第2章
見覚えのある青色が視界を掠める。
煉霞はつい癖でその青を追ってしまう。
おかしいな…今は別行動をしているからここにいるはずは無いのに。
そんな違和感を感じたのにただ彼の名を呼んでしまう。
「アーナ……くん…?…」
ゴシャ
石畳の床が砕ける音。
「煉霞くん!!!!」
珍しく縁が声を荒らげて自分の名前を呼んでいる。
アーナは確実にこちらに向かってくる。敵意を向けて、避けなければ。避けなければいけないのだ。
だけど。体は動かなくて。
俺は…ここで死ぬ?……
✣✣✣
派手に建物の崩れる音がした。
何事かと思って動揺するが恐らく一族のうちの誰かが暴れているのだろう。
仁はそんなことはどうでもよさげで、煉霞を探すために今現在街をぶらついているところだ。
祓魔師に会う気配もなくホントにいるのかと疑いつつも煉霞を探す。
「はぁ」
溜息を漏らした瞬間に路地裏から誰かが飛び出してきた。
紫色の少年と青色の青年。
「あ゛」
思わず仁の口からそんな声が漏れる。
今ここに人間がいるということは、相手は高確率で祓魔師とということになる。
さも通りすがりの人物ですみたいな振りをしてこの場で踵を返したら逃げられるだろうか?
いやまぁ単純に考えて無理だろう。
だって見てくれ。紫色の少年と青色の青年は俺を見た瞬間戦闘態勢だ。
終わった。
それならばこちらも応戦するしかない。
腰に下げている自分の刀に手をかけ、抜刀する。
そんな仁の様子から紫色の少年、正は目を離さずに行動を始める。
「碧さんは後方から援護をお願いします。僕が距離を詰めて攻撃しますので。」
正は慣れた様子で碧に指示を出す。
どことなくどころかかなり不快そうな碧の表情をはさておき正は真っ直ぐ仁を見据える。
「お久しぶりですね。えっと…?」
くすっと少しいつもの猫かぶりからは考えられないように笑う正。もちろん碧には見えないように。
「信樂 仁だ。」
「そうですか。お久しぶりですね仁さん。僕は頭城 正と言います。」
仁も刀を構えつつ正を見据えている。隙を見て霧化で逃げようと思っているらしい。
「…そう何度も、同じ手には」
そこまで言ったところで仁の視界から正が消える。
「引っかかりませんよ」
「っぐ」
どうやら懐に入ったらしい。仁からしたら正は小柄なので見失いやすく攻撃するには不利すぎる。
切り掛かられた瞬間一瞬切られたところを霧化させる。そしてすぐ肌に戻すと仁はくるりとバク転して正から距離をとる。
そして先程碧がいたところに一瞬視線を戻す。
そこには碧はいなかった。
咄嗟に気配の方向に首を向ける。
刹那、自分の頬に札が掠める。
ぴっと小さな音だったが僅かな痛みと共に頰から血が伝う。
「っ…」
また仁は後ろに飛び退いて2人から距離を取る。
不味った。
これは手加減している場合じゃないなと仁は刀を握り直す。
すぅ、と深呼吸をした。
直後。隣を突風が過ぎ去る。
同時に嗅ぎなれた甘い匂い。これは。
「リアナ…?…」
少し驚いて目を見開けばもう既にリアナは正に攻撃を仕掛けていた。
「な……ぁ…っ…!?」
流石の予想外に正も目を見開く。
リアナの体からは赤黒いものが変形して正に襲いかかった。
赤黒いものは躊躇なく正に切りかかるが正も負けじと攻撃をひょいひょいと避ける。
正がある程度離れるほどの攻撃をするとリアナは仁の横にすとんっと着地した。
「あら!やるようね。可愛い少年。」
そう言ってリアナはいつものように笑い高らかに声を上げる。
「というか仁。何を手間取っているのかしら。あんたならすぐ殺すことも簡単だったはずだけど?」
リアナはこちらをちらりと見て言う。
「今お前のせいで出来なくなったんだが……」
「あら。失敬な。せっかく助けてあげたのに。」
「…助けたって……」
「これで朝の借りはなしよ。ねー?ディーバちゃん」
仁の奥にいる存在に向かってリアナはにこやかな笑みを浮かべる。
建物の影から出てきたのは黒髪の少女。どう考えたってこの場の誰よりも強いことはわかる。そんな気配がビリビリと感じるからだ。
「…リアナ。…体調はいいのか?私が頼んだとはいえ…」
