防波堤への来訪(Sigewinne & Wriothesley)
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はじめてなまえがこのメロピデ要塞に来ることになったのは何らかの罪を犯したからではなかった。けれども何の手違いか彼女は今、生産エリアで労働をしている。彼女の目的であった人物に迷惑がかかることを恐れるあまり、勘違いをした受付の女性に対して強く出ることができなかったからである。そもそもその時に否定をしていたとしても、受付の女性……モングラーヌがなまえの意見を聞き入れることなく聞き流していたということは容易に想像できることだ。なのでどちらにせよ結果は同じことであったということはメロピデ要塞に慣れていないなまえは知らないことであった。
――
その日、いつものように生産エリアを眺めていたシグウィンは自らの目を疑った。そして自身の目を疑った己にも驚いた。
「……?」
メリュジーヌの混血である彼女は視覚も聴覚も人間よりも優れている。だからこそシグウィンは人々の健康を管理する看護師としてこのメロピデ要塞にその籍を置いている。そんなシグウィンであったからこそ、その視覚には絶対の自信を持っていた。でも今シグウィンの目の前に見える光景はなんなのだろうか。
「なまえちゃん、……?」
いるはずのない人を生産エリアで見つけてしまったと言う驚き。水の上にいるはずの彼女がなぜここに? そんな疑問が浮かぶと同時にシグウィンは上司であるこの場所の責任者のことも思い浮かべた。
「(公爵はこのことを知ってるの?)」
シグウィンの頭にはそんな疑問がまず浮かんだ。彼女が公爵と呼ぶその人物はこのメロピデ要塞の責任者で名前をリオセスリと言った。功績を讃えて公爵の称号を与えられたフォンテーヌの名誉市民である。自身の執務室にこもっていることの多い彼だがこの要塞の責任者という肩書きにふさわしくこの要塞で知らないことはないと噂されている。それほど有能な人物なのだ。それが事実であることをシグウィンは知っている。
「(でも、なまえちゃんがここにいることを公爵が知ってるなら何の行動も起こさないのはおかしいのよね……)」
リオセスリは責任のある立場の人間だ。そんな人物だからこそなまえが罪を犯すなどとは思えない。彼女の咎はリオセスリにつながる可能性が大いにあり、彼の今の立場が危うくなる可能性だって否めない。彼の地位は様々な利益の温床として利用することだってできる。だから彼の地位をうらやむ人間も多い。それをなまえもよく知っているはず。そのような人間たちに付け入る隙など見せてはいけないのだ。それをなまえもわかっているからリオセスリに迷惑がかかるような行為はするはずがない。
そんなふうに彼女のことをシグンウィンは認識しているからなおさら疑問も湧いてくる。結局いくら考えていても現実になまえはシグウィンの前で労働に励んでいるのは変わりない。本人に聞きに行くのが一番近道だろうとシグウィンは午前の労働終了の合図を待ってなまえに近づいた。
「なまえちゃん」
「あ、……シグウィンちゃん」
シグウィンがなまえに近づいたとき、彼女はまだ労働の最中だった。おそらくキリの良いところまでしようと思っているのだろう。なまえに話しかけるシグウィンを看守が見つめている。看護師長として囚人の治療にあたることの多いシグウィンは医務室に詰めていることが多い。そのことからでもわかるように勤務時間に健康な囚人……、収監されたばかりの労働者に話しかけるのはとても珍しいことだ。
「どうしてこんなところにいるの?」
「……あの人に会いに来たんだけど、……」
シグウィンの問いかけに「あの人」となまえは言葉を濁した。それでもシグウィンには「あの人」が誰だか分かった。この要塞にいるなまえの大切な人。そしてこの要塞にとっても彼は大事な人だった。だからこそなまえはその名を口にはしなかった。看守という第三者が二人を見ている限り、口に出さないのは賢明な判断だろう。
