千金は正体を表さず
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公子タルタリヤは鍾離の正体を知ってからも彼と親交を続けている。
先の魔神の復活の件での失態で公子についての評価が著しく下がり、
だが間接的な原因でもある鍾離とは不思議と宴席を囲む仲は続いたままだ。
今日もまたその鍾離先生と食事をするためにタルタリヤは琉璃亭に来ていた。
ここ璃月では代表的なふたつの菜系がある。
そのうちのひとつ、璃菜の代表的な店が琉璃亭である。
タルタリヤが琉璃亭の外にいる店の女性に話しかけて中に入る。
店内の目立つところにいる給仕を担当する店員に声をかけて席へと向かった。
思ったよりも早くついたためか鍾離はまだおらずその卓には誰もいない。
だからタルタリヤは先に席について待っていることにした。
卓上に置かれたメニュー表を手にとって、目を通す。
何度も来店しているので大体のメニューは把握しているが時間潰しに目を通すことにした。
「(さて、何か新メニューはあるかな?)」
そんな期待を寄せながらメニュー表を見ていると、扉が開く音がした。
衝立で見えないがどうやら待ち人が来たらしい。
「いらっしゃいませ。お連れ様は先にご到着ですよ。……可愛らしい方ですね。……の椅子をお持ち……」
先程タルタリヤを案内してくれた給仕の声が聞こえる。
何か話しているようであったが、メニューの中に見慣れない文字があったのでそちらに注意がいった。
どうやら新メニューらしい。
「……」
「公子殿、待たせたな」
足音共に鍾離の声が聞こえてタルタリヤはメニュー表を見ながら手をあげる。
それから気にしていないと声をかける。
「やあ、先生。俺の方こそ早く着きすぎたみたい……だ……?」
「そんな日もあるだろう……ん?どうかしたか公子殿」
タルタリヤがメニュー表から顔を上げて鍾離を見た時、彼の思わぬ姿に言葉を詰まらせた。
「お客様。椅子を取り替えますね」
「ありがとう。そこの椅子と変えてくれ」
固まるタルタリヤを他所に鍾離の後ろをついてきた店員が椅子を取り替えていた。
添えつけられた椅子を小さい子供用の椅子へと取り替える。
それは鍾離が片手に抱きかかえてきた幼女のためのものである。
「(……え、誰なのこの子……)」
ちまっとした愛らしい幼女を軽々しく片腕に抱えた鍾離の姿を認めてタルタリヤの心の中に当然ひとつの疑問が浮かぶ。
だがその疑問を先に口にしたのはタルタリヤではなかった。
「だんなしゃま、このちとはだれなんでしゅか?」
「彼は、公子殿と言うんだ」
「こーしどの?」
舌ったらずなその言葉は幼児特有のものでかわいらしく思える。
タルタリヤの愛すべき弟妹達も昔はこうだったなと思い出された。
半ば現実逃避をしながら思いもよらなかった幼女の登場にタルタリヤは完全に頭が混乱している。
それでも彼は公子だ。
愚人衆の執行官。
自身の感情を隠すのもお手の物である。
それが仕事上のことであればの話であるが。
残念ながら今のタルタリヤは完全に油断しきったプライベートであった。
「……あの、鍾離先生??」
「どうちたのでしゅか? こーしどの」
鍾離に問いかけたはずなのに返事したのは幼女の方で、ますます謎が増える。
「いや、え? この子……誰?」
「……、誰でもいいだろう。公子殿には関係ない」
混乱しているタルタリヤの様子に気づいていながら鍾離は冷たかった。
タルタリヤの疑問に鍾離はため息を吐いた後、冷たく突っぱねる。
答える気はないようだ。
「いやいや、鍾離先生。連れてきてそれはないでしょ。……えーっと、お嬢さんのお名前は?」
「んー?」
得体の知れない幼女にタルタリヤは正体を知りたいと思うが、どうにも鍾離は答えてくれない。
頑なに紹介しない鍾離の姿に諦めて幼女の方に名前を聞くことにしたタルタリヤ。
