたので落ち着いてと縁が体を摩るとホッと落ち着いたように息を着く。
そういえば煉霞は血が苦手だったなと思い、とりあえず脱ごうかなんて言って見れば「お目汚し失礼しました……」なんて呟いていた。
それでも早く出発しなければならないので少し強引に服をさっさとぬがして着せる。
「あっ、あ、ありがと、ありがとう…ございます…」
ぺこりと礼をしてくれた。そこは普通なら怒るのにななんて思って思わず笑いが溢れた。

車に乗りこみシートベルトをつける。車は大きい設計で合計8人乗れるものらしい。
1人の運転手を含めた8人なので10人いる私達は2人あぶれるなと思ったが意外と後ろで詰めたら乗れた。
キツそうではあるが。
そんな中少しゆったりと煉霞から情報を聞き出そうと画策する者がいた。
イルフォードである。
先程の雪花。赤い目の人間とは珍しいもので、基本赤い目は吸血鬼に多い。
そして煉霞の叔母という点。見た目の年齢にそぐわない。
もしかしたらとイルフォードは邪推していたのだ。
「なぁ煉霞君。」
「…はい?…」
できるだけ優しい声を取り繕って話せば少し驚いたのかもしれないが割と普通に話してくれる。
今は調子がいいのかもしれない。
そう思って少し質問していく。
「雪花さんのことについて聞きたいのだけれど」
「…雪花さん?…いいですけど…俺、あまりあの人のこと知りませんし……」
「大丈夫大丈夫!……ね。雪花さんの能力、って分かる?」
「…分かりますよ……?…えっと…治癒の能力です。人にしては珍しいと…先代、…父が言っていました」
少々突っかかり気味ではあるが説明をしてくれる。
救護班にされているのはその能力のせいなのかとイルフォードは脳で結論付ける。
「…そう言えば、君の叔母と言っていたね。…叔母ということは……」
「えぇ。まぁ、そうですね。父の姉です。……竜胆の家は優秀な祓魔師を常に排出しているので…俺の遠縁なんかにもこの世界にいれば会うことがあるかもしれないですね」
そう言って煉霞は苦笑する。
竜胆の家、優秀な祓魔師。
そのワードを言う時煉霞の声が詰まった気がする。彼の自己肯定感を低めた原因なのであろう。
詮索するのは気が進まないがここは話してもらわなければあの雪花という人物を信用出来ない。イルフォードは質問を続ける。
「…雪花さんは…信用出来る?」
その問いに煉霞の瞳が揺れる。単刀直入過ぎたか。
「信用できます。あの人は俺たちの味方です。」
今度は強い眼差しでそう言う。
煉霞は甘い。だからこそその言葉を鵜呑みにできない。
敵ですらいい人だと言ってしまうような青年なのだとみんな分かっている。
だけどそれ以上、イルフォードに先を追求することは出来なくて。
イルフォードは「わかった。ありがとう」とだけ言って口を噤んだ。
その後の車の中はピースが動き回ったせいで騒がしかった。


