別れに立ち会う人は幸運である
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アルハイゼン
・ちょっとアルハイゼンっぽくないかも
「もうお別れだね」
幼馴染であるなまえからその言葉を聞いた時、そうだなと答えてありきたりな別れの言葉をアルハイゼンは紡いだ。わざわざ言いに来るなんて律儀だと思うと同時にそんなことをわざわざ言わなければならないなんてやはり人付き合いというものは面倒だと彼は思った。そんなアルハイゼンの言葉を想定していたようになまえが最後だからこそちゃんと挨拶しないとダメだと笑った。同い年のくせに相変わらずお節介な彼女に辟易する。それすらもなまえは見越していて、だからこそ二人はずっと幼馴染を続けてこられたのだ。
別れの日なのに普段と変わらぬアルハイゼンのその様子に呆れながらも苦笑した彼女は一冊の少し古びた本を餞別として渡した。それはとても貴重な本でなまえの家に所蔵されていた物。その本は古びた物でも価値のある――なまえに言わせてみれば門外不出の代物――のはずだった。だから彼は問いかけた。本当にもらえるのか、と。
アルハイゼンにとってそれは喜ばしいことのはず。そうなまえは考えていた。引っ越しにたいした荷物はいらない。家族皆で暮らしていた家を人の手に渡して家の蔵書もほとんど手放した。アルハイゼンに別れの挨拶がわりの品をと思った時に、彼が持っていない本をあげようとそう考えた。幼馴染の気安さでアルハイゼンに接してきたなまえは彼の家で勝手にお茶を淹れて飲んでいた。このお茶もなまえがアルハイゼンの家に勝手に置いていたものだ。その茶葉が入った缶をもって立ち上がったなまえ。別れはすぐそこにある。だがアルハイゼンも、そしてなまえも動じなかった。
常にアルハイゼンの家に置かれていたなまえの好きな茶葉。その茶葉と共に置き去りにされる本。少し古ぼけていながらも、大切に保管されていたことがわかる。アルハイゼンは茶缶を家に勝手に置いたなまえを咎めることはなかった。
なまえが去った後、置いてあった本を手にとって、アルハイゼンはおもむろに固い表紙をめくった。そして、数秒。彼は動かなかった。その後、次のページをめくることなく本を閉じた。
その場を立ち上がりかけたが、結局何もできなかった。息を吐いて、目を閉じた。気がついてしまった。気づくべきではなかった。気づきたくなかった。追いかけることはできない。本に残された謎に気がついてしまったから。
――別れだ。
これは、なまえとの別れ。断ち切ることのできない別れ。気づかなくていいことを気づいてしまった。自らの頭脳を恨むのは初めてだった。そして、これが最後だろう。全て理解して、彼はもう何もしなかった。
しばらくの後、残された紅茶缶に目をやった。なまえの為のものだったそれ。これからはアルハイゼンの物になる。頻度は多くなくとも、彼女だけが継続的にアルハイゼンに会いに訪れていたから置いてあった物。未来永劫中身の減らない茶缶を彼は持ち続けることとなる。
彼女が二度とこの場に現れないことに気がついてしまったから。