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お姉さんがやってきた、の段

『隣町までは半日もかからん。すまんが、頼んだぞ』
大丈夫よ、父さん。しっかりと届けてくるね。
『気をつけて行ってくるのよ、凪』
ありがとう、母さん。じゃ、行ってくるね!



その日は朝から雨が降っていた。
父から預かった手紙を隣村の知人のもとへ届けに行くのに、なんたる天気。
小窓から見えた分厚い雨雲を恨めしく睨みつけた。

「ゆーうつそうな顔だな!なんなら俺が持って行ってやってもいいぜ!」
「なーに言ってんの」

ひょっこりと顔を覗かせ、軽口をたたく一つ下の弟に眉を寄せる。負けじとむむむっと、弟も眉を寄せた。

「ずりぃ!姉貴ばっかり!俺も一緒に行きてぇ!!」
「あんたは寺子屋のお手伝いを頼まれてるでしょ」
「だって、じっとしてるなんてつまんねぇし!」

座学よりも体を動かすことが好きな弟はいつもこんな調子だ。ふくれっ面の弟を軽くあしらい厨房を覗き込む。

「父さん、行ってくるね」



「ああ、隣町までは半日もかからん。すまんが、頼んだぞ」
「」

厨房を覗き込んで父に出立の挨拶をすると、手を止め、少し振り向いて「気をつけてな」と言葉少なに言ってくれる。
編笠の紐を結び、外に出る。慌てたように母が来て、「お腹が空いたら食べてね」と握り飯を渡された。温かいそれを背負っていた風呂敷へ入れる。

「いってらっしゃい」

いつものように笑って、手を振って見送ってくれた母。
いってきます、と手を振り返す。

このときは、これが最後となるだなんて、思いもしなかった。



隣村はそう遠くなく、女の足でも1日あれば往復出来る距離だった。帰りには雨もすっかり止み、少し暗くなった道を早足で歩く。
ふと少し先の空を見上げ、変に明るいことに気付く。大きな松明でも興しているかのような明るさだ。
何か行事でもあっただろうかという疑問は村に近付くにつれて、不安に変わる。早足だった歩みは小走りになり、全速力で走っていた。
うねり叫ぶような炎の音。
息を吸う度に体に入ってくる煙。
嗅いだことのないヘンな臭い。それがヒトが焼けた臭いであることに気付いたときは、少し吐いた。
村に着いてからの記憶はほとんどないに等しい。

ただハッキリと覚えているのは、赤く激しく燃え盛る店だったモノと何も出来ずに立ちすくむ自分--。





ゆっくりと目を開け、息を吐き出した。喉が震える。先に涙を流しすぎたせいか、不思議と涙を堪えていられる。乾いた涙の筋が少し突っ張った。

「それから先のことは…覚えていません…」

わたしの記憶は絶望的なその景色で途切れている。
目が覚めたら、ここにいた。土井さんときり丸君がいた。

「あの景色がずっと、頭から離れないんです…」

どんなに叫んでも誰にも届かない。誰も、助けてはくれない。
父も母も弟も死んでしまったのかもしれない。
苦しくて苦しくて――底知れない暗闇に埋もれていく。

「もういやだ、って…………生きる意味なんてなくて………しにたい…っ」

床を見つめたまま、言葉を吐き出した。



「そんなこと言うなよ!!!!!」



背中を正されるような大きな声に、思わず顔をあげた。
きり丸君がこわい顔で立っていた。



「何で死ぬとか言うんだよ!!

生きろよ!!


生きる意味なんて生きてたら見つかるんだよ!!」



固くにぎりしめられている拳が小さく震えていた。
泣くのを我慢している顔で、私を見ている。

「白河さん、きり丸も貴女と同じなんです」
「わたしと、おな、じ…?」
「戦で村を焼かれ、家族を失くしました」

胸の内が、スッと冷えた。
きり丸君は私と同じ。
なのに、こんなにも違う。
私は死んで逃げようと思ったのに、彼は――。

「な、なんでっ…どう、して…」
「母ちゃんが『 生きて』って!俺に言ったから!!だからきっと…っ、お姉さんの母ちゃんたちもそう思ってるから…!」

ボロボロときり丸君の目から涙が零れ落ちる。つられるかのように、堪えていた涙腺がぷつりと切れた。

「ごめん、なさっ…ごめっ」

次から次へと溢れ出てくる涙を手の甲で拭う。

「もう、死ぬなんて…言わない、でよ」

そっと握ってきた彼の手を握り返して、何度も何度も頷いた。



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(私は、生きている)
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