第3章
碧は目の前を走る少女の背中を見つめながらその後を追う。
こともあろうに敵に背中を向けるとは危機管理能力の欠如とも思った。
彼女、リアナの提案を渋々飲んだ碧は今現在、リアナを追いかけて走っているのだ。
どこかに向かっているらしいが何も言ってはくれない。
「そろそろ着くわよ」
もうだいぶ走って疲れてきた頃にそう言われて、やっとかと思う。
リアナが突然ふわりと止まるものだからその体にぶつかりそうになる。間一髪で避けたがよろけてしまった。
「あわてんぼうねあなた。」
そう言いながらリアナはよろけた碧の手を取り引き戻す。
その力は少女のものとは思えないほど力強く、やはり吸血鬼なんだと実感する。
「ほらそこ見て。」
スっとリアナの指さした先を目で追えばその先には眠るセレイアがいる。
「…っ、セレイアさん…!…」
慌てて駆け寄ろうとしたが首根っこを掴まれて停められる。
「は、離しーな!」
そう怒って怒鳴るがリアナはやれやれと言ったふうにため息を吐く。
「落ち着きなさいよ。今から助けに行くんだから……?まって。貴方今あそこにいる人のことをセレイア、と呼んだかしら?」
リアナはそう、突然瞳を不思議そうに見開いて聞く。
碧は質問の意図が分からず静かに眉間に皺を寄せる。
例え今味方のように振舞っていたとしても敵方に情報を素直に吐くのはまずいと分かっているからか僅かに思案の表情を見せた。
しかし、リアナは答えを待つように静かに碧を見つめている。
その視線に情報を吐かせるためではなく本人の疑問を口にしたのだと何となく察し、渋々答えた。
「…そう言うたよ。…そやけど、あの人には手ぇださんといて」
そう言って碧はリアナを強く睨む。
「…出す出さないは私が保証できることじゃないわ。……私は紅永の命令に従うだけ。……とりあえず私は手を出さないわ。…今はだけれど」
リアナも真っ直ぐに碧を見つめて含みのある言い方をする。
いっその事手を出さないと言い切ってくれれば碧も少しは信用できたのにと少し思う。が、吸血鬼はこういうものなのだとそう頭で結論付けて微かにため息を吐く。
「さ、この話はやめにして。助けに行くわよ。」
リアナは先程の真剣な声とは打って変わって嘲るようにも、上機嫌なようにも聞こえる声で話す。
「貴方は今から味方を助ける正義のヒーロー。私は今から仲間を助けるヴィラン。……貴方の演技、楽しみにしてるわよ。」
そう言って笑うと同時に、リアナは屋根から飛び降りる。
髪の毛はふわりと揺らめき、月光がその白髪を淡く照らす。
リアナが飛び降りて碧は突然のことに一瞬呆気に取られたが直ぐに追いかけるために切り替え、リアナと逆方向に屋根から飛び降りた。
碧は屋根から飛び降りるとすぐ、セレイアの元に走る。
先程落ち合うと言った場所はルーカスとアーナがいた。
すぐ駆けつけ、リアナを行かせることも出来るがそれ以前にセレイアが心配だ。素早く確認して駆けつけようと思う。
星那の姿が見え、同時にセレイアも視界に入る。
「星那さん…!…セレイアさんは…!?…」
隣に素早く駆け寄ると星那は一瞬驚いた顔を見せるがすぐ碧だと気づき口を開ける。
「眠っているだけです。…命に別状はありません!多分!」
そう言って手でサムズアップをすると碧はセレイアを一瞥し首をコクリと頷かせる。
「せやったら…星那さん、少しセレイアさん見といてや。……俺は、あっち追い払ってくるわ」
そう言って碧は素早く踵を返しルーカスとアーナのいる方の道にふわりと飛び降りる。
その挙動を思わず星那は目で追う。
碧は袴の裾を緩やかにためかせ地面から足を離す。
白の混じった髪の毛は夜の空に溶け込み、まるでなかったように星那の視界から消えた。
碧はすとんと地面に着地すると交戦している仁とルーカス、アーナに割り込むように札を投げる。
同時にルーカスとアーナの攻撃が防がれた金属がぶつかるような音が聞こえる。
それは紛れもないリアナの防御だった。
ルーカスとアーナが素早く距離を取ると碧はその前に躍り出る。
「あら。新手かしら?」
先程向けていた表情が嘘のようにリアナの口は弧を描く。
あくまで接触は最低限で、尚且つ手を組んでいることを知られないようにという計らいだろう。
「かもしれへんな。…多勢に無勢。あんたんとこは2人、こっちは4人…いや、もう1人呼んだら5人や。…」
そう言って碧はその美しい顔を強気にな表情に変えて話す。
「…そうねぇ。このままだと私達は、まあ負けるとは行かなくても手痛い傷を負うことになるわね。」
「せやろ?……なら…」
「引くのが通り。ってね」
リアナはそう言ったと同時に四方から能力であろう赤黒いものを飛ばしてくる。