どこか落ち込んだ様子で心配そうにリアナに声をかけるディーバ。
「…いいのよ!私はこの通り元気ですもの。ね!さっきから大丈夫って言ってるじゃないの」
リアナは浮かべた笑みを絶やさずディーバの頭を撫でる。
ディーパが少しほっとした顔をした直後にまたもや札が飛んでくる。
しかしリアナの能力によってバチンッという音と共に叩き落とされる。
「あら。まだいたの?子猫ちゃん♡」
くすっとリアナは札の飛んできた方向を見て笑う。
「なんや。騒がしい方どすなぁ。…来てそうそう、よう喋りますわ」
碧も負けじと余裕を繕って笑う。
「ふふ。お褒めに預かり光栄だわ。可愛い子猫ちゃん。私可愛い子は好きよ。ねぇ。貴方がここで引くなら見逃してあげても吝かではないのよ。」
どこか煽るようにリアナはくすっと笑う。
「あんた…っ!」
「…正直。私子供とは戦う気がないの。それに可愛いお嬢さんとも。ねぇ。そうだわ貴方の名前を伺ってなかったわね。教えてくれる?」
「親に習うたことありまへん?人に名前を聞く時は自分からって。」
少々この少女の言葉に腹の立ってきている碧は若干キレながらそういう。
「あらあら。それは失礼したわね。私はリアナよ。ねぇ、貴方の名前は?」
くすくすと笑う少女にどうも碧は調子を狂わされる。
「碧ですよ。よろしゅう頼んます」
「碧ちゃんね。よろしく」
リアナはそう言ってニコッと笑う。
その様子に非常に何か覚えを感じるがすぐふと思い当たる。
(あぁ。これ、クラスメイトにこんな感じの子いたわぁ)
碧が少し諦観の笑みをすると次の瞬間ガキンッという音と共に目の前を赤黒い物体と突風が通る。
どうやら鉄紺がリアナの攻撃を防いでくれたらしかった。
「……な…っ……」
「あら。戦わないと思った?…私、女の子に手を出す趣味はないけれど命令には従う主義なのよ………ねぇ。仁」
禍々しい気配を放つようにリアナは笑う。
ザワっと全身が泡立つ感覚を覚える。
「知らねーよ。少なくとも俺は戦う気ねぇぞ」
いつの間にかディーバの前に立ちはだかるように立っていた仁は苦笑いをする。
「何よ。ここは…俺も戦うぜ!的なことを言うのが常套句なんじゃなくって?……まぁいいけれど…」
少しリアナは不貞腐れたような顔をするがすぐ碧と正に向き直る。
「ま、このふたりは私がちゃっちゃとやっちゃうわよ。仁はディーバちゃんをお願いね。どうせ暇でしょ」
「あ?俺のどこが暇だってんだよ…こっちにもやることが……あーいやいいか。じゃあリアナ、こいつらの相手頼んだわ」
仁はひょいっとディーバを持ち上げるとたっと駆け出す。
「…なっ!待ちぃ!」
碧は慌てて仁を追おうとするがリアナの能力の血液が床に突き刺さりそれを止める。
「逃げれると思った?……ごめんなさい?私、あまりあなた達に傷をつけて殺したくないの。…だって綺麗な死体が1番でしょう?人間ってのは」
リアナはそう言ってくすくすと笑う。
「面倒な相手ですね…」
つい、正は不満を漏らす。
「そうやね……バランス型は分が悪い…」
碧も少し眉間に皺を寄せて言う。
「やーね。かかってくるなら来なさいよ。私たち、貴方達の情報を集めないとならないんだから。」
そう言ってリアナが意地悪く笑うと同時に2人は地面を蹴った。
✣✣✣
崩壊する音が聞こえる。
先程まで煉霞が立っていたそこには大きなクレーターのようなものが出来ている。
それはアーナの能力で空いてしまったものだった。
「ククッ…逃がしましたか。無能力者だと思って侮りましたかね」
アーナの姿をしたコバルデは笑いながら煉霞を見やる。
「…お前は……アーナくんじゃないな…?…」
煉霞も負けじと少し凄む。もちろん内心は怖くてぷるぷるであるのだが。
「それより貴方、さっき動けなそうだったのによく躱しましたねぇ。普通の人間なら無理だと思ったのですが」
応答に答える意味もないと言わんばかりにコバルデは話を流す。
煉霞は少しは答えてくれても…と思うがだいたい吸血鬼なんてこんなものだ。むっとするが煉霞が凄んでも全く怖くはない。
不服である。