聞かれた幼女は丸く大きな目をくりくりとさせながら首を傾げる。
それからタルタリヤから目を逸らして、鍾離の方へ顔を向けた。
彼が言わなくていいと首を振ると幼女はタルタリヤに向かって笑顔で答えた。
曰く、「おじょーさん!」と。
どう考えても名前ではないことは確かだ。
これでは埒が明かない。
肩を竦めたタルタリヤは早々に名前を聞くことは諦めた。
諦めるということも時には大切なことであることをタルタリヤは知っている。
「……はあ。まあいいや。君のことはお嬢さんと呼ばせてもらうよ」
「ああ。それでよろしく頼む」
「よろしくたのむぞ、こーしどの!」
「ハハハ……よろしく」
幼女を下ろした鍾離がタルタリヤの言葉に頷く。
そして幼女もまた置かれた幼児用の椅子に座り鍾離の真似をしてタルタリヤに笑いかけた。
そんな2人にすっかり気を削がれてタルタリヤは考えることをやめた。
タルタリヤのそんな気を知ってから知らずか、丁度璃菜特有の香辛料の濃厚な香りが漂ってきて彼は食べることに集中しようとそう思った。
金色のモラミート、璃月の代表的な珍味の入ったお食べくだ菜。
七星のひとり天枢が考案した天枢肉……等々の料理は璃菜にあたる。
3人の目の前に置かれた料理はどれも一級品の味付けで、この琉璃亭の人気も納得のものである。
あまりの美味しさに食べ過ぎて100キロ太ったとかいう御仁がいたとしても簡単に信じてしまうほどその味は美味しく、そして人々を惹きつけてやまない。
「だんなしゃま、おいしいね!」
「そうだな。これも食べるといい」
「わあ……!あいがと!」
取り皿に置かれた干し肉と松茸炒めを口いっぱいに頬張りながら幼女は嬉しそうだ。
口の周りを汚して美味しそうに食べる幼女の姿は微笑ましい。
実際入店した時の店員の対応も幼女がいるせいかいつもより柔らかかった。
子供用の椅子に座る幼女。
その隣の席には当たり前のように鍾離が腰掛けている。
そんな2人をちらりと見てタルタリヤは想像を巡らす。
「(ていうか、だんなさまって、先生……こんな幼い子にそんな呼び方されてるのか?)」
以前鍾離に誂えてもらった箸に苦戦しながら幼子の世話をする鍾離を見ていた。
慣れたように幼女の世話をする彼はさながら父親のようではある。
髪色こそ鍾離と同じであるが彼のように毛先だけ色が異なるわけではない。
それに彼の髪の色はそんなに珍しいものではない。
目の色は違うし、顔の造形も並んでいても似ているとはあまり思わない。
それに幼女は鍾離のことを父親と呼ぼうともしない。
むしろ気になる「だんなさま」と呼んでいる。
使用人にしては幼すぎる。かと言って、……?
「(え、まさか……奥さん??)」
幼すぎる。幼妻ってレベルじゃない。
「(い、いや、いくら何でもそれはない。俺、疲れてるな。預かっている子か養い子か何かだ……そういうことにしておこう)」
もう考えることに疲れたタルタリヤはそう結論づけた。
ただでさえ、愚人衆の事でごたついているのにプライベートでも問題は御免である。
早々に考えることをやめて目の前の料理に集中することにした。
箸を改めて握りなおすがやはり難しい。
璃月人はなぜこんな2本の棒で物を食べようと思ったのか理解に苦しむ。
けれども、その国の文化を理解しようとする姿勢に人々は共感を持つものだ。
実際タルタリヤも璃月に来たのならその文化を味わっておきたいというのもある。
苦戦しながら箸を使うその様子を幼女は興味深そうに眺めている。
「こーしどのは、おはしのつかいかた、へただねえ」
「……まあ、俺は今練習中だからね」
幼いというものはとても素直である。
もぐもぐと相変わらず口の周りを汚しながら幼女はタルタリヤに話しかける。
久々の幼子との交流は彼を故郷の家族への想いを蘇らせる。
そうなると、目の前の幼女にも情が湧いてきてついつい優しく答えてしまう。
「おはし、むつかしいよねえ」
