二万打記念小説




暗闇に光る幾つもの瞳。

地に響く程の低い唸り声。

それは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


武器はいま手に握っている化け物を退治する為に持ってきた剣のみ。

握る手が震えてカタカタと小さな音を立てる。

一歩一歩近づいてくる死の恐怖に怯えているのだと分かった。

だが今は震える腕を反対の手で押さえ付けて無理矢理に鎮めさせる。

自分以上に怯えて混乱しているイージスの為にもしっかりしなくては…。


噛まれた後ろ脚の傷口からは、毛並みよりも鮮やかな赤が脚を伝って地面に小さな血溜まりを作っていた。


「………」

その鮮やかな血溜まりを横目で見ながら、先ほどの思いとは裏腹に心の奥底は妙に冷めていた。

それは諦めにも似た感情だったのかも知れない。

数十匹の狼に四方を囲まれ、獲物は手負いの馬と剣一本しか持たない子供。

諦めていない気持ちも確かにあったのだが、本当はアスラン自身も気づいていた。


━━もう駄目だ、……と。


そう考えたら自然と手の力が抜けていた。

カラン、カランと鈍くて重い音がその場に響く。

それが合図となり、狼たちは一斉に地を力強く蹴って獲物に飛び掛かって来る。


自ら身を守る術(すべ)を捨てたアスランは、最期の時を待って、静かに目を閉じた…。


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