隠し果すことは別に難しくない
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倚岩殿。
璃月を治める神、岩神モラクスを祀る場所。
古来より迎仙儀式に使用される場所でもある。
璃月港に来る多くの人々がそこを訪れ、神に感謝を伝えるために祈ってきた神聖な場所。
しかし今は多くの悲しみが集っている。
この場所に集った多くの人々が去った神への愛惜の念を隠そうともしない。
岩の神が璃月から去った。
璃月を建国からずっと導いてきた岩王帝君こと岩神モラクスの送仙儀式。
香炉、香膏、凧、鈴、夜泊石。
すべて最高級のものが揃えられている。
まさに神を送るのにふさわしい場が整えられている。
非の打ちどころなくそれを揃えたのは異邦の旅人と仙人について造詣の深い往生堂の客卿である。
しかし彼らはその場を整えただけであり、彼らが送仙儀式を進行するわけではない。
それは岩の神が選んだ璃月七星の役目である。
儀式がはじまる前に七星の言葉を民衆に伝えたのは千岩軍。
これからはじまる送仙儀式が誰のためのものなのか正式に発表された。
今まで噂で留められていたそれが事実だと公表されて多くの人々が敬愛する岩王帝君との別れを惜しんでいる。
そんな人々の悲しみが集う中、送仙儀式ははじまっていた。
「……」
その輪から少し離れたところでなまえはその様子を見ていた。
璃月七星のうち2人が参加し、彼女らが中心となってはじまった送仙儀式に不思議な感覚を得ながらも静かに見守ることにした。
その儀式の主役であるはずの岩王帝君がなまえの隣にいるからだ。
もっというなら彼は自分を送る儀式の準備を自らの手で作り上げた。
何の落ち度も見られないその祭壇はさすがというべきか。
忘れ去られた送仙儀式を思い出させるように作られたそれに果たして璃月の民達はちゃんと別れを告げられるのだろうか。
岩王帝君を偲んで集まる璃月の民衆達を遠巻きで見つめながらなまえは静かに立っている。
すると、七星の天権が言葉を民衆に向けて発していた。
「――夢から目覚め、さよならを覚えるの。『契約』が再び作られた後、皆さんは次の時代に祝福を送るのでしょうか?」
演説が終わり、その場から下がった天権の姿をなまえは何ともなしに眺めている。
「(……夢)」
夢。
それは今までの神の統治への褒め言葉なのかそれとも……。
どちらにしろ言葉で別れを告げようとも、きっとまだ実感は伴っていないだろう。
本当の意味で岩王帝君の力がその名ばかりではないことを理解するのはその立場に立たなければわからない。
彼女をはじめとした七星に難題が降りかかるのもきっとこれからだ。
天権の演説が終わり進行役を務める七星の秘書の甘雨がもう一人の七星である玉衡に話を振る。
そして前に歩みだした玉衡。
彼女は璃月では珍しい格好をした1人の少年と向き合っていた。
「(あの子は誰なんだろう……?)」
そんなことをなまえが考えていると隣に立つ鍾離が彼女に話しかけた。
「今、七星と話しているのが旅人だ」
「旅人……。たしか……空さん。旦那様を手伝ってくださった方々ですね」
「ああ。彼らには世話になった。この送仙儀式の準備だけではなく、他のことにもな」
含みのある言い方をしながら鍾離は小さく頷いた。
2人の視線は玉衡に話しかけられている1人の少年に向けられていた。
「……彼らのおかげで旦那様の計画は無事に遂行できたんですね。そういえばあの旅人さんはモンドから来たとおっしゃっていましたが、もう璃月を離れるのでしょうか」
なまえの頭にふとした疑問が沸いた。
噂の旅人を近くで見るのはこれが初めてである。
だが彼らがモンドからやってきたことはすでに鍾離から聞き及んでいた。
もちろん彼らの目的が神に会うことであるということも知っている。
そして璃月での彼らの助力も貢献も全て教えてもらった。
なまえは旅人から鍾離へと視線を動かす。
いつの間にかなまえを見ていた鍾離と視線が混じり合う。
「それはどうだろうな。モンドに戻るならともかく、もし七国を巡ることが目的なら次の目的地は……」
そこまで伝えて言葉を切った鍾離の視線が送仙儀式を見守る人々から外れる。
彼らから背を向けた夫に倣うようにしてなまえも璃月港の街並みへと目を向けた。
そして、鍾離の言葉の続きをなまえは口にした。
「稲妻、ですね」
「そうだ。だが稲妻は今は鎖国中だ。入国するのはかなり厳しいだろう」