どれにも攻撃する意図は見えずひらりと避け、もう一度正面を見ればリアナの姿はもうそこにはなく、仁を担いで屋根上にいた。
「バイバイ!可愛いお嬢さん!また会いましょう!」
そう言ってリアナは甲高く笑い、素早く踵を返して夜の空へと消えた。
「……アーナさん。ルーカスさん。…皆さんと合流せんと。これ以上追っても危ないだけやし」
碧はリアナの行先を少し見据えてから素早く振り返り戦闘態勢の2人に言う。
「…ふん、そうだな。時には見逃してやるのも大事だと……ボスが言っていたからな!…」
本当にあの正がそんなことを言ったのだろうかと疑うがよく知りもしない人のことを疑うのは、と思い直し碧は邪念を振り払う。
「あおー!助けに来てくれたのかー?」
そう言って無邪気に笑うルーカスの言葉に少し笑ってみればルーカスも同様ににぱ!と笑ってくれる。
なんにせよこんなところで話すより、と思い冷静に言葉を続ける。
「俺はセレイアさんを見てきます。…ボスのところがどうやら危険らしいし…せやから…そのことも考えなあかん…」
「白じぃじが…!?」
そう、碧の呟きにルーカスが慌てたように反応する。
「…え…?…あぁ…そうやよ。…そやから…」
「…は、早く助けに行かねーと!オレ!約束したんだ!危ねー時は助けるって!」
あからさまに血相を変えて走り出そうとするルーカスを慌てて碧は止める。
「ま、待ぃ!慌ててもええことあらへんよ!」
服を掴んで止めればルーカスも止まってくれる。代わりに泣きそうな、悲しそうな顔でこちらを見られてしまう。
何となく先程の自分を見ているようで止めない方がいいのかという気持ちが湧くが何とか抑える。
「…とにかくビルの上にいるセレイアさん達と合流しよう。な?」
そうルーカスを気遣うように言いつつ、碧達はビルの屋上へ行くためビルの中に足を踏み入れた。
✣✣✣
「…ッチ…走れよ゙!…」
つまづいて転けた自分の体の幼さを感じて思わず悪態を着く。
もう何度転けたことだろう。
膝は擦りむいてしまって、頬にも小さな擦り傷。
吸血鬼戦ではあれほど無傷だったと言うのにもうボロボロである。
体力もだいぶ減り、もう走るのも足が重くてままならない。
だから転んでしまう。
こういう時だけは大人を羨ましく思う。
己より大きな存在。自分より劣っている部分が多いと感じるから普段は特に羨ましいとも思わないのだが。
「……いいんだ、将来絶対でかくなる」
そう正は自分に喝を入れてまた走る。
少し走れば見覚えのある赤髪と特徴的なピンク色のふさふさが見える。
「ボス!」
赤髪、煉霞は正を視界に捉えると素早くこちらに駆け寄り正を呼ぶ。
「…煉霞…さん…」
「ボス!ボロボロじゃないですか…!…け、怪我の手当を…」
「…その前に。白華さんはどこ…ですか。……」
慌てる煉霞の言葉をさえぎって聞く。
彼はこのように高圧的な話し方をしたら怖がって話さなくなるかもしれない。
が、ここにはアリクレッドもいる。正確な位置は聞いておくに越したことはない。
「…っ……鉄紺さん…!俺、ボスを連れて行きます……!…」
「…煉霞。本気で言っているのか?ボス…白華の元に行けば特位に会うことは確実。…こんなことを言うのはなんだが……能力を使えない煉霞が言ったところで死ぬ確率が高まるだけだと思うんだが…」
冷静な鉄紺にも煉霞は動じず真っ直ぐ視線を向ける。
「…大丈夫です。俺。逃げ足だけならピカイチなんです…誇れることじゃないけど…ボスの案内をすることぐらい。…やらせてください。この中で機動力があるのは俺が1番です。…」
そう迷いのない言葉で言われてしまえば鉄紺も何も強く反対する気が薄れたのか「わかった」と答えてくれる。
間に挟まれる正としてはさっさと案内して頂きたい。早く白華の元に助けに行きたい。ついでに1発入れたい。
「…で…でも!レンカ…!」
そうアリクレッドが慌てたような言葉を発した瞬間正の我慢は限界に達した。
「あーもう!!……煉霞さん!僕を案内してください。…これは命令です。異論は認めません」
そう言ってアリクレッドを一瞥する。
正はさっさと白華の元に行きたいのだ。
正直先程聞いた銃声の元に行きたい。
「……行ってきます。アリクレッドさん。安心してください。俺!意外と図太いですから…!…多分…!………い、行きましょう。ボス」
煉霞はそう言い残してかけ出す。
正もその後ろを追った。
正は目の前を走る煉霞を追いかけながらぼんやりと思う。
(速いな……)
しかし少し腹が立つのは正が転けないように加減をしてか減速しているように見える。
気にせず早く走ってくれればいいと言いたいところだがそう言える状況でもなく静かに顔を顰めながら正は煉霞を追いかけた。
✣✣✣
