執事とお嬢様(仮)
アスラン視点
コン、コン
控えめにされたノックに顔を上げて扉へ向かう。開ければ、そこには自分が呼び出した相手━━キラがアスランのよく知る穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「すまない、キラ。いきなり呼び出したりして…」
「いいえ、私もアスラン様にお話したい事がございましたから…、どうぞお気になさらずに」
そうか、とキラを部屋に招き入れた。
いままでとは逆の立場にアスランは何だか変な気分だった。
「据わっていてくれ、いま紅茶でも…」
「大丈夫です。もう準備は整っておりますので、どうぞおすわり下さいませ」
そう言うキラの後ろにはティーセットが乗ったサービスワゴンが。
* * * * *
どうぞ、と洗練された動きでカモミールティーを俺の前に差し出す。恐らく予めルームサービスを俺の部屋に頼んでおいたのだろう。
流石、クライン邸の執事だ。
これではどちらが招いたのか分からない。
琥珀色の液体を口に含んで一息つく。
彼にこうやって入れてもらうのは本当にいつ振りだろうか。何だかとても懐かしい。
「キラ…ミーアの事、受け入れてくれて本当にありがとう」
「アスラン様…」
「正直言うと、俺は君がこの件は引き受けてくれないと思っていた」
キラはクライン元議長が屋敷の下働きとして迎え入れた戦争孤児だと聞いていた。
言わば、クライン邸はキラにとっては帰る家で、屋敷の全ての人間は彼にとっては家族も同然。
そんな衣食住を与えてくれた大恩人であるシーゲル・クライン自ら、愛娘であるラクス付きの執事にキラを抜擢してくれたのだ。
だからキラは″ラクス″の執事という仕事に並々ならぬ誇りを持っている。
シーゲル氏が己に寄せてくれた信頼に答えるために……。
「そんな君を俺も少しだが知っているから…余計に」
「…ありがとう、ございます。でも……そんなにお気を遣わないで下さい。私がこの事をお受けしたのは、単なる置いてきぼりを食らった子供の仕返しという幼稚な気持ちも少なからず含まれているのですから……」
「キラ…」
まるで少し前の自分を見ているようだった。
カガリの護衛していた頃。ただの民間人でありアレックスとして生きていた俺は、何の力も持っていない自分が歯痒くてしかたなかった。
だから俺はまたアスラン・ザラへと戻った。きっとキラも俺と同じ気持ちだったのだろう。何も出来ない自分が、置いていかれる事が悔しくて仕方なかったはずだ。
「ですから、アスラン様が私に謝られること等、何もないのです」
そういって困ったように笑ったキラと再会したのは、それから数ヶ月後のことだった。
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