吸血鬼のアジトにて、同時刻

「さぁキミ達。集まってくれたかな?」
そう紅永がいつもの豪勢な椅子に座って言う。
いつも軍議のようなことをする長机の中心に座る紅永、他の吸血鬼達は長机を挟むようにして赤いふわりとしたベロア生地の椅子にそれぞれ座る。
座り方にもそれぞれ個性が出ているなと紅永は思う。それが面白いのだがそんなことは誰にも言わない。
吸血鬼達はそれぞれ不服を訴えたような顔をしたり何かを見つめていたりと様々だ。
先程、数分前には紅永がかけた招集の時間まで時間があったから各々傷の手当をしたりして過ごしていたのだ。
紅永はそんなみんなをこっそり眺めていた。だって面白かったから。
ノクスは珍しく怒った仁に怒られていた。それがとんでもなく面白かった。仁の通じない怒りがそれはそれは面白かったのだ。
緋緒とフェールデはリアナとディーバに傷の手当をされていた。
リアナがフェールデに触りたがらなかったせいでディーパが駆り出されていたというのは言うまでもない。
コバルデは1番着席が早かった。明らかに紅永の機嫌を取りに来ているのだ。紅永はそんなことどうでもいいのだが。
裏で仁と緋緒が心配し合ってイチャイチャしていたのは紅永も知っている。実は見ていた。
恋愛事程面白いものはないのだ。
そんな面白い皆の挙動を見つつ招集の時間を迎えた今。
全員綺麗に椅子に座り紅永の言葉を待っている。
表情の不服を隠さないものもいたが紅永はそんなもの意にも介さない。
そのまま息を吸って作戦を口から出す。
「まず一応前提だけれど。これからキミ達の行動の制限を殆ど無くすそう。どう動いてもいい。だけどボクの命令には従ってね。それ以外のところは何も言わない」
けろりとした顔でそういう紅永の挙動に何か企んでいるのではないかと吸血鬼達は次の言葉を待つ。
「じゃ、作戦を説明するね。」
息を吸う。
「フェールデ、ノクス、コバルデ、この3人には遊撃をしてもらおう。…3人には各町を当てるから好きな時に襲って人を少しずつ殺してきて。祓魔師達には下手に捕まらないようにね。交戦に関しても好きにして。もし応援が必要なら連絡してね。誰か寄越すからさ。…まぁ祓魔師への挑発みたいなもんだよ。…」
そう言って目を細める。何かを面白がるようにその瞳は喜色に染まっている。
「そして残りのディーパ、緋緒、仁、リアナ、この4人には応援を主にしてもらう。基本自由行動で構わないけどボクが呼んだ時には来てねってだけ。何か希望があれば聞くよ。とりあえず期限は決めないでこの方針で少しずつ人間狩りを進めていこう」
そう言って紅永は立ち上がる。
こちらの了承なんてお構い無しだ。

「キミ達の活躍を楽しみにしているよ」
そう言って紅永は笑った。


そんな戦いの幕を降ろして2週間後

ここは緒環の真横の建物、救護班の仮の病棟と言ったらいいのか。
緒環の真隣の建物は書庫以外は使われていない。それを雪花がわざわざ救護班の人と怪我をしていない竜胆と緒環の団員を駆り出して綺麗にした上、ベットなんかも設置して救護部屋にしたのだ。
綺麗にされている救護部屋に続く廊下を歩きながら相変わらず豪快な人だななんて思う。
今、煉霞は頼まれた昼ごはんの置かれた盆を持ちながら白華の部屋に向かっている途中だ。
白華はと言えば綺麗にされた病室の中で今は療養中だ。予想より治りが早かったもののそれでも病室から出られていないのには理由がある。
それはまぁ、見ればわかるのだが。
コンコンと白華の病室の扉を叩く。
「はい」
と少し幼い声が聞こえる。
ここは白華の部屋、なのだから幼い声が聞こえるのはおかしい。
そう。この声は正のもの。何故ここにいるのかなんて多分みんなが分かりきっている。
病室の扉が開く。
「お、お昼ご飯持ってきました…」
正の威圧感には慣れない。いや、威圧感などないのかもしれないが。
「ありがとうございます。お疲れ様です」
そう労いの声を正はかけてくれる。
煉霞が後ろをチラリの覗けばその後ろには黒い格子がある。
その奥のベットで静かに不平を言う声が聞こえる。
その声の持ち主こそ、この部屋の主。白華である。
「正ぇ…出してくれよいい加減。…」
子供のようにも感じる不満の声。
煉霞の存在をみつけ持っているご飯を目に止めると不満そうな表情は明るく変わり嬉しそうな表情になる。
お腹がすいているのかもしれない。
「…えっと……」
煉霞が食べるかと聞こうと思えば聞くまでもなく正にお盆を取り上げられる。
自分が持っていくと言わんばかりだ。まぁわかっていたことではあったのだが。
「今持っていきますから」
そう言って正がお盆を持って格子の鍵を開ける。
部屋の中にさらに格子と鍵が着いているというのは些か違和感があるが煉霞はそれをスルーしいつもの事なのだと流す。
最初は出してあげたらなんて言ってはみたが正の主張を聞けば白華が監禁される理由も何となく正当な主張のように聞こえてくる。
みんなが心配したのは事実なのだ。もう一度同じことをされたらたまったもんでは無い。
格子の中とはいえ反省をしてもらわねば。
そんなことを思っていると
「やぁ!諸君!」
そんな大きな声が聞こえる。
ボス達は驚く様子もなかったがビビりの煉霞からしたら驚きでびくりと体が跳ねる。
それを笑う声が後ろからしたがこれはこの人がよくやっていることだ。
煉霞を驚かせるつもりはないらしいが時折こんなことに近しいことをして煉霞を驚かせている。
「雪花か」
白華が平然と雪花の名を呼ぶ。
「雪花さん。どうかしましたか」
正は首を傾げながら雪花に問う。
全員の視線の先にいる雪花と言えば紙1枚片手ににんまりと笑う。
「君達にお知らせだ。2人とも目を通しておくといい。それと雪花ではなく雪花さんな」
そう言って病室に雪花はズカズカと入り込む。
煉霞をスルーしたところから見てボス2人に用事の紙なのだろう。
煉霞はそう思って席を外そうと踵を返そうとする。
「煉霞。」
突然よびかけられて少し驚く。
「…はい?…」
「作戦会議を行う。緒環の酒場に全員集めておけ」
そう雪花はにやりと笑い言う。
「?…はい」
煉霞は返事をして病室を後にした。