緋緒は地面を素早く蹴り上げるとその勢いのまま懐に潜り込んでくる。
イルフォードはナイフをそのまま振り上げるが緋緒はそれを首を上に振って避けていく。
「がら空きですねぇ」
突然上から降りかかる声。
同時に首からぶつりと皮膚が切れた音がする。
「い゙…!」
思わず目を見開く。
背後の気配はその隙に皮膚に突き刺さったものを引き抜き素早く距離を取ったようだ。
イルフォードが首を抑えると切り傷などではなく穴のようだ。
吸われたのかと思い後ろを振り向けば顔色の悪い男が佇んでいる。
「茨嬢。引き付けてくださってありがとうございます。」
そう気持ちの悪い笑みを作ってみせると手元にあった注射器に入った血を飲む。
イルフォードはそこで思い至る。
「…能力…!…」
吸血鬼が血を摂取するのは能力を使う時と相場が決まっているのだ。経験則の話ではあるが。
イルフォードはナイフを握り直し構える。
何が来るのか。と。
ただその予測は無意味に帰した。
横から太いツタが猛スピードで気持ちの悪い笑みを浮かべる男。コバルデに向かって進んでいく、同時に縁がその上を駆けコバルデに最短距離で近づく。
コバルデが体をイルフォードに変えている途中に縁はその顔を容赦なく掴み地面に打ち付ける。
ゴッと確実に嫌な音が響くが縁は気にしない。
ツタを伸ばしコバルデを拘束しようとする。
が、その縁の後頭部に迷いなく緋緒が飛び込んでくる。
ポケットのようなチャックから素早く血液パックを取り出していた。
イルフォードは先程まで後ろにいたはずの緋緒が目の前で舞っていることに驚きを隠せない。
しかし慌てている暇は無い。
イルフォードもそこに救援に入る。
しかし同時に「縁」と呼んだ声は爆発音のような銃声に消された。
「…っ……は…か…」
肩を撃ち抜かれた緋緒は着地点を誤り縁のいる横にずるりと落ち、撃ち抜かれた肩からこぼれる血はふわりと宙を舞う。
縁はマズいと気づいたか、素早く横に目線を向けてコバルデを拘束するためだったツタを自分の防御に回す。
拘束されかけていたコバルデはそれが解け完全なイルフォードの姿形でにやりと歪に笑う。
迷いのない金的への蹴り。
「…っ…~~~!…」
縁のもはや声にならない声。
男としてそれはどうなんだコバルデと誰もが思うだろうがコバルデには関係ない。彼のプライドの無さに関して彼の右に出るものは居ないのだから。
縁が崩れ落ちるのと同時にまた間髪入れず銃声が響く。それも爆発音のように大きかったが先程とは音が違った。
「…っち……最悪だ」
白華の滅多に聞かないような舌打ち。
白華がフェールデに放った弾丸は操られた鹿達によって阻まれたのだが。
普通に考えて白華が打っている銃が鹿一匹ごときを貫通しない訳もなくそのまま鹿を貫通。
フェールデの腹を抉った。
宙を舞う白華はくるりと回り建物の壁を蹴る。
その直後、白華が蹴った建物に紅永が人とは思えない勢いでぶち込む。
ドゴォンなんて音が聞こえてレンガにヒビが入る。
しかし紅永は至って無傷で白華に飛び込んでくる。
「…興醒めだね。こんなに弱いだなんて」
笑うことも無く言った紅永の声は冷たく白華の背筋を凍らせる。
しかしすぐ慣れたように気のないいつものやる気の無い目になった。
「…お前こそ。俺が策なしで捨て身をしたと思うなよ」
確実にいつもと変わらない。軽い声。
「…ぇ……」
あまりに動揺しない白華に驚きが隠せず紅永は目を見開く。
昔はあんなに震えていた少年だったのになんて頭の隅で思う。
しかしその考えは一瞬で吹き飛ばされる。
トン、と自分の体に何かが乗った感覚。
同時に首への痛み。いや、熱さ。
ぶちぶちと皮膚が裂ける音。
そう認識したと同時に体は横に吹っ飛んで行く。
視界の端に映ったのは紫色と自分の鮮血。
「…にー……ぃ…」
そう小さく数えて建物の中に轟音を立てて打ち込まれた。
迷いなく振り抜いた鈎つきのナイフ。
ナイフは当然のように紅永の首を裂いた。
正はもうだいぶ下に落ちている白華に目線を向ける。
白華は特に何も無かったように地面に降り立ちふぅと息を吐く。
正もほぼその正面にふわりと降りた。
そして白華に一喝を入れようと口を開くとその言葉は遮られた。
「や〜。助かったわ。ちょうど良かったな正。というかなんでここに?俺は撤退命令を出したはずだが…」
「あんた何言ってんですか!!」
堪えきれず怒鳴ってしまう。
白華はきょとんとした顔をしてから心底不思議と言わんばかりに瞳を困惑の色に染める。
「いや…俺は…あぁ!もしかしてそこの2人の回収に来てくれたのか?助かるなぁ」
名案と言わんばかりの顔をしているが正の目的はそれでは無い。
というかあまりに能天気すぎやしないか?こいつは何を言っているんだ?
