真実の愛
「お帰りなさいませ、ニコル様」
扉が開くと初老の執事がニコルに向かって見本のような礼をとる。
横一列に並んでいる数人の男女も「お帰りなさいませ」と一糸乱れぬ動きで深々と頭を下げた。
ニコルはそれにニコリと笑顔で応える。
「ただいま戻りました、父さんは書斎ですか?」
はい、と答えたのは、やはり初老の執事。
他の者たちはニコルが自分達の前を通り過ぎるまでは動いてはいけない。
ましてや一使用人が屋敷の主の息子に直接声を掛けるなど有ってはならないことだ。
でもニコルはそういう階級制度が好きではなかった。
だから、いつも気にしなくていいと、気さくに話しかけているが、聞き届けられた試しはない。
父母も息子のそれを咎めることはしなかったが、いつかはケジメをつけなければならない時がくると何度も言われたのを覚えている。
だから自分に話し掛けてくる人物はごく限られていた。
屋敷内の仕事をしている者ではこの執事と乳母、それに側仕えの彼ぐらいだ。
その事をニコルは少し寂しく思っていた。
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