彼女はずっとそこにいる
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目の前にあらわれたその姿を認識して私はここで死ぬのだと悟った。
力の差は歴然だ。
勝てるはずがないことはとうに知っていた。
だから、お前だけでも逃げるが良い。
そう言ってずっとそばにいてくれたそれを手放した。
それは嫌がったが私は無理矢理引き離した。
出会った時から片時も離れずに共にいたけれど、死ぬ時は一緒でなくても良い。
あれの狙いは私なのだからお前が巻き込まれる謂れはないと突き放した。
私の命は今日なくなる。
それを認めたからといって戦わない理由にはならない。
時間を稼がなければ。
彼を信じて、彼ならば皆を救ってくれると私は確信していた。
「――そういえば、あの子……結局一度も名前を呼んでくれなかったな」
最期にふと頭によぎったそれは決して未練ではない。
ただの事実確認であった。
でも、あの子も幸せになってほしい。
足音が近づいてくる。
今の私でも感じられるほど近くに彼が来たのだと気づいた私は安心して目を閉じた。
――
鬱蒼した森の中。
すぐそばから何かが出てきてもおかしくないような怪しい雰囲気がある。
その中にかろうじて形を保っているらしき石碑と思しきもの。
その目の前に空とパイモンはいた。
「これが……その石碑、なのか?」
「形からはそう見えるけど……」
「そうだよな。他に石碑っぽいものはなかったもんな。でも、かなりボロボロで文字も書いて、ある……のか?」
空とパイモンの2人で頭を捻りながら意見を交わすがもとより少ない情報ではその答えは出そうにない。
2人はいま璃月のとある秘境のような場所にいる。
なぜこのような場所にいるのか、それは少し前に出会ったある男からはじまった。
その男とは軽策荘に向かう途中で出会った。
出会ったというか、ヒルチャールを倒し終えた後に突然目の前に姿を現したのだ。
とにかく男は花を供えて欲しいと2人に頼んできた。
花ぐらいなら……、と思って話を聞くことにしたのだがまさかこんな秘境のような場所――まあ秘境で良いだろう――に入ることになるとは思わなかった。
そもそも話している途中でなんだか怪しい雰囲気になっていたのは気づいていた。
しかも一緒に教えてくれたこの秘境の成り立ちというのが奇妙な話であった。
それは男が友人から聞いた話である。
男の友人曰く、一匹の獣の話。
どうやらまだ岩王帝君がこの璃月の神になる前の話らしい。
その獣はとある罪を犯したのだという。
その罪によって討たれたその獣は怨みを募らせ、放置された骸はその地を呪った。
祀られぬことで呪いはより強力になったという。
「罪? 一体なんの罪なんだ?」
「さあ……。それは友人も知らないようで、でも余程酷いことをしたのでは? とにかくその獣が呪った土地は危険な場所だと言うことで封鎖されて禁域となったらしい。そこに入るには特殊な方法が必要になったとか」
「特殊な方法?」
空の言葉に男は神妙にうなずいた。
その方法を男の友人は知っていたという。
だから試した。
「た、試したのか!?」
「それでどうなったの?」
嘘だろ……、と呟きながら信じられないというように両手で口を覆い隠して驚いて目を見開くパイモンの隣で空が話の続きを促した。
「……うまくいった。俺たちはその地に入ることができた。友人の言葉は本当だったんだ。だが、……」
空に促されて続きを話す男であったが、途中で言葉をつまらせた。
「どうかした?」
「……いや。なんでもない。友人と入った時には何もなかったんだ」
そう空達には話したが男の頭の中である記憶がよぎる。
これは話さない方が良いと心の内で理解していた。
だから男は旅人達に不義理だとは思いながらもその話はしなかった。
「……まあ理由は聞かないでほしい。だが、この間ひとりでその方法を試したんだ」
「試した?」
なぜひとりでそんな怪しげな場所に行こうとするのかパイモンには理解できなかった。
お宝があるならまだわかるが。
「ああ。またそこにたどり着くことができたはずなんだが、前とは違うことが起こってな」
「違うこと? ヒルチャールでもいたのか?」
「いや、ヒルチャールはいなかった。俺が会ったのは女の幽霊だった」
「ゆ、ゆゆゆ幽霊!?」
「パイモン、驚きすぎ」
男の言葉にパイモンは声を上げた。
幽霊は何回か会ったことあるのになんでそんなに驚くのだろうかと空はパイモンの態度を不思議に思った。
「いやだって……幽霊だぞ!? 悪いけどオイラたち、幽霊は退治できないからな!」