いつもの察しの良さはどこへやら。
いや、いつも別に察しは良くないか。
「あんたふざけたこと言ってると…!」
そう怒りの声をあげれば先程吹っ飛んだ、いや、確実に急所を狙い絶命させたはずの紅永が建物の瓦礫の中から出てくる。
「いいね。キミ。もしかして白華が心配だったのかな?それは僥倖。白華を殺せば」
そこまで言うとその後は白華の声に遮られる。
「正。こいつ持って縁とイルフォードと逃げろ。」
「は…!?何言って」
「いいから」
荒らげることこそないがどこか怒りがこもる声で言われる。それと同時に白華の眼帯が投げつけられ、正はそれをキャッチする。
次顔を上げた時には目の前に大鎌が振り下ろされていた。
地面のレンガがあまりに脆く見えるほど簡単にヒビが入る。
白華はそれを横にズレて避け正を視界に入れる。
「早く!!!」
今度は切羽詰まった声だ。
正は怒りを覚える。何を言っている。俺はお前を助けに来たんだとそう言いたい。
思えばこれも未熟な一面だった。
ここで白華に怒らず紅永を捌けていれば良かったのに。
「危ない…!」
煉霞の声が聞こえて正はふわりと体が浮く。
「…ぇ……」
煉霞に抱えあげられ煉霞持ち前の逃げ足で振りかざされた大鎌は真後ろに落ち、紅永と白華からは距離を取られた。
「は…離せ!!」
思わず正は声を荒らげる。
それに驚いたように煉霞の肩が揺れる。
「…ご、ごめんなさ……」
謝る、震えた声が聞こえるが煉霞は手を緩めることをしない。
離す気は無さそうだ。
「煉霞さん…!離してください!僕は白華さんを、!」
身をよじると少し力を強められて同時に至近距離の黒い瞳がかち合う。
「ボス…!お言葉ですが…。白華さんはそう簡単に死にません。それは貴方もよくご存知だと思います…!だ、だから!…今は1度あちらの救援を考えるべきかと!」
そう言って煉霞は縁達を指さす。
そこには股間を抑えて蹲っている縁。
それを守るようにしてコバルデから距離をとるイルフォード。
片手に縁の血液を採取したのか満足げにしているイルフォードの姿をしているコバルデ。
肩の血を強く抑える緋緒。
腹部を抑えるフェールデ。
コバルデは緋緒の血を狙っているような挙動も見えるが本当に絵面が酷いものだなと正は思う。
何があったというのか。
「……ちょうど良さそうですね。」
煉霞は少し冷静な声色に戻って正を地面に下ろす。
「とにかくあの二人を連れて、そうですね……」
そう言って少し考える素振りを見せる。
「……他の皆さんにも判断を仰ぎましょう。僕だけでは力不足だと思いますから」
舌打ちしそうな気持ちを抑えて、正も少し平静を装いつつそう言う。
煉霞もこくりと首を縦に振った。
「茨嬢。大丈夫ですか?」
コバルデは肩を抑える緋緒の顔を心配そうな素振りで覗き込む。
と言ってもそれはフリでしか無い訳だが。
フェールデも腹部を抑えて苦悶の表情だ。
「……大丈夫、だ。…だが…あの男…ボスという名は伊達でははなさそうだ……紅永を相手取りながらこちらに銃弾を当ててくるとは。流れ弾とは考えられないしな……」
そう言って緋緒はふらふらと立ち上がる。
ぱたぱたと滴り落ちる血は地面にどんどん染み込んでゆく。
コバルデはその血を採集したいなと思うが触れれば劇薬のような能力を持った血をホイホイ触れやしない。
「そうですねぇ…」
なんて相槌を打つがどうしたものかと全く違うことを考えていた。
「…ほんと、やってくれるよね。……とりあえずこいつらを片付けて…」
フェールデもさも何もないふうを装ってしゃんと立ちそういう。
しかしその言葉は遮られてしまった。
「生憎と、そう簡単に片付けさせることは出来ませんよ」
そういう声は少年、正であった。
煉霞も後ろで威嚇をするような素振りを見せるが腰が引けている。
怖いのだろう。
吸血鬼3人が突然の正と煉霞の登場に一瞬驚くとそこを狙ったように正は床に玉を投げる。
同時に煙幕が立ち上り目の前が見えなくなった。
「おや。どこに?」
「どこに隠れたって無駄だよ。僕達には動物達がいるんだから」
脳天気なコバルデをよそにフェールデは近くに犬を呼び寄せあいつらを探せなんて命令を始める。
正と煉霞は煙幕に隠れつつ縁とイルフォードをふん捕まえると迷いなく煙幕の中から飛び出した。
同時に爆発音のような発砲音が耳に届く。
その数秒後にはコバルデの腹部に鈍痛。
蹴られた、または殴打された。そう感じる。
煙幕で何も見えない正面にはピンク色の光を放つ瞳。
「家畜風情が……!…」
崩れ落ちながらコバルデはそう言い捨てる。
その直後に後ろでフェールデの呻く声。
どしゃりと床に膝を折った音が聞こえた。
数秒後には緋緒の「ぐぁっ」という小さな声。
その後に崩壊音が続いたということはどこかに投げられたと考えるのが妥当か。
「あはは…!!」
遠くから笑い声と突風が吹く。
紅永は煙幕の中の白華目掛けてまっすぐ飛びその鎌を上から振る。
ガァンッと言う金属同士がぶつかる音と風邪で周りの煙幕が吹き飛ぶ。
「…ぐ…ぎ……」
拳銃で鎌を抑える白華。腕の筋力でも紅永の力に適わないのか押され気味であるが耐えている。
