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お姉さんがやってきた、の段

雨の音に包まれる家の中。外はなかなかの本降りで、雨粒が激しく屋根を打ち付けているのが分かる。久しぶりの雨だな、なんて考えながら黙々と縫い物をこなしていた。
長い休みのときは一緒に住んでいる少年のアルバイトの一つだ。いつも身の丈以上のアルバイトを引き受けて、手のまわらないものは自分にまわしてくる。
困った奴だとため息をついた。
当の本人は、赤ん坊の世話をするアルバイトのために出ている。
そろそろ終わる頃だと思うが、迎えに行った方がいいだろうか。あいつは傘を持って行っていない。
半分程縫い残った衣切れをそのままにし、立ち上がった。
その時、パシャパシャと誰かが走ってくる音がし、戸が勢いよく開かれた。

「先生ーっ!!」

びしょ濡れの少年――きり丸がいた。
ひどく慌てている。

「どうかしたのか?」
「おねっ、お姉さんが動かなくなって、た、倒れて」
「落ち着け、きり丸。順を追って話せ」

「だ、だから!お姉さんがフラッて――っ、



あ~~~~~!!とにかく来てください!俺じゃ運べないんすからー!」



じれったくなったのか、きり丸は私の手を引っ張った。きり丸があまりにも必死なので、手を掴まれたまま走った。
『動かなくなった』というのは気になるけれど、また変な事件に関わってしまったんじゃないかという気持ちの方が大きい。
私が受け持つ一年は組は学園一のトラブルメーカーで、その中でも一際事件に巻き込まれる確率の高い三人組の中に、この少年が含まれているからだ。

「先生!あそこ!」

確かに『お姉さん』は倒れていた。
橋の上で、ぐったりと横たわって。
長く黒い髪の毛が散らばり、雨で頬にへばり付いている。

(これは…)

着物は泥や煤だらけで、焦げている箇所があることに目を細めた。

「せ、先生…お姉さんは…?」
「大丈夫だ。どうやら気を失っているだけのようだ」

きり丸はホッとしたように笑った。余程心配していたらしい。

「よし、帰るぞ」

ぐったりとして意識がない『お姉さん』を背中に背負って、早足で歩き出した。
水を含んだ着物がずっしりと重い。
背中から伝わってくる彼女の体温はないに等しくて、“ 人”ではないかのようだ。きり丸が慌てるのも分かる。

「きり丸」

自分の横を頑張って着いてくる少年に話しかけた。

「なんスか?」
「お前、このお姉さんと話したのか?」
「…はい…」
「なんて言ってた?」

きり丸は少し黙り込んだあと、口を開いた。

「…家も、家族も…全部、なくしたって…」
「…そうか」

きり丸は辛そうに顔を歪めた。
きり丸があんなにもこの『お姉さん』に必死になっていた理由はこれだったのだ。
この少年も、戦で家と両親をなくしているから。

「先生…」
「ん?」
「…戦は、もう嫌っすよ…」
「…ああ、そうだな」

少しだけ、歩く速さを落とした。
自分の服の袖を握るこの少年が、転ばないようにと。



青空スキップ

(生きるって難しい)
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