あなたを好く理由がない
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モンド城の城壁はなまえのお気に入りだ。休憩時間になればわざわざそこまで出向くほどである。彼女はそこで塀の一部を机がわりにしてノートに絵と文字を書いていた。日付と天気と不思議な絵、そして食べ物の名前が並んでいたり、地名が書かれていたり一見すると日記のようなそれ。だがそれは彼女の日記などではない。自分だけしかわからないようなその記号と文字の羅列。そうこれはいわゆる暗号である。自身にだけがわかる暗号を絵と文字にして書き残して彼女は今日も真っ白なページを埋めていく。
なまえにとってシスターとは単なる身分証明である。モンドの住民達は彼女を敬虔な神の従僕であると認識しているがそれは彼女がつくった印象に他ならない。なまえはもともとモンドの人間ではない。けれども今はモンドに受け入れられて聖職者として従事している。モンドという国は外の者にも比較的寛容である。そして、神の庇護下にあるが神は自ら統治をしていない。さらに不干渉である。だから内部に入り込むにはうってつけの国である。
風の国は牧歌的だ。住民は基本的に呑気であるし、人を疑うことを知らないのはきっとこの国の気質であろう。隣国の璃月なんてあちこちで千岩軍が目を光らせているというのに。しかし、だからこそ人を迷わせる。人を疑うことを知らないというのはすなわち、誰にでも親切にする……いわゆる善人である。善人とは卑怯だ。誰に対しても同じように親切を押し付けて、勝手に満足する偽善者である。それがその人に対しての当然であるかのように振る舞うその押し付けがましい態度はその象徴たる行動である。
「……はあ。なかなか難しいなあ」
真っ白なページを埋めるのもすこし飽き飽きしてきてなまえは顔を上げた。風が吹いてきてとても気持ちが良い。外で物を書くのはこういう時、気分を変えてくれるのでとても良い。しかし、のんびりと流れるモンドの空気はなかなか肌に合わない。それでもうまく合わせてきた。なまえは西風教会の敬虔たるシスターの一員であるのだから。
ところでなまえにはロサリアという同期のシスターがいる。だが彼女はこの仕事に対しては熱心ではない。その理由をなまえは知っている。彼女には別の仕事があるからだ。裏で動く仕事。この地には他にも数名同じような人間がいるがなまえはおそらく全員把握できているはずだ。そうでなければなまえが仕事を完遂することが難しくなるから。そういう人の把握もなまえの仕事の一部である。
「……」
そして、幸いなことにモンドを陰で守ろうとするもの達は団結していない。各々が各々の領分で守っている。だからこそ付け入る隙はあるとなまえは思っている。自由の国だからこそのその個人で動く采配はなまえのような人間にはとても有利に働いている。
「まあ、これでだいたいはわかったかな」
そう独り言を呟いてなまえはいつものようにノートを閉じる。そのつもりであった。
「何がわかったの?」
後ろからかけられたその声がなければ。
「――ロサリア」
なまえに声をかけたのは先程この長閑なモンドで
「どうしたの? 珍しいね。こんな時間にここにくるなんて」
なんでもないように笑うなまえの隣にロサリアは並んだ。なまえの前に置かれたノートが風に煽られてページがパラパラとめくれていく。なんてことはない日記。それを一瞥してロサリアは答える。
「別に。夜だけ活動しているわけではないわ」
「そうだったね、ごめんごめん」
ロサリアのいう“夜”が何かを指しているのを知っていながら、なまえは悪びれた風もなく言葉を返した。
「ねえ、いつも気になっていたんだけどそのノート……」
「ノートがどうかした?」
「いえ。いつも書いていると思っただけよ」
「ただの日記だよ。個人的な、日記……大したものじゃないよ」
「そう……」
ロサリアはまたチラリとノートに目を向けた。なまえはその視線を知りながらノートを閉じて手に持った。
「……なまえ。あなたはシスターなのかしら?」