30分後 緒環の酒場にて

煉霞が何とか全員を見つけ出し声を掛け集まったのが先程から30分後のこと。
そして全員無事に集まったはいいもののボス達が姿を見せる気配は無い。
全員まだ来たばかりというのに退屈になってしまったのかそれはそれは騒がしかった。
「フン!フン!!」
「ピースさん…机をダンベル代わりにするのは…」
「鍛錬!!スル!」
「恐らくボスと手合わせをしていなくて体が疼いて仕方ないんだろう。放っておけ、セレイア」
「…しかし……」
「セレイアさん。備品はそない壊れてへんし大丈夫やと思いますわ」
「…碧くん……そうですね…後で元に戻しましょう」
ピースを静止しようとするセレイアを無駄だと制するのは鉄紺と碧。
「ギャハハハ!それジョーカーだぜー!」
「おっと、これはしてやられたなぁ」
「ふっふっふっ、これで私は1抜けです!」
「えぇっ!星那ちゃん強いね…」
「早いね。流石星那」
トランプをしている一行までいる始末だ。
いつそんなの広げたのか。
「皆さん」
一瞬で静まり返るその場。
その中で新しい声が響いた。
「ボス。…」
煉霞が驚いて正を呼べば正はにこやかに微笑む。
「作戦会議を始めます。」
その声で全員ぴしりと背筋を整える。ピースだけは強制的な着席をさせられていた。
「正くん。ボスは、白華はどうしたんだ?」 
鉄紺が問うと正はなんてことないように答える。
「あの人はあまりに無茶をするので留守番です。今回の戦いにも出ません。」
正当な処分ではある。
元々少し前から前線から降りろと散々怒られているのだ。本人はまだだと駄々を捏ねていたという話は前々から煉霞の耳にも届いていた事だしいい機会だ。
「…なら一体何をするのかな…?」
縁が聞けば正はそれにも難なく答える。
「司令塔というか…まぁ病室から戦場の確認はしてもらうつもりです。ちゃんと指令も一緒に考えてきましたよ。それを今から説明しますから聞いてくださいね」
それに縁は頷くことで返す。納得したのだろう。
「説明しますね。まず本部から指令が届いてます。
○○地区各所にて吸血鬼の被害を10件以上確認。
これは町ごとに五、六件あるみたいですね。
襲撃されている町は3つ。今夜この3つの町に警備も兼ねて行きます。
3つの班に別れて。」
「ルーレットで決めよう」
正の説明に割って入る声。雪花である。
ん?今ルーレットで決めようと言ったか?
団員たちは驚きに表情を染める。
「冗談だ」
そう言ってにっこりと笑う雪花。実に悪趣味な驚かせ方である。
正の横につかつかと歩いてくると紙を正に差し出す。
「白華から班分けの結果を渡された。…おっと、ちゃんと格子の鍵は閉めてきたぞ。心配するな。正くん」
そう言って笑う雪花は相変わらず胡散臭いが誰もそれには触れない。否、触れたあとかもしれない。
正は紙に目を移すとため息を着く。
「なんのつもりですか」
「さぁ?……それは白華に聞いてくれ。尋問ならお手の物だろう?」
「……そうですね。」
仕方なさげの反応を取ると正はその紙を手に取る。
「読み上げますね。
第1班、○×町
アリクレッド、縁、煉霞、碧
第2班 、△□町
鉄紺、ピース、星那、イルフォード 
第3班、 □×町
正、ルーカス、アーナ
以上です。」
「…はぁ!?…」
正が言い切ると碧が我慢ができないと言ったふうに声を上げる。
「…なん、っ………!その……」
口をパクパクして怒っているように声を上げる。恐らく班編成が気に入らなかったのだろう。
碧からすれば白華は知っているはずなのにこの班編成にしたわけだ。白華に怒っているし腹が立つ。
だけどここで怒る訳には行かない。首を横に振ると
「…っ……なんでもあらへん。…邪魔したわ、話してくれてかまへんで」
そう言ってストンと席に着き直す。
何か考えがあるのかもしれない。だとしてもこの班で動きたくは無いがそんな不平はぐっと堪えた。
「……文句がある方もいらっしゃるかもしれませんが…一応この班編成で行きます。……町の方には手続きをしておきますので、今夜6時に各々の町に集まってください。全員の確認が取れたらここに連絡を。恐らく白華さんが出ます。……分かりましたか」
その言葉に団員達は了承で返した。
それを確認した瞬間正は踵を返して足早に救護班の仮の病棟の方に歩いていく。
あぁこれは、と数人は察するが数人は特に気付かず今夜の戦いの準備や胸を膨らませるもの、確実に機嫌の悪いもの、様々な反応を残し散り散りに散っていった。