「そうだね。お嬢さんも練習してるのかな?」
「うんっ! おうちでれんしゅうしてるよ」
鍾離に口の周りを拭われながら幼女はタルタリヤに笑いかける。
「おかーしゃまとおとーしゃまが、おしえてくえりゅの!」
「……そうなんだ。俺も父や母にはいろいろ教えてもらったよ」
タルタリヤは父と母の名前を出されて幼女の両親について聞こうと思ったがやめた。
幼女ひとりならまだしも、隣には保護者である鍾離が目を光らせているのだ。
どうせはぐらかされるだろうから、聞くだけ無駄である。
「そーなの? こーしどのは、どんなことおちえてもらったの??」
「うーん、……俺の家はここと違って寒いところだったから、凍った湖での釣りの仕方とか……まあそんな感じかな」
タルタリヤはあの寒々しい土地での父と共に釣りをした厳しいながらも楽しかった幼少期の自分の姿を脳裏に描きながら質問に答えた。
「しゃむいところなの?」
「そうだね。俺の故郷は雪が降ることが多いんだ」
そう言って、タルタリヤは故郷の話をわかりやすく幼女に聞かせた。
凍った湖に白い雪。
音もないあの白い世界のことを語った。
「いちめんしろいの? ……すごい! しゅごいのね! ね、だんなしゃま!」
「そうだな。お前にもいつか見ることのできる時が来るさ」
きゃあきゃあはしゃぐ幼女の頭を鍾離は撫でる。
タルタリヤは鍾離の言葉に違和感を覚えたがそれがなんなのかその時はわからなかった。
「ねえ、こーしどの! こーしどのは、どうちて、りーゆぇにきたの?」
「俺? 俺は仕事だよ」
「ふーん。こーしどのは、りーゆぇすき?」
「うん。好きだよ。ここはいろいろ退屈しないしね」
幼女の質問に答えながら先日、妹に送った手紙にもそんなことを書いたなと思った。
あらゆる導火線がここにはある。
それは岩神がいるときも、そして……いなくなっても。
その程度の差はあれど変化というのはあらゆる不満を内包するものだ。
神から人間に統治が変わるというのなら尚更のこと。
七星が統治するといっても所詮は同じ人間。
きっとおもしろいこともあるだろう。
「(今はこちら側が不利でも……いずれは……)」
七星はしらない。
岩神の持っていた神の心が氷神に渡ったことを。
タルタリヤ……というより愚人衆は女皇の望みを叶えるためには全力を尽くすものである。
今はあの天権がタルタリヤの失策によって優位に立っているがこれからどうなるかなんて誰にもわからない。
何せ璃月には絶対的な道標であった岩神はもういないのだから。
タルタリヤがそんなことを考えている中で幼女にとって聞き慣れぬ単語に首を傾げた。
「たい、くつ……しない??……たいくちゅ??」
「楽しいことがたくさんある、ということだ」
「たいくつしないは、たのしいの?」
「そうだ」
幼女の疑問に答えたのは鍾離であった。
使うことのない言葉は知らないのは当然だ。
幼い頭でもわかるように噛み砕いて説明してやると、幼子もうまく言葉を理解できたようだ。
「……たのしいの、いいよね! たのしいのしゅき! こーしどのといっしょ!」
鍾離の説明でタルタリヤの言葉を理解して幼女はニコニコと笑いだす。
タルタリヤとの共通点が嬉しいようだ。
幼子というのは笑うだけでかわいい。
タルタリヤも思わず優しく笑い返した。
「そうだね。俺と一緒だね」
たとえ、その思惑が違うものだとしても。
「たのしいりーゆぇすきだよ! だって、だんなしゃまのくにだもん!」
「!」
興奮した様子の幼女の言葉にタルタリヤの笑顔が固まった。
それは一瞬のことだったが、鍾離は見逃さなかった。
だがそのことには何も触れることはない。
それよりも彼にはしなければならないことができた。
「……。公子殿は知っているから構わないがそのことは外では話してはいけないと約束しただろう?」
「……あっ!…………むう、」