ギャリッと金属が少し擦れる嫌な音がしてから紅永は白華から跳ねるように距離を取った。
「…いいね。やっと本気の白華だ。でもボク以外を相手取る余裕があるなんて…想像以上の成長だね。」
そう言ってくすくすと笑う紅永。
「黙れ……『ロック』」
白華は紅永の言葉を受け取る気もないのか素っ気なく跳ね返してロックという言葉と同時に紅永に拳銃を向ける。
髪の奥に隠れた白華の片目が緑色に光った気がした。
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煙幕から引っ張りだされた縁とイルフォードは白華の戦いぶりを見ながら少し呆けてしまう。
しかしすぐハッと気を取り直して正を見た。
「ボス。早くみんなと合流しましょう。」
煉霞は至って冷静なふうに正に声をかける。
「分かりました。なら3人は早くみんなと合流してください。僕は白華さんを」
「無茶だ」
縁は思わずそう口にしてしまう。
正の能力が高いことは分かっている。だがそれでも次にくる言葉を言わせることは出来なかった。
「…一旦逃げよう。白華さんなら暫くは持つだろう。私たちでなんとかなる相手じゃない。特にあの特位には気をつけろと白華さんも言っていた。」
縁はどこか焦った様子で言葉を続ける。
いつもの落ち着いた縁が嘘のようだ。
慌てた動作のまま正を抱き上げ抱える。
煉霞があっちだと指を指すと早く行こうと言葉を重ねられた。
イルフォードは何となく理解した。
縁は失うのが怖いのだと。この焦りも、何となく見覚えがあったから。
ちらりと白華の方を見てから大丈夫そうだと確認して3人は走る。
抱えられてる正は明らかに不服そうな顔で片手の眼帯を強く握っていた。
「……なぁ。正くんと言ったか?……その眼帯、ボスのものだろう」
「…そうですけど…」
イルフォードは眼帯に目をつけたかそう声をかければ同意の声が帰ってくる。
「…あ、そうだボス、未来視の能力でしたよね?ものを媒介とした…」
煉霞も何やら気づいたように首を傾げる。
「それなら…正くん。その眼帯は白華さんの未来が見えるということだろう?見てみればいいじゃないか。」
そう縁が幾分か冷静になった声で言う。
正もだいぶパニクっていたせいか思い至らずたしかにと思い直す。
「それならもし、ボスが危ない目に会うと出たなら行くって言うのはどうだい?…だけれど…出来れば俊敏性の高いものの方が…」
イルフォードが策に頭を巡らせているが正は気にしないといったふうに眼帯を握り締め直してから紫の双眸を光らせてその瞳を閉じた。
これは白華の視点だろうか。
目まぐるしく景色が変わって視界いっぱいに紅永の楽しそうな顔が映る。
「ごぷ……」
と。嫌な音が耳に響く。
この音は紅永からでは無い。白華自身の音だ。
視点が次は三人称に変わる。
ぱっと映ったのは紅永が白華の体をその大鎌で貫いたシーンだった。
「…っは……!…」
瞳を開ければ先程の情景は消え失せ、視界には走る煉霞とイルフォード。縁の横顔が映った。
今のは先の未来。まだ変えることができる未来。
そう頭では分かっていてもどうしてもいつものような落ち着きは取り戻せない。
人が死ぬ未来を見るのは2度目だけれど自分が死んで欲しくない人の死ぬ未来を見るのはこれが初めてなのだ。
打開策を考えなければ。これはきっと近い未来。もう数分もすれば起こるかもしれない未来。
考えろ、考えろ。
「………縁さん。降ろしてください。…」
「え?…」
「白華さんのところに向かいます。」
驚く縁の顔を一度も見ずに正は言う。
「え、?ちょ…正くん?」
「…正くん。一体どんな未来を見たんだ?」
イルフォードが少し神妙な声でそう聞いてくる。
「……白華さんが…死ぬ未来を。…」
そう重たい声で言うとこの場にいた3人の表情が凍りついた。
同時に3人の足も止まる。
アリクレッドたちの元に着いたのだ。
今の言葉は鉄紺の耳にも届いてしまったのだろう。鉄紺の顔も驚愕で染まっている。
対照に、正は冷静になっていた。言葉に出したおかげか。
冷静な頭で正は考える。
まず順当に、戦力差を考えれば自分が行くのがいいのだろうが自分が行くとなれば離脱は難しくなる。白華がそう簡単に動くとも思えない。
意地でも自分を逃がそうとするだろう。白華はそういう人間だ。
だからそれをどうにかしなければ。
強制的に連行するのが1番最適解なのだろう。
それなら俊敏性か。それなりに力もないと白華を引っ張るなんて荒事出来ないだろう。
ふと、眠っているコミカルな顔が見える。ピースである。
頼もうかと思ったが、良く考えれば彼は命令を忠実に成功できるほど頭が良かった記憶が無い。
やはり自分が行くしか
「…ボス……!…あの、俺……」
そう静寂を割って声を上げたのは煉霞。
あぁ。いるじゃないか。俊敏性と程よい力を兼ね備えた存在が。
攻撃力こそ足りないが速さならピースにも劣らなかったはずだ。
それに加えて足も早かったはず。早く白華の元にたどり着けるだろう。
それに自分が着いていけば。
「…煉霞さん。白華さんを助けに行って貰えますか?…僕も行きますから」