「た、退治!? ち、違うよ!! その子にお礼を伝えて欲しいんだ」
「え、お礼……?」
てっきり幽霊退治の依頼かと思い込んだパイモンは男の言葉にキョトンとした。
「前に友人と来た時はいつの間にか出られていたんだが、この時はそうもいかなくて……。散々迷ったあげく、ボロボロの石碑の近くにいた幽霊の女の子に助けてもらったんだ。……うん、ちょうど君ぐらいの少女に見えたよ」
そう言って空を見た男。
彼は彼女がいなければ外に出られなかったと話して、その後のことも語り出した。
「あの場所にいたのは数時間だったと思っていたが家に帰ると一週間経っていたらしくてね、家族にずいぶん叱られてしまった」
苦笑いをしながら頬をかくその男。
何気なく話す一言であるが重要な言葉である。
「あの子は最後まで名前を教えてくれなかったから名前は知らない。俺はこれから父の代わりに薬草を取りに行かなければならない。初対面の人に頼むのは変だが、どうか頼まれてくれないだろうか?」
こうして空とパイモンは行き合った男から依頼をされたのだった。
しかし空にはなんだか怪しい話に思えた。
依頼を受けることを躊躇う空に男は「幽霊の子にお礼だけでもいいので! いや、花を供えて……石碑があるのでそこに供えるだけでも……!」と話し出し、その必死な態度にパイモンもなんだか危ない依頼なのではと勘ぐりだす。
しかし結局男の「モラならたくさん用意してます」という言葉に受けることになったのは言うまでもない。
依頼を受けるといった後、男は安心したように笑顔で二人に頭を下げた。
「強い冒険者さんなら大丈夫だと思うが、……獣の遠吠えのようなものが聞こえたので気を付けたほうがいい」
ほっと安心したように息を吐いて、新たな情報を話していた。
しかしその後表情を戻し、あたりを伺うように見まわした後とても小さな囁くような声で男は一言、二人に話した。
――あと、“何か”います
2人が頭の中でささやかれたその言葉を咀嚼している間に男はまた人当たりの良い笑顔に戻る。
「それではお願いします!」
そう言って謝礼だと大量のモラと供えてほしいと新鮮な清心や琉璃百合などの璃月の花々でつくられた花束を空に押しつけるように託すと足早に去っていった。
「おい! 何かってなんだよ!!」
ようやく男の言葉を理解したらしいパイモンの声が山間に響く。
しかしその男が振り向くことはなかった。
「……おい、この依頼本当に大丈夫なのか?」
「でももうモラ受けとったから……。それに花束だって……そもそもさっきの人もう見えないね」
「速すぎだろ……。オイラたち幽霊に化かされたわけじゃないよな……」
空とパイモンが話している間に男の姿はもう見えなくなっていた。
こんなに早く姿が見えなくなったことに対してパイモンは先程の男の存在自体を疑いだしている。
「報酬を貰った以上、受けるしかないよ。それにこの花束も枯れる前に供えるべきだ。――行こうパイモン」
「……そうだな。化けて出てこられても困るしな」
パイモンの中で男が幽霊と位置づけされてしまったことはさておき、二人は男に依頼されたことを行うために移動することにした。
男が教えてくれたその秘境の前に到着して教えられた通りの方法を試す。
その方法を試し終えた後、不意に目の前が白い光に包まれて気が付くと違う場所に立っていた。
何もない、むき出しの赤土が視界に広がっている。
荒野だ。
どこまでも続きそうなその景色に、これまで見てきた秘境とは全く異なるその姿に戸惑いを覚える。
先ほどまで山の中にいたのだから、ここが男の話していた秘境のような場所だとは理解できた。
立っていてもどうにもならないとパイモンが隣にいることを確認して2人で相談して空は歩き出した。
そして誰にも会わぬまま無事に荒野を抜けてこの森に入り、手入れのされていないこの石碑を見つけたというところであった。
「――ここに来るまでずいぶん歩いたけど、結局その幽霊どころか何もいなかったな」
「そうだね。でもあの人はこの場所に“何か”がいるって言ってたよね? ここは木々のせいで視界が狭くなっているから警戒しないと」
依頼人であるあの男が言うような獣の声が聞こえないかと耳をすませながら空は何もなくて安心しているパイモンに注意を促した。
空の言葉を受けて反省したパイモン。
パイモンの素直な態度に少し微笑んだ空はあの男から受け取った花束のことを口にした。
「幽霊に会うことはできなかったけど、石碑は見つけることはできたね。とりあえず花束はここに供えておこうか」
「まあこれだけ歩いたのに見つからなかったんだからその方がいいかもな」