街並みの向こうには海が広がる。
その海の向こうに稲妻と冠する島々がある。
稲妻はこの璃月の海上隣国だ。
雷神バアルの治める国であり、様々な事情から今は国を閉ざしている。
そういえば彼女らとも長い間会っていないなとなまえはぼんやりとあの優しくて可愛らしいあの子らのことを考えた。
そんなふうに過去の思い出に浸りながらなまえが鍾離へと言葉を紡ごうと口を開こうとした時、後ろから近づく気配を感じて言いかけた言葉を飲み込んだ。
「おい、鍾離!」
近づいてきた気配はどうやら鍾離に用事があったようでかわいらしい声が彼に呼びかけた。
その声に鍾離と隣にいたなまえが振り返る。
「璃月の人々はもう岩王帝君に会えないと思ってるぞ、この悲しげで寂しい雰囲気を見てみろよ……」
可愛らしい声の主……すなわち旅人の相棒であるパイモンはその小さな指で自らの後方に見える送仙儀式に参加する人々を指し示した。
璃月建国以来ずっと岩王帝君は璃月の民と共にいた。
それが人々にどれほどの安寧と幸福をもたらしてきたかは筆舌に尽くしがたい。
けれども、岩王帝君自身の重圧は計り知れないものだ。
なまえはずっと側で彼を支えてきたのだ。
全部はわからないがその苦労の一端ぐらいなら共有し、認識している。
「……なんで当事者のお前が『気楽』に構えてるんだ!」
「ハハハッ……3700年続いた重荷を下ろしたんだ、気楽になるのも無理ないだろ?」
パイモンの言葉は璃月の民から見ればもっともな意見である。
そして岩王帝君であった鍾離の意見も間違いではない。
どちらの気持ちもすべてではないが理解できるためになまえは彼らのやりとりを静かに見ていた。
「そうだ、お前たちはいつ空いている? 『新月軒』の料理を奢ろう」
「気楽」になった鍾離は思い立ったように食事の提案をパイモンと空にしていた。
いつもならば食事と聞けば真っ先に話にのるパイモン。
しかし短い間ではあるが鍾離の行動を見てきた。
彼は財布を「うっかり」忘れるところがあることを知っていた。
だからパイモンは喜ぶよりも先に疑いの眼差しを遠慮なく鍾離にぶつける。
「嘘はやめろよな、鍾離。『三杯酔』ならまだ信じるけど、『新月軒』はお茶も有料なんだぞ! 本当に払えるのか?」
ふんっと胸を張って腕を組み、疑いながら話すパイモンの指摘に図星だった鍾離はたじろいだ。
その様子を見ていたなまえはなんだかおかしくなってつい笑ってしまう。
「……ふふっ」
忘れていたと動揺する鍾離の反応に今まで静かに黙っていたはずのなまえはとうとう吹き出してしまった。
くすくすと笑うなまえに3人の視線が彼女へ向く。
「ご、ごめんなさい……あなた達のやりとりがおもしろくて……ふふふっ」
3人の視線を一心に受けてもまだ小さく肩を震わせているなまえの姿に空とパイモンは驚いていた。
なぜなら平然と今の鍾離の隣にいる彼女のその行動が不思議で仕方なかった。
鍾離の正体を知ったいまなまえのことを知らなかった2人は彼女が帝君である鍾離の失敗に微笑ましく笑うなどと思ってもみなかった。
この場にもし留雲借風真君、削月築陽真君や降魔大聖といった仙人達がいればきっと鍾離を責めたパイモンとそれを咎めずに見ていた空も含めて3人まとめて睨まれたに違いない。
だからこその疑問。
彼女は誰なのか。
本当は初めから思っていたが聞く機会がなかった。
いまこそ聞くべき時だと思った。
「聞く暇がなくて聞けなかったけど、この人は誰なの?」
空が少し緊張しながらも尋ねた疑問に鍾離は少し考えるそぶりを見せた。
「彼女は……、そうだな。もう話してもいいだろう。俺の妻だ」
「「……え?」」
「彼女はなまえ。俺の大切な妻だ」
素っ頓狂な声を上げた2人に丁寧に言い直す鍾離はそう言ってなまえを紹介した。
なまえは鍾離の言葉に空達に向かって会釈をしたが彼女は未だに小さく笑っていた。
余程ツボに入ったのであろう。
「! いや、一回でわかるぞ……別に聞こえなくて聞き直したわけじゃないからな」
「……そうなのか?」
言い直した鍾離に呆れた様子で返事をしたのはパイモンだった。
そんなパイモンの指摘に鍾離は少し意外そうな顔を見せた。
その鍾離の姿にまたなまえは声を出して小さく笑った。
「ふふふ……。笑ってしまってごめんなさい。お詫びと言ってはなんですが旦那様の代わりに私が『新月軒』に招待しましょうか?」
「ほ、本当か?! 本当に良いのか??」
なまえの提案にパイモンはすぐさま食いついた。
