短編集


「もしさ、」

俺の部屋で彼女がそう言った。
橙色に染まった空が眩しくて、カーテンを閉めようとしたら彼女に嫌がられた。その直後だった。

「何?」

俺はベットに腰を下ろしながら、後ろ姿を見る。夕焼けに照らされた彼女の、1度も染めたことのないらしい黒髪はキラキラと輝く。人生で3年間、1度しか着ることの許されない高校生たるブランドを示すブレザーのスカートが膝裏で揺れていた。俺が1年だったか2年だったか前に着なくなった服だ。

「明日世界が滅ぶとしたどうする?」
「明日?何でまた、」
「近頃ニュースで言ってるじゃない、何とか予言の再来とか何とか。結局前みたいに外れるんだろうけど、君が何を望むのか気になっちゃって」
「あー、」

部屋の片隅に置かれたTVを見た。無意味に煌々と光って、アナウンサーが必死の呼び掛けをしている。今更何をすれば良いと言うのだろうか。普通はそれを見たら慌てふためくのだろうけれど、今の俺はひどく冷静だった。何をすれば良いのか分からないというのもあるが、目の前の彼女がひどく呑気なのだ。まるで明日も来るよと言わんばかりに、いつも通り俺に話し掛けてくるから。だから、ベットに腰を据えて俺も返事が出来る。

「逆にお前は何を望むの?」
「えー?私に聞くのそれ?」
「教えてくれたら教えるよ」
「それずるくない?」
「俺がずるいのなんてお前昔から知ってるでしょ」
「そりゃまぁね。家が隣ってだけで物心付く前から一緒に居ますから」

彼女はそう言うと、「私ね、夢があるの」と内緒話をするように声を小さくさせた。つられて俺も声が小さくなる。

「どんな?」
「歌手になりたいの」
「歌手?」
「そう。これまだ誰にも言ったことのない夢なんだよ」
「良い夢じゃん」
「ほんと?」
「ほんとほんと。だってお前歌上手いもん」

TVの向こうで警告音が鳴り響く。ミサイル到来を知らせるそれとはまた違う警告音は聞き慣れないもので、俺はTVを消した。無音が広がる。空が暗く、赤く。泣きたくなるくらいの橙色の夕焼けが広がっている。

「ほら、私言ったんだから次は君だよ」

彼女は窓から離れると、俺の隣に座った。

「俺の夢?」
「うん」
「特にないんだけどなぁ。そうだな、敢えて言うなら、」
「うん」
「君と共に死ぬことかな」

そっと彼女を伺い見た。きょとんとして、そして、ふっと笑う。

「なにそれ」
「生まれた年は違うけど、生まれた月日は同じじゃん。だから、同じ時、同じ時間に死にたいなって。ニュースで予言が言われ始めた時からなんとなく思ってた」
「とんでもない殺し文句だね。それプロポーズの域すら越えてるじゃん」
「プロポーズではないからね。これ一生言うつもりじゃなかったし」
「?私とどうなりたいの?」
「別にどうも。好きだけど、結婚したいとか思わない。ただ、君と生きて、共に死ねればそれで」

それだけで満足、と呟いた。
これが正常ではないことは分かっている。ひどく冷静な頭で俺自身を罵る。それでも止めることは出来なかった。『歌手になりたい』と俺の好きなその表情で彼女を見ていたら無性に愛しくなった。今言わなければいけないのだと思わされた。

「気持ち悪いでしょ」
「別に」

今度は俺がきょとんとする番だった。

「何で?」
「何でって……別に人の夢は笑う為のものではないよ。君だって私の夢笑わなかったじゃない。君だけだよ、真剣に聞いてくれたの」

それにね、と彼女は続ける。

「嫌じゃなかったよ。共に死にたいと言われて嫌じゃなかった。むしろ、嬉しかった」

彼女はそう言うと、俺の腕に自分の腕を絡めてそのままベットに押し倒した。見慣れた天井が頭上に広がり、彼女は俺の隣に転がった。

「私、死ぬのこわいの」
「俺も」
「だけど君と一緒なら死んでもいいよ」
「すごい殺し文句だね」
「君の真似」
「そっか、そうだね」

俺は見上げた。そこには白い天井しかない。あっ、シミ。

「……俺の夢叶っちゃった」
「叶えたの」
「そうなの?」
「そうなの!」
「そっか。……じゃあ君の夢は俺が叶えてあげるよ」
「どうやって?」

きょとんと俺を見てくる彼女を見て、ああ好きなんだなと思う。一緒に居すぎてそれが恋愛感情なんて今更分からないけれど。やっぱり好きだなと思うよ。

「何か歌って聞かせて」
「はあ?それいつもと変わらなくない?」
「俺のために歌ってよ。ワンマンライブだよ」
「いややっぱりそれ何か違うよ」
「いや?」
「嫌じゃない。そうねぇ、子守唄でも歌いましょうか」
「えっ何でそのチョイスなの?」
「別にいいじゃん、歌いたいんだから。私のワンマンライブなんでしょ?私のセトリに文句言わないで」
「あっはい」

そう言うと、彼女は俺の隣に寝っ転がったまま歌い始めた。綺麗な高音は橙色の空に吸い込まれていく。腕を絡めたまま歌う彼女の瞳をいつまでも見ていたいと思った。彼女がふいに照れたように笑うから、俺もつられて笑った。


そうして、また明日。
いつも通り、君と出会えれば良いのに。
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