キラ誕生日小説2013
「ぅ…うぅ~……ねむ…いぃ…」
憶測ない足取りで夜の街を歩く一人の女性。
その目は虚ろで、肩から下げている小さなショルダーバッグでさえ重いとでも言うようにさっきから体が何度も同じ方に傾いていた。
端から見れば、ただの酔っ払いか、残業続きのOLか…。
本当は後者なのだが、当の本人にしてみれば前者に見えようが後者に見えようが、そんな事はどうでも良かった。
いま一番彼女の頭の中を占めているのは早く我が家に帰って、いま歩いているこの時も自分の意識を少しずつ支配している睡魔に全てを任せて布団にダイブすること。
「あと…少、し…」
いつも通っている筈の帰り道が異様に遠く感じた。
一歩一歩確実に帰路には近づいていることは確かなのに、その道のりは永遠に続いている先の見えない暗闇のようにキラは思えた。
******
「た…ただいまぁ……」
帰って来るはずのない挨拶をするキラ。それは付き合っている彼と同棲していた頃の名残の一つ。
重い足を引きずってヒールを脱ぎ散らかし、寝室に直行する。
念願のベッドにダイブしてから襲う睡魔に身を任せて数分……。ようやく何かがおかしい事に気づいた。
「僕、転けてない…」
まず自分はこの部屋に来るまでに一回も躓いていない。
いつもだったらここにたどり着くまでに最低三回は床とお友達になっている筈なのだ。
「なんで……」
怪訝に思ったキラは明かりをつけに立ち上がりうろうろするが何もない。
その謎の正体は部屋に明かりが灯ったことで判明した。
「…あ」
綺麗に整理整頓された部屋。
フローリングにはゴミどころかホコリ一つない。
驚いて今度はダイニングキッチンに行くが、流しに山盛りに積まれている筈の洗い物はなく、横の食器棚に全てきちんと収まっていた。
「な…なんで…、母さん?」
心配した母がわざわざ来て掃除してくれたのだろうか。
…いや、母には合鍵どころか住んでいる場所すら教えていない。
職場は言ったが住むマンションだけは一人暮らしを満喫したくて最後まで言わなかったのだ。
「じゃあ、一体誰がこんな…」
こんな律儀にも泥棒が入ったかの様な汚い部屋を掃除してくれたのか。
う~んと考え込んで椅子に据われば、テーブルにあった白い紙が目に入る。
「何これ?…書き置き?え~っと、はっぴぃ…━━」
Happy Birthday! Kira
紙に書かれている文字をゆっくり反芻して数秒後。
あ!と思い出してキラはサイドテーブルにある卓上カレンダーを手に取った。
今日は━━5月18日。
「僕の誕生日…」
すっかり忘れていた。
そう言えば職場の同僚からおめでとう!と言って小さな花束を貰った気がする。
その時は分からなくて、とりあえず「ありがとう」とだけ言っておいたけれど……。
明後日に、改めてお礼を言わないと等と思いながら、キラは書き置きの続きを読む。
ゴミは分別してあるから、ちゃんとその日に出せよとか、冷蔵庫に料理があるから必ず明日までに食べるんだぞ。
見慣れた几帳面な文字、書かれた小言。すぐに彼だと分かった。
部屋を少しは綺麗にしろ。ご飯は三食きちんと食べているのか、職場にあんまり迷惑は掛けるなよ…と最後は君は僕の母さんか!!と言いたくなる内容だった。
たまには、メールくらいしてこい!
…そう言えば、この頃は仕事が忙しくて電話は疎か、メールもしていない━━って言うか、最後に携帯を見たのはいつだっけ?という状況だった。
冷蔵庫を覗けば、キラの好物ばかりが作られていた。
「…フフッ」
自然とこぼれる笑み。
鞄を漁って携帯を見れば、数件の着信とメール。
両親や友達の中には、ちゃんと彼の名前が。
心の中で彼の名を何度も呟く…。
やりたい仕事があると就職が決まってすぐに同棲していた家を出てから、そして彼と遠距離恋愛を始めてもうすぐ2年。
あっちはどうなのだろう。彼の事だから自分と違って要領良くやっているとは思うけど。
明日、朝一番に電話してみよう。
それとも会いに行こうかな。きっとすっごく驚いた顔が見れるだろうから。
そう考えると今からとっても明日が楽しみになってきた。
さっきまで疲労と睡魔しかなかった脳内を満たすのは、暖かい気持ちと彼の驚いた間抜けな顔。
…そして、優しい笑顔。
ありがとう……父さん、母さん。
「本当に、ありがとう。……大好きだよ『 ━━━ 』」
END.
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