「俺も行く!レンカが心配だ…し…」
そう言ってアリクレッドが挙手をする。
アリクレッドも俊敏性ならあったはず。それならば連れていくことに支障はないはずだ。
「…えと、……は、はい!…」
煉霞は突然のことに少し困惑した後に元気よく返事をした。
「煉霞さん。加減はしなくていいので全力で走ってください。僕たちは後から追いつきますから」
煉霞に作戦を伝えて正はそう言う。
煉霞はこくこくっと首を縦に振り、少し意気込んでいるようにも見える。
紅永の攻撃は見る限りかなり重そうだったが煉霞は避ける能力だけならそこそこあったはずだし恐らく大丈夫だろう。
「行きましょう」
「はい!」
そう言ったと同時に煉霞が走り出す。
ばびゅんと音が出そうな速さだ。
あれはやはり煉霞の体が成熟しきっているからこその動きなのだろう。そう思って正は少しだけ羨ましく思った。
その考えを素早く振り払い煉霞の後を追う正。
アリクレッドもそれに続いた。
数分前。正達が1度引いた後。
「っぐ………待て…!…」
緋緒が瓦礫の中から体を出し正達を追いかけようとする。
「…緋緒。待って」
そう言って紅永が緋緒の目の前にすっと立つ。
「深追いしなくても戻ってくる……けど……うん。アイツらも下がるみたいだから今回はボク達も下がろう」
いつものようににこにこと笑いながらそう言う。
「…は?…何を言って…」
「まぁまぁそんな怒らないで。こっちもなんか大変そうだし…勝手に撤退しちゃった子はいるし。帰ってまた新しい作戦を立てよう。…あぁだけど」
そこまで言って緋緒に冷たい目線を向ける紅永。
「ボクの邪魔はしないでね」
そうとだけ言って踵を返す。
その先には深緑色の髪の色の男がいた。
「みんなにも言っといてね〜!」
なんて軽い言葉が聞こえたが緋緒はその命令を聞く気にはなれなかった。
紅永は緋緒に声をかけてから白華に向き直る。
白華も気にしていた後ろが気にならなくなったらしくコチラに完全に意識が向かっている。
どちらからともなく地面を蹴った。
紅永が白華の元に飛べば白華はもうそこにおらず頭上。
真っ直ぐに銃口を向けていた。
「『ロック』」
そう言うと同時に引き金を引く。
その銃弾は確実に紅永の脳天にぶち当たる。
が、白華は油断せずくるりと空中で回り着地のために体勢を整える。
だが地面が床に到達する前に紅永が懐に飛び込んでくる。
「さー…ん…」
紅永はニヤリと笑ってその鎌を横に振り抜く。
確実に当たると思ったが、白華は咄嗟の判断で紅永の薄い体を足で蹴り素早く距離をとる。
それでも腹に掠ったのかじわりと血が流れた。
「…っぐ……」
地面に上手く着地出来ずどしゃっと言う音を立てて白華は地面に体を打ち付け擦る。
「…ぃ゙……っう…」
よろりと白華が立ち上がり腹を抑えるが血は溢れてくるばかりだ。
まずいなと思い前に目を向ければ既に紅永は大鎌を上から振り下ろしている。
最小限の動きで避けるため紅永の眼前に銃口を向ける。
「『ロック・オン』」
そう言って引き金を引き、同時に体を横にすることで紅永の攻撃を避ける。
「よーん…っ…」
紅永は呑気な声で数えるが紅永のその片方の瞳は白華によって打たれたあとだ。
特に気にしていないのか白華から素早く退き距離をとる。
次顔を上げた瞬間には瞳は元通りに治っていた。
殺しているはずなのにその感覚がない。
そう思ってやはり気味悪く思う。
腹の傷をぐっと腕で抑えてみても血が止まる気配は一向に無い。
「…っは……ぁ……」
ぜーぜーと息が漏れる。
体力も限界なのか。さすがにずっと危険を犯すような戦いは体力を消耗する。
肩で息をする白華を見ながら紅永は心底楽しそう顔だ。
もう1回と言わんばかりの顔をしたと思えばまた先程と同じように白華の懐に飛び込んでくる。
白華は腹の激痛に顔を顰めながらも軽々と飛び上がる。しかし今度は銃口を向ける暇もなく下から鎌が振り上げられる。
紅永の頭を咄嗟に掴み腕の力だけで跳躍する。
建物に足をつけると紅永は迷いなく白華の元に飛び込んでくる。
建物にぶつかるように飛び込んだ紅永は盛大な音を立てて建物を壊し煙をあげる。
その中の紅永に銃口を向けた、が。その土煙は目眩しだ。
紅永は破壊した壁の一歩上のところに足をつけ、そのまま白華に向かって鎌を振り下ろす。
当たる。そう思う。
今現状はどこにも蹴って避けれるものがない。完全な空中。
それならばと片方の銃を紅永盾にするように置くが力負けすれば終わる。
それならばと紅永にもう片方の銃口を向ける。
「『ロック』」
そう言って引き金を引くのと紅永の鎌が白華の拳銃に擦るように滑りその横っ腹に届くのは同時だった。
「『オン』」
そう。紅永の鎌は白華の横っ腹に届き紅永の心臓は同時に撃ち抜かれたのだ。
が。その間に何かが来た。
小さなナイフがギリギリと紅永の鎌と接触している。
紅永が心臓を撃ち抜かれたことで一瞬力が緩む。その僅かな緩みの瞬間、鎌が小さなナイフによって弾かれた。
小さなナイフの持ち主とは違うだれかが白華を後ろからがっしりと掴むと、弾いた反動で飛ぶ小さなナイフの持ち主に捕まり床にストンと降りる。