鍾離に諭されるように優しく叱られて幼女は目に見えて落ち込んだ。
眉尻を下げて俯く幼女の様子を鍾離とタルタリヤは静かに見守る。
幼女はしばらくの間俯いてもじもじとしていたが、やがてチラチラと鍾離を見はじめた。
2人もそれに気づいていたが何も言わない。
それが彼女のためになると彼らは知っていたからだ。
「……ご、ごめんなしゃい」
しばらくして鍾離を恐る恐る見上げながら幼女は謝った。
その言葉に鍾離は何も言わずに頷いて返事の代わりにまた頭を撫でる。
「(……へえ)」
鍾離の幼女を見守る視線はどこか優しさがあって、普段の様子と異なる姿を見てタルタリヤは岩神であった彼の
それをどうこうする気は今はないけれども。
それから安心して満腹になったことを思いだしたのか幼女はうとうととしだして遂に眠ってしまった。
今は子供用の椅子から降ろされて鍾離の座る椅子と同じ椅子を隙間なくくっつけて彼の膝を枕にしてすやすやと寝息をたてている。
眠る小さな体にかかるのはタルタリヤが店員に頼んで借り受けたひざかけである。
「お嬢さん、熟睡してるね」
「……そうだな。慣れないことをしたから疲れも溜まったんだろう。公子殿との会話も楽しんでいたようだから余計にそうだったのだろうな」
静かに寝入る幼女の姿はタルタリヤには見えないがきっとぐっすり寝ているのだろう。
「楽しんでもらえたなら俺も嬉しいね」
「公子殿は子供の相手に慣れているようだが」
「俺には弟と妹がいるから」
子供の世話は慣れているというタルタリヤ。
それから少しだけタルタリヤの家の話になって、話題はまた違う話に変わっていった。
――
どれくらいの時が経ったのか。
膝の上で眠る幼女をそのままに鍾離はタルタリヤと他愛のない話をしていた。
その時、幼女が少し唸りながら身じろぎをした。
「――――……」
「起きたか?」
「……ぅしゃま、もう……あさ?」
「いや、朝ではない。それにまだ琉璃亭だ」
「……るいてー?」
寝返りを打った幼女が目を覚ました。
目を開けたことに気づいた鍾離が声をかける。
まだ寝ぼけた様子の返事を聞いて鍾離はこの場所がまだ琉璃亭であると告げた。
「お嬢さん、よく寝てたね」
「……こーしどの。……うん、よくねた」
その会話を聞いてタルタリヤが姿は見えないながらも幼女が起きたことを悟って声をかけてみた。
そんな彼の声を認識して幼女は瞬きをひとつ。
それから目を擦りながら起き上がった。
「水菓子があるが食べるか?」
起き上がった幼女を見て、鍾離が口にしていた果物を勧める。
どうやら、宴席は終盤に向かっているようだ。
幼女が寝入る前に置かれていた料理はすっかり片付けられて今は鍾離とタルタリヤの前にデザートが並ぶだけである。
「アイスもあるよー」
「……あいしゅ、たべりゅ」
あの恐るべき箸から解放されたタルタリヤもスプーンを揺らしながらにこやかに幼女に笑いかけた。
その言葉に答えるように返事をしながら鍾離から差し出されたスイカの刺さったフォークにかぶりついた。
シャリシャリという音と甘い味は幼女のお気に入りのひとつだ。
ゆっくりと咀嚼しながら美味しそうに顔が緩んでいる幼女。
タルタリヤはそんな幼女を見ながら店員に声をかけた。
幼女の分のアイスを追加注文した後、目の前に置かれたアイスを見て幼女の目が輝いた。
そして嬉しそうにアイスを頬張る姿。
「おいしい!!」
アイスの冷たさにすっかり目を覚ました幼女はすっかりその甘さの虜になっている。
寝ていたときに使用していた椅子は高さが合わないのでまた子供用の椅子に戻っていた。
アイスを口に含む度にこれ以上の幸せなどないというような嬉しそうな顔をしている。
そんな様子で夢中で食べているから見てるこっちまで気分が良くなってタルタリヤもつい笑顔になっていた。
次ページより容姿についての言及があります。読み飛ばす方はこちら→真夏に至る物語(Barbara & Lisa)