先程鍾離に提案された時とは正反対の態度であった。
嬉しそうに興奮した様子を隠すことはない。
「そんなに喜んでもらえるなんて…私も嬉しい。……ねえ旦那様、よろしいですよね?」
「ああ、かまわないぞ。旅人、お前達さえ良ければ一緒にどうだ?」
「でも、モラは……?」
「大丈夫です。これでも私結構持ってるんですよ?」
「え? ……でも、そしたら何でなまえの旦那なのに鍾離はモラを持っていないんだ? モラクスなんだろ?」
パイモンの疑問はもっともなものだろう。
しかしそれは彼なりの考えがあってのことだった。
凡人はモラを作り出すことはできない。
凡人になるのならば凡人らしく生活するべきだと彼は話した。
せっかくの新生活なのだからと。
「私は以前から1人で市井を歩くこともあって、その時に旦那様からお預かりしたモラをいまもまだ持っているだけですので……」
「なまえのいうそのモラはお前のものなのだから俺が勝手に使うわけにはいかないだろう」
鍾離のいう「新生活」をはじめる前からひとりで外に行くことがあったなまえは夫からやけに多いモラを与えられたり、凡人達の困りごとを解決したりしてモラを獲得する機会が多かった。
帰ってきて余ったモラを返そうとしても夫が受け取らないのはいつものことである。
だからなまえはしっかりと貯め込んでいた。
夫のものであるはずのモラを無駄遣いできずに持っていたとも言える。
鍾離は鍾離で妻に渡したものはなまえに使う権利があるので夫といえど勝手に使うわけにはいかないという考えがあったようだ。
「いや、それで他人に払ってもらうようじゃもっとだめだろ……」
パイモンが小さく正論を呟いた。
「でも、それで納得がいった。鍾離が値段を見る癖がないのも、モラを持ち歩かない理由もその必要がなかったからなんだな!」
パイモンが空に自分の考えを話していた。
空も同じことを考えながらパイモンの言葉を聞いて頷く。
「それで『自由にモラを出せない自分』にも慣れてないから、いつも他人に支払ってもらうダメなやつになったんだ……」
「いや、『ファデュイ』の金を少し使っただけでそこまで言わなくてもいいだろう」
「(……少し?)」
パイモンの率直な言い方に鍾離は反論するが2人のやり取りを見ていた空は眉をひそめた。
鍾離は少しと言うがファデュイ……公子が送仙儀式のために支出した金額は空からすれば大金である。
299万モラもする永生香に夜泊石と労働者の給金。
どれも儀式には必要なものだった。
空達が値切りをしたとはいえ、公子のお金がなければ獲得できなかった。
さすがモラを自由に出せるだけあるなと鍾離の金銭感覚について驚くばかりである。
驚く空を他所に鍾離はパイモンの言葉にさらに反論していた。
「貿易の都で、人々が交換するのは金銭と商品だけでなく、知識や記憶、目利き、それから身分、役割と生活の交換もある」
今は目に見えてわかる貨幣が物を手に入れる手段として1番であるが鍾離の話す通り、他にも手に入れる方法は存在する。
冒険者協会の依頼システムなどはその最たる例である。
そう言われると公子の目的は七星によって隠された岩神の肉体を探すことだった。
鍾離は送仙儀式を行わせること。
そして空達は神に会うことだったのだから、それぞれが上手にお互いを利用していたといえる。
最終的には岩神の掌で踊らされていたような結果になってしまったが、当初は全員納得のうえでの役割だった。
だからそれは出されるべくして出された対価なのかもしれない。
そう思うと鍾離のいう「少し」というのは別としても対価として差し出されたモラは正しいと考えてもいいのかもしれないと思った。
「(……でもやっぱり高額な支出なのは変わりないけど)」
しかしそれを今いうのもなんだか違うような気がして。
それに合意の上での協定だったのだから今更どうこういうこともないだろう。
公子だって道化のような役割に不満はあったようだが支出についてはなにも言っていなかったのだから。
空はそこまでで考えることはやめてパイモンと鍾離のやり取りに集中することにした。
それから少しパイモンと話していた鍾離は改めて今回の送仙儀式のために行った旅について空達の助力に感謝を告げた。
空達は璃月での自分たちの目的を果たしたことを伝えて、次の国である稲妻について尋ねたことから稲妻の話へと移った。
空達に鍾離は先程なまえと交わしたものと同じような話を彼らに話した。