「…だ、大丈夫…ですか!…」
白華を抱えた煉霞は慌てたように白華に声をかける。
「ぇ……おま……なんで…ここに…」
さすがの白華でも予想出来なかったらしく目を見開いて驚いている。
「白華さん!!」
後ろからも声が聞こえる。
後ろには焦ったような顔をする正。
「え?、…は?…」
白華がもっと驚いて目を見開くと視界の端でアリクレッドが紅永をバチバチに威嚇している。
フォークを捻じるような形に変え投擲のポーズである。
「逃げますよ!!!」
正に強い口調で言われ手を引かれる。
ただ体力の限界か足がもつれる。昔よりやっぱり体力が落ちたなと再認識すると同時に煉霞が目の前に来て背負うと言わんばかりのポーズだ。
重いぞなんて茶化したいが茶化してる暇は無い。
というかなんでとずっと思ってはいるが正の剣幕があまりに怖いので何も言えないし、白華だって自分が悪いのは分かっているためか煉霞の背中にサッと乗る。
「行きますよ!!」
正の言葉を合図としアリクレッドは手に持っていた数本のフォークを紅永に投げつける。
紅永がそれをひょいひょいと避ける頃には煉霞と正は走り出し、アリクレッドもそれを追ったため一瞬ちらりと見えただけでもう見えなくなってしまった。
「…ちぇ……逃げられちった…」
紅永はそれを見て口を尖らせる。
その仕草は上手くいかず不貞腐れた子供のように見えた。
「…追っては……来てないな…」
白華は背負われながら後ろに目を向ける。
「…白華さん…!…」
隣に走る正がそう声をかけてくる。声に怒気がこもっているが気にしたくない。
「…正…いやぁ……助けに来てくれてありがとうな!…にしたってあぶねぇ真似を…」
「危ないのは誰ですか!この馬鹿!」
心底怒っているという声だ。顔ももちろん。
そう怒鳴られてしまっては何も言えない。
「悪かったって。特位が出た時点で撤退するつもりだったし…だが…その…まさかあいつだとは…」
「どーしてそう言うことを早く言わないんですか!僕だって援護なりなんなりしましたよ!それなのに貴方という人は!勝手に行動して、挙句にそんな怪我をして出てくるなんて」
「あー!わかったわかった!ほんとに悪かったッ…て……」
そこまで聞いて反論しようと思うが視界がぐらりと歪む。
ぼすんと為す術なく煉霞の背中に白華は頭を預ける。
「…やべ……血が…」
多分血を流しすぎた。貧血だろうか。
腹の傷はだいぶ深い様でまだ血が流れている。
止血が遅いところで老いなんて感じたくはなかった。
「…わり……正…あと…たのま…ぁ…」
耳元で正が騒ぐ声が聞こえる。心配しているのかもしれない。
薄れゆく意識の中で正のあまりに不安そうな顔が見えて、やっぱりまだ子供なんだなと思ってしまった。
「…レンカ。怪我ないか?」
走りながらアリクレッドはそう聞く。
煉霞はこくりと頷く。本当に怪我は無さそうだ。
それにしても先程の特位。
あのまま自分たちを殺すことも出来たはずなのにあえて見逃したような気がする。
セリフも言葉もどこか演技がかっていた。
そう。あれは詐欺師の手法だ。昔住んでいたところには沢山いたからそれぐらいの見分けは着く。
とりあえず特位のことを考えるのは止めアリクレッドは白華に目を向ける。
じわりと腹に滲んだ血は止まっている気がしない。ずっと煉霞の腰元を濡らし続けている。
床にパタパタと落ちているのも腹部からの血だろう。
止血を考えるが道具がない。服を破くぐらいしか方法がないだろう。
眠ってしまった白華の隣を走る正の顔はいつものような覇気は無く、それでも何か考えているような顔だ。
なんてアリクレッドが思案しながら走っていると視界に星那が見えた。
どうやらみんながいたところに戻ってこれたらしい。
「星那…!…」
笑って声をかければ星那も少し安心したように笑ってくれた。
「アリちゃん!…無事だったんだね」
そう言う星那の後ろにはセレイアとルーカス、アーナ、碧が居る。
この4人も合流できたか。
だがセレイアだけは眠っており碧が背負っている。
「…えっと……これは?…」
アリクレッドが不思議に思うと縁が答えてくれる。
「セレイアさんはどうやら吸血鬼の能力で眠ってしまったらしい。だから……ぁ。白華さんを無事に連れてこられたんだね。じゃあ早く撤退しないと…」
縁の元に白華を背負った煉霞が来る。
縁は少し笑って「お疲れ様」と言ってくれた。
煉霞はそれが嬉しくて少しにこと笑うが同時に顔に助けてと書いてある。
「……白華さんを持つの。私が変わろうか。」
「お、お願いします……俺、限界で…腕……」
そう煉霞が言って白華を縁の背中に預ける。
手がぷるっぷるである。白華を渡すと同時に腰のナイフの入ったところから包帯を取り出す。
持っていたらしい。
慣れた手つきで白華のお腹を強めに包帯で巻き止血代わりにする。
「よし……これで!」
「…凄いね、完璧だ…」
「俺、1番怪我しやすいと思うので一応持ってるんです…足でまといにはなりたくありませんから…と言っても…今回はすごく迷惑をかけてしまいましたけど……」