あの男の依頼は礼がしたいということだった。
無理ならば石碑に花を供える。
空達が男にもらった大量のモラを考えれば男の願いは叶えてあげたいが情報が少なすぎる。
実際に目にするまではこの場所が広大な秘境だとは知らなかった。
その石碑が目の前にあるのならば行方知れずのその幽霊を探すよりはよほど良いのではないか。
それに男の言葉も気になる。
獣の遠吠え。
そして“何か”。
男が言葉を濁したもの。
獣、幽霊、そしてそれ以外の“何か”がこの地にはいると言った。
だが空達はまだその中のどれとも出会していない。
空は花束を石碑に供えることにした。
これが正しい石碑かはわからないが石碑らしきものは今まで見てこなかったから多分これであっている。
そんな謎めいた確信が空の中にはあった。
そして男の代わりに手を合わせた。
空は男の代わりに心の中で礼を述べる。
その一連の動作が終わった後、パイモンはふと思いついた。
「なあ、空。あの依頼してきたあいつが言ってたことが起こるなら、魈に教えた方がいいんじゃないか?」
「……どうして?」
「だって、あいつ降魔大聖だろ? ここに現れるっていう奴らは魈が倒すべきその『魔』なんじゃないのか?」
「それは……」
空はパイモンの言葉に素直に頷くことができなかった。
たとえこの地が璃月の一部であったとしても空は自分の目でその「魔」を確認していなかったからだ。
未確認の情報で忙しそうな魈の手を煩わすのはどうかと思った。
そんなふうに考えていたから気づかなかったのだろうか。
考えにそれほど没頭していたわけではないが、事実空は気づかなかった。
彼の耳元で話しかけられたその声が聞こえるまで、空はその気配を察知することができなかった。
「――……魈を知っているの?」
「「!!」」
空がその声が耳元から囁かれるように聞こえてきたと気づいて慌てて、そちらを向くが何もいなかった。
先ほどパイモンに言ったように彼は警戒を解いていたわけではない。
それなのに気配さえ感じさせないその声の持ち主。
自分だけに聞こえた声かと思って反対隣りにいたパイモンに目を向けるがパイモンも周りをみまわしていた。
「な、なんだ!? 違う! だ、だだ誰だ!?」
しかし、いくら辺りを見ても何もいない。
薄暗い森の葉一枚一枚が風に揺られてざわざわと揺れているだけで他には鳥の鳴き声さえも聞こえない。
鬱蒼とした森の雰囲気がまた恐怖を助長させる。
「驚かせてごめんなさい。先ほどからお前たちを見ていました。しかしお前たちのその口ぶりでは自ら望んでこの地に現れたように聞こえましたが……、なぜこのような場所へ?」
姿は見えないのに声だけは響く。
薄暗い中で森の木々全てが話しているように思えてパイモンは怖くなった。
びくびくと怯えながらも強がって大きな声で返事をした。
強がっていてもパイモンの怯えは相手に伝わっていたらしい。
先ほど空とパイモンが見ていたボロボロの石碑の中からスッと白い手が見えた。
「……うわっ!」
思わずパイモンは空の背後に隠れた。
空は警戒していつでも戦えるように剣を出した。
「警戒なさらないで」
今度は石碑から声が聞こえた。
この白い手の持ち主がどうやら声の主らしい。
そう言いながら石碑を突きけるようにしてゆっくりと姿を表したのは見たことない少女の形をした幽霊だった。
上半身だけを石碑から出してこちらを見ていた。
一見、人の良さそうな少女であった。
「幽霊!!」
パイモンの叫び声に呼応するようにその幽霊は全身を表す。
そして2人の周りを飛んだかと思えばまた石碑の前で止まり、後ろ手を組んでふわふわと宙に浮いている。
半透明であるが足もちゃんとある。
しかしその服装はあまり見慣れぬものであった。
「まさか、あの人が言っていた……!?」
「……人?」
パイモンの驚きに含んだ声に応えたのはその幽霊だった。
「お、おう。そうなんだ。そいつが助けてもらったお礼に花を供えて欲しいって……」
「……」
恐る恐るパイモンが答えるとその幽霊は何か考え込むように黙り込んでしまった。
「……その方はここのことを何とおっしゃっていましたか?」
幽霊が尋ねる問いに素直に男から聞いた話をそのまま伝えた。
「――そうでしたか。それなら良いのです。教えていただきありがとうございます」
幽霊は納得したように頷いた。
「彼からの謝意、確かに受け取りました。私もあの方が無事だと知ることができて安心いたしました」
「おう、オイラたちもあいつにすでにモラを受け取ってたからな。お前に会えてよかった」
その幽霊の口ぶりからパイモンは心の中であの男が幽霊の類ではないと知って安心した。