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お姉さんがやってきた、の段

赤い


赤い


見たこともない炎がうねりを上げて憤る。頬をつたっていた涙は、走っている間に消え失せた。

「―――――――!」

必死で叫ぶ声は誰のものだったのか。
(だれか、だれか――)



タ ス ケ テ





「っ――!」

布団から起き上がり、周りを見渡した。脈打つ胸を押さえ、呼吸を整える。
自分の家じゃない、他人の家。
夢であったことに安堵すると同時に、夢でない現実に悲しくもなった。

「うにゃ…しょっけんがいちまい…」

すぐ隣から聞こえてきたハッキリとした寝言。布団からはみ出ていた彼の足をそっと直し、布団から出た。音をたてないように戸を開ける。長屋を抜けると土手を見つけたので、そこに座った。
春の冷たい風が、頬にあたる。
私を拾ってくれた人たちはとても優しい人たちだった。見ず知らずの私を看病してくれ、ご飯をくれ、着るものまで貸してくれた。
土井さんのものらしいが、どうして女物を持っているかは謎だ。「趣味じゃありませんよ!」と必死に否定されたが。
ちゃぽん、と水の音がした。蛙でも飛び込んだのだろうか。月明かりに照らされた水面が妖しく波打っている。

『――ずりぃ!姉貴が行くのかよ!俺も一緒に行きてぇ!』
こらっ、あんたは寺子屋のお手洗い頼まれてるんでしょ。


ゆらり、ゆらり


『隣町までは半日もかからん。すまんが、頼んだぞ』
大丈夫よ、父さん。しっかりと届けてくるね。


ゆらり、ゆらり


『気をつけて行ってくるのよ、凪』
ありがとう、母さん。じゃ、行ってくるね!


ゆらり


ゆらり


ゆらり





「白河さん」

びくりと肩を震わせて振り向くと、困った様子で私を見下ろしている土井さんが立っていた。

「駄目じゃないですか。こんな夜中に一人で出歩いたら危ないですよ」
「…すみません」

心配して、わざわざ追いかけて来てくれたんだ。
謝った私に、ふわりと何かが被さった。
それは大きな羽織り。

「春になったとはいえ、まだ冷えます。風邪をひきますよ」

静かに微笑みながら、私の隣に腰を下ろした。
少し目を丸くする。
てっきり帰らされるのかと思ったのに。
土井さんは何も言わずに、隣で夜空を見上げている。
今日は綺麗な星空だ。

「…土井さん」
「はい?」
「…私に何も聞かないんですね」

膝を抱え、川の水に視線をやったまま尋ねた。土井さんの表情は見えない。
ただ、月が水面に映えてとても綺麗だと呑気に思った。

「そうですね…少し迷っています。今、このタイミングで聞いていいものかどうか」

返ってきた答えはあまりにも正直で。
驚いて土井さんを見ると、視線があった。

「貴女が話せるときがきたら、いつでも話してください。正直言えば、聞きたいですし…。でも無理には聞きませんから安心してください」

土井さんが私に笑いかけ、反射的に顔を逸らした。
その笑顔がひどく優しくて、今の私には酷だった。




青空スキップ

(もうわたしには何も残っていないというのに)
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