そう、ふんすと意気込みまた落ち込む煉霞には緊張感がほとんど見られなくて縁も少し微笑んでしまう。
戦場に似つかわしくない煉霞に癒されてるとでも言うような感じだ。
話している煉霞のポケットの通信機がプルルと鳴る。
全員が合流しているのに通信機、しかも自分のが鳴るなんて変だと思うがその疑問は通信機を開いて件名で気づく。
「…ボ、ボス…!…ちょっと…」
そう言って正に声をかけて手でちょいちょいと招く。
正は何だ?と言わんばかりに少し首を傾げる。
「救護班の方からの連絡です。合流地点の話だと思います。」
正は何故その連絡が煉霞の通信機に?と思うが特に今すぐ気になる内容でもなかったためか気にせず通信機を受け取り電話をとる。
電話では少し低めのさっぱりした声の女性が話していた。
本当に合流地点の話のようだと思って相槌を打ちながら女性の話を聞いていた。
✣✣✣
「…終わったかしら?…」
ふてぶてしさ満載の声でそう言うのはリアナである。
紅永の元に仁と共に突然降り立ったと思うといきなり口を開いてそういったのだ。
「…終わった…って?…」
容量を得なくて紅永が首を傾げて聞き返す。
「だぁかぁら!もう帰っていいのかしら?って聞いてるのよ!」
さっきと質問が違う気がするが気のせいかと思いつつも紅永は返す。
「あぁ。うん。帰ろう。次の作戦の話もあるし……あぁそうだ。緋緒。多分あの弾丸スノードロップだと思うんだけど傷どう?治りそう?血止まった?」
紅永は突然緋緒に目を向ける。
「…ん…あぁ。…そうだな…血の勢いは収まってきたようだが…すぐ治るとは思えないな…」
「やっぱり?流石スノードロップだ。最低でも全治1週間って考えて良さそうだね。」
そうなんてことないように紅永は言う。
「…とりあえずみんなをさっさと集めて帰ろう。帰りもボクが瞬間移動で送ってあげる」
そうけろりとした声で言ってにこにこ笑う紅永。
「そう。なら私はディーバちゃんを呼んでくるわね!緋緒ちゃん、ちょっとその傷見せてちょうだい。止血ぐらいならできるわ」
リアナは紅永の言葉を聞くとすぐ切り替えて緋緒の元に駆け寄っていく。
ただ腹を抱えて蹲っているフェールデに一切声をかけないあたり相変わらずだなと仁は思いつつポケットを探る。
チャリ、と音がして思い出す。
煉霞に指輪を返していないということに。
というか会った記憶が無い。あそこまで印象的な赤髪だ。他の吸血鬼は会っていそうなものだが…それよりこの戦場にいたはずなのに会えないとは。色んな人に襲われて対処をしていたらこのザマだ。
まだ返す機会はあるはずだ。
紅永の目を欺きながら煉霞に接触するには……と仁が思案し始める。
リアナはと言えば緋緒の傷の手当を終えて意気揚々とディーバを探しに行っていた。
少しすると疲れた様子のディーバを連れてリアナが戻ってきた。
紅永はそれを確認すると指をパチンと鳴らす。
次の瞬間にはもう屋敷の前だった。
気になることは多々あるが仁はそれより目先の指輪を返すことが先決だ。
ノクスの様子も少し心配だったのもあり、仁はゆったりと屋敷の扉を開けた。
✣✣✣
「…北の方ですね。分かりました…ありがとうございます。はい…」
正はそう言い電話を切る。
合流地点は北の方だそうだ。分かりやすく大きな車を用意しているからわかると思うなど、少し雑だと感じるような説明をされた。
「皆さん。」
正が全体に声をかけるとみんながくるりと振り向く。
「救護班の方が来てくれたそうです。これから北の方に撤退します。」
そう端的に言えばみんな様々な反応をするが同意の色を示してくれる。
1人、先程起きたピースは情報を把握出来ずアホ面を晒しているがきっと鉄紺が相手してくれるだろう。多分。
「正くん。撤退は構わないがこの後の処理はどうするんだ?吸血鬼達も撤退するとは限らないだろう」
鉄紺が手をそっとあげて難色を示す。
正はもちろんその質問の答えを考えておいた。
「この後の処理は他の祓魔師さん達がやってくれるそうです。あくまでも僕達は偵察、特攻だったので。と言っても吸血鬼の方にもそこそこの打撃は与えています。吸血鬼方も撤退するだろうという考えみたいですね。」
冷静に返せば鉄紺はふぅんと言った後に緩くコクリと頷いた。
「…皆さん他に何か心配事はありませんか?…それなら北の方に行きましょう。早めに戻れとの事ですので少し走りますが…」
みんなの体力を心配する素振りを見せてみるがみんな至って元気そうだ。
負傷者は幸い寝ているし今のうちに避難してしまおうと正はみんなを先導しながら北の方に走った。
少し走ると本当に大きめのキャンピングカーらしきものがある。
「…ここ、でしょうか。」
みんなも確信は持てないようで首を傾げる。
「もしここならあの人が…」
そう言いながら煉霞がきょろきょろと辺りを見渡す。
顔見知りが来るのだろうか。
そのすぐ後にコツコツとヒールの音が聞こえる。
「やぁ諸君。お疲れ。そしておかえり。ここからは私たちの仕事だよ。さ!車に乗って。怪我がない人はあっちの普通の車に乗ってくれ。」
そんなさっぱりとした低めの声は正が電話越しに聞いた声とほとんど一緒だった。