「…し…知りませんよ…体が勝手に動いてたので…!……それよりあなた…名前はなんなんですか…名乗ったりするものでは…?普通……」
ちょっと自信がなくなってきてしまい言葉がしりすぼみになってしまう。
コバルデはその姿を見てくすくすと気味悪く笑う。
「そうですね、いいでしょう。私の名前はコバルデです。…それでは家畜の皆様、私の能力として使われてください。」
「コバル……デ…?……コバルデってたしか…………」
煉霞がつい考え込むような仕草をするとまた縁の声が聞こえる。
「煉霞くん!!危ない!!!」
「…んぇっ………」
コバルデはもう煉霞の目の前で拳を握っていた。
「惜しいですね」
「どこ見て言ってる。」
鉄紺の声が横から聞こえたと思うとコバルデが盛大に飛ぶ。
ゴシャァッと派手な音がしてコバルデの体は建物にめり込むがピンピンしているようで直ぐにぽこんっと出てきてしまう。
「煉霞くん。こっちだ」
縁は煉霞の手を取ると建物の影に隠れた。
「んぁっ…えに…縁さん…??」
「煉霞くん。危ないからここに隠れているんだよ。」
「…あっ…危ないって…まぁたしかにそうですけど……というか、縁さんアイツは危険です!」
縁に静かに諭されるも煉霞も負けじと縁の腕を掴んで行こうとするのを止める。
「アイツは…コバルデ……模倣の能力の持ち主です…!…今現在あの人はアーナくんを模倣しています。つまり今はアーナくんと同じ能力が使えるんですよ…?そんなの太刀打ちできません…!」
少し焦りながらだが煉霞は説明してくれる。
「模倣…?…」
「えぇそうです。コバルデは姿を模倣するだけでなく能力自体も模倣します……威力は落ちているようですが…それでもアーナくんの能力なら充分危険です。…アーナくんは分子に干渉する能力、俺達では触れただけで終わりですよ…!」
煉霞はわたわたとしながらだが説明する。
「それなら触れなければ…」
縁は提案するが煉霞に拒否されてしまう。
「触れようとしてくるんですから触れないなんて芸当無理です……うーん…アーナくんの能力となると、流石にキツイですね…相性が悪い……鉄紺さんも苦戦してるみたいですし…触れないってのは結構大変なんですよね……」
煉霞は役に立たないなりにみんなのことを心配してくれているらしい。その心遣いだけは有難いが今はそんなことを心配している場合ではない気もする。
「…だけど煉霞くん…誰かコバルデの相手をしないと…鉄紺さんだけではすぐにやられてしまうよ?」
「…う…ん…そうですね…確かに…そうなんですけど………ん…?…鉄紺さんのペアってアーナくんでしたよね?アーナくんはどうなったんでしょう……?やられてるなんてそんなことは…」
「え…?アーナくん?…いや…どうだろう……コバルデの能力は…えっと…」
「血液を飲むことで使用可能なはずです」
「そうだよね…?それならやられててもおかしくは無いとは思うんだけど……」
「そんな…っ!…」
縁はあからさまに慌てる煉霞に不安の要素を与えてしまったことに少し後悔しながら、再び煉霞を落ち着かせる方法に考えをめぐらした。
✣✣✣
「チッ……」
廃墟の中で2人の人が向かい合っている。どちらも臨戦態勢である。
どちらからともなく動いたと思えば片方が触れた廃墟の柱が崩壊する。
柱はガラガラと大きな音を立てて瓦礫と化した。
「待てー!バラ吸血鬼!!」
そう大きな声で緋緒を追うのはアーナ。先程から触れる柱を端から壊している。
緋緒の方は何かと思えば不意に廃墟の窓の框に立つ。
落ちる気か、と思うがそうでは無いらしく余裕そうな表情を保っている。
「あんた。そんなに柱壊していいのか?」
そう嘲笑うように口角をあげるがアーナは何を言っているんだという顔をする。
直後、どこかの柱からピシリと言う嫌な音がする。
「…?……!?」
その瞬間天井がガラガラと崩れ始めた。
緋緒はその瞬間框を蹴ると廃墟から飛び降りる。廃墟と言っても3階。飛び降りればタダでは済まない。
「な…っ!待て!!!」
アーナがその声をあげた頃にはアーナの視界から緋緒は消え去っていて、その直後、度重なる振動に耐えきれず建物が崩壊した。