雷電将軍、鎖国、目狩り令。
そして鍾離なりに推察した鎖国の理由も伝えた。
「――さて、他に何か質問はあるか?」
一通り話が終わって、鍾離が空とパイモンに問いかけた。
空は送仙儀式が始まる前に千岩軍から発表された岩の神が去った理由や璃月の人達の噂話の中心だった公子のこと、そして七星のことなどを尋ねた。
その全てに鍾離は答えてくれた。
それからパイモンが思い出したかのようになまえを期待を込めた眼差しで見つめた。
「なあ、なまえ! さっきの『新月軒』の話は本当か? 本当にオイラたち『新月軒』で食べられるのか!?」
「はい! 『新月軒』でのお食事代は十分ありますから気にせずたくさん食べてくださいね」
「やったぞ! 空!! オイラたち新月軒で食べられるぞ!!」
パイモンが今度こそ指を鳴らして喜んでいる。
パイモンの反応に見ているなまえも嬉しそうだ。
何を食べようかとさまざまな料理名を口にして、その料理達に思いを馳せている。
「パイモン……」
想像力が良すぎるのかパイモンはものすごく緩んだ顔をしている。
今にもよだれが垂れてきそうだ。
そんなパイモンの姿を空は呆れた様子で見ている。
「なんだよ! 空は楽しみじゃないのか?」
「……それは、まあ……俺だって嬉しいよ」
相手から提案されたとはいえ、おごってもらう立場である以上、謙虚な姿勢も見せるべきだと思っている空の言葉は歯切れが悪い。
「そうだよな。オイラたちの食事といえば野外に生えてるよくわからないキノコとかナッツとかで作った料理ばかりだもんな」
そんな空の態度を勘違いしたのかここ最近の食事事情を暴露するパイモン。
パイモンの言葉に空は今まで食べた謎のキノコ料理が頭をよぎる。
しかし、そんな野性味あふれた食事事情を暴露されて少し恥ずかしい。
今までの鍾離の言動とその正体から考えると彼は最高級のものが好きなようだし、こんな食後の体調が心配されるような食事はしていないだろう。
そんな彼が己の妻に得体の知れないキノコなどといった謎料理を食べさせるはずはない。
「璃月の料理はどれもおいしいもんな! オイラ何食べようかな……!」
そんな空の思いを知らずにパイモンの頭の中はすでに食べ物でいっぱいだった。
しかし、そんなパイモンは一気に奈落の底へ落とされることになる。
それはあることを思い出したなまえによって放たれた一言によるものだった。
「あっ! ……でも、予約をとってないので3ヶ月後になりますけれどよろしいですか?」
「「……」」
予約が必要なのは人気店の宿命である。
そういえば新月軒の店員がそんなことを話していたとなまえの言葉を聞いた瞬間、空は思い出した。
どのみち新月軒の料理は遠そうだと知ってしまったパイモンは目に見えて落ち込んでいる。
そんなパイモンの様子を見かねてなまえは新たな提案をした。
「さ、三杯酔に行きますか……? あの店なら予約は不要ですし……」
申し訳なさそうに話すなまえにパイモンはしょんぼりしたまま頷いた。
「落ち込ませてしまってごめんなさい。でも、三杯酔にも美味しいものはたくさんございますから……一緒に食べましょう、ね?」
「……うん。うん、そうだよな……! 3ヶ月待てば新月軒の料理だって食べられるんだ!」
なまえの言葉が効いたのかはよくわからないが無事に元気を取り戻したパイモン。
その姿に良かったとなまえは胸を撫で下ろした。
喜びで飛び回るパイモンの横にいた空はほっとため息をつくなまえに謝る。
「……パイモンがすみません」
「いえ。貴方方には旦那様がお世話になったと聞いておりました。私は何も手伝えなかったので何かお礼ができたらと思っていたんです」
謝る空になまえは微笑んだ。
そしてなまえもまた先ほどの鍾離のように空に礼を言う。
「旦那様の力になってくれてありがとうございます。ですから空さんも気兼ねなくたくさん食べてくださいね」
そう話すなまえの言葉に今度はちゃんと頷いた空。
このあと冒険者協会の依頼をこなさなければならないという空は晩ご飯を三杯酔で食べたいと話したので夜にまた会う約束をした。
「それじゃあ、また三杯酔でな! 」
「はい! 旦那様とお待ちしておりますね!」
そうパイモンが楽しみだと言わんばかりに叫んで空とパイモンは去っていった。
手を振るなまえとそんな彼女の隣に立つ鍾離の2人に見送られて空とパイモンは倚岩殿から立ち去った。
彼らが見えなくなるまでなまえは手を振っていた。
設定とあとがき