「もうお昼だからウチと一緒に食べない?」
そしてシグウィンがなまえを誘ったのも当然の判断だったと言える。なまえの任された仕事もキリがいい所まで進んだところで二人は昼食に向かった。その途中、生産エリアから戻るリフトの中で二人は会話をはじめた。それというのも労働の終了時刻がずれたおかげで他者はおらず、二人きりだったためだ。
「公爵はなまえちゃんが生産エリアにいることは知ってるの?」
「……たぶん知らないと思う。私が来たのは今朝だし、リオセスリさんは来ることは知ってるけど、それがいつなのか正確な日付は知らないから」
だからシグウィンはなまえのいう「あの人」の名を口にした。そしてなまえもその問いにはいつもの呼び名を使った。
「ウチもなまえちゃんのことは何も聞いていなかったからとても驚いたのよ」
さすがのリオセスリもなまえが囚人としてメロピデ要塞に送られてきたのなら知らぬはずはないし、知らぬふりをするはずもない。このメロピデ要塞でなまえと面識があるのはリオセスリの他にはシグウィンだけなのでもしかしたら本当に彼はなまえがここにいることを知らないのかもしれない。そんな考えに至りシグウィンは昼食よりもなまえをリオセスリに会わせることを優先させるべきだと思った。
「お昼ご飯の前に公爵に会いに行きましょう」
「えっ、でも……突然行ってリオセスリさんのお邪魔にならないかな……?」
「うーん、でもなまえちゃんがここにすでにいることを公爵に伝えていたほうが良いと思うの」
だからリオセスリのもとへ向かおうと話すシグウィンの言葉になまえも従うことにした。普段からメロピデ要塞にいるシグウィンのほうが働いているリオセスリのことをよく知っているのだから。
そうして昼食よりも先にリオセスリのもとへ向かうことと決まった後、少ししてからリフトは管理エリアに着いた。それから目的地だったはずの食堂を横切って中央にあるリオセスリがいる執務室の近くまでなまえとシグウィンは世間話をしながら歩いてきた。執務室の前にいる看守にリオセスリが在室していることと来客の有無をシグウィンが確認して二人揃って執務室に入る。螺旋階段を登る前にシグウィンがなまえを止めた。機密書類等があるかもしれないからとなまえに伝えて彼女は一人階段を昇っていく。シグウィンが階段を昇りきると、室前の看守に確認した通り、そこにはリオセスリが一人静かに執務机に向かっていた。
「公爵、今いいかしら?」
「看護師長、こんな時間にお出ましとは珍しいな」
書類に手にしたままリオセスリはちらりとシグウィンをみてからその呼びかけに返事をした。現在多くの書類が彼の執務机の上にある。積み上げられているわけではないが、客人が訪れることもあるこの場所で書類が片付けられておらずに多数散見しているのは彼の忙しさが目に見えてわかるというものだ。
「ちょっと公爵の耳に入れておきたいことがあって……」
リオセスリの忙しさを認識したからそんな前置きをしてシグウィンはリオセスリになまえのことを話し始めた。
「――なまえが?」
「そうなの。なまえちゃんは公爵に迷惑をかけたくないからって再審請求までここで静かに過ごすつもりだったみたいなんだけど、ウチは公爵に会ったほうが良いと思ったから一緒にここまで来たの。忙しい時に来てごめんなさい」
シグウィンの話を全部聞いたリオセスリはどうやらなまえがすでにここにいることを知らなかったようだ。だからなまえがこれからどうしようとしていたのかということも話すことにした。
「いや、なまえが生産エリアにいることに気がついてくれてよかった。看護師長、礼を言う。それでなまえはどこに?」
「今は下で待っていてもらってるの」
「下に? ……そうか」
シグウィンの言葉にそれだけ言うと少し考えるとリオセスリは少しちらかった書類や資料を簡単にまとめると立ち上がった。そしてシグウィンをその場に残して、彼は一人で階段を降りた。
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