紅永の部屋にて

「…ふぁ……ん、……今何時……12時……12時ぃ!?やっば!!!寝坊した!!」
ばたばたと部屋の中を駆け回り服を着替え髪を整える。
その中で紅永が走った衝撃で紙がぺらりと落ちた。
しかし紅永はそれに気づかず部屋を飛び出た。

30分ほどあとにその部屋に訪問客が居た

「……居ねぇな。……ノクスの報告書は…とりあえず机の上に置いておくか…ていうか報告書ってこれでいいのか?一応書いたみたいな……」
仁の片手に持たれているノクスの書いた報告書にはでかでかと『知るかボケナス自分で見てこい』の文字。
「……し、しらね。俺は知らねぇ。これ書いたの俺じゃねぇし………ぃ?…なにこれ」
机に紙を置くとその下にある落ちた紙に目線が行く。
仁はその紙を拾う。
その紙には名前が…
ガチャ
「っひ!」
帰ってきたと思った。紅永が。
紙を体の後ろに隠し振り返る。
そこにはディーバがいた。
「…師匠?……あれ、紅永は…」
「あ〜。しらね……来た時にはいなかった…もう出たんじゃねぇ?…」
「…そうですか……師匠?今なにか…」
「えっ?…いや、ゴミがあったから…捨てようと思ってな。紙くずだ、気にするな!」
そう笑ってディーバの言及を誤魔化す。
「?そうですか?…えっと、さっき緋緒がご飯が出来たと言っていましたよ。」
「あ、まじ?…わかったすぐ行く」
そう返すとディーパは頷いて紅永の部屋を出ていく。
仁は深く息を吐いて先程拾った紙を見つめ直す。じっくりと読んでいる暇は無い、その紙をさっさと4つ折りにしてポケットに突っ込む。
「……嘘だろ…」
紙に書かれた言葉は黒塗り、いやこれは少し茶色い上に香ばしい匂いがする。大方コーヒーでもこぼしたのだろう。そうして汚れていて内容はあまり把握出来なかったがそうとはいえ言え仁には衝撃的すぎた。
見えないところは推測にはなるがそれにしたって確定に十分と思える内容だった。

仁はぐるぐる考える思考を吹っ切って緋緒が作ったというご飯を食べるために足を向ける。
「…今夜……か」
アイツに会わないといけない。
そう考えを固めて紅永の部屋を後にした。

1/4ページ
スキ