酒が全てを忘れさせてくれたなら
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このシスターにとって礼拝など意味はない。彼女は神を信仰しているわけではない。為すべきことを成すためにはシスターになっていた方がやりやすかったからという単純な理由である。だから日々の礼拝にも参加しないし、無理やり連れてこられても他の熱心なシスター達を横目に座っているだけだ。
シスター・ロサリアにとっては風神とは崇高なものではない。聖職者にあるまじき思考であるがそれを改めようともしない。他のシスター達はなんとかロサリアを礼拝などシスターの責務に参加させようとしているがその成果はあまり芳しくない。
そんなロサリアは酒場の常連だ。仕事を終わらせたロサリアがいるのはエンジェルズシェア。モンドでも随一の酒場である。アカツキワイナリーの直営であり、そこのオーナーであるディルックも時々バーテンダーとして腕を振るうことがある人気店だ。
「ロサリア! やっぱりここにいた!」
「……なあに、今日の仕事はもう終わりよ」
酒場まで押しかけてロサリアに詰め寄るのは彼女の同期であるなまえだった。なまえに名前を呼ばれたロサリアは静かにため息を吐く。
「今日の仕事の話じゃないよ! 明日のこと! 明日は朝から礼拝なんだから、ちゃんと来てよね! シスター・ヴィクトリアがお怒りなんだから!」
「何かと思えば明日のこと? 今はもう仕事の時間じゃないわ。私が残業をしないのは知ってるでしょ? ……仕事の話は仕事中だけにしてほしいわね」
「もう……! そんなことばかり言って!」
気怠げに酒の入ったグラスを揺らすロサリア。そんなロサリアの態度になまえは不満を隠そうともしなかった。
「ロサリア! あのね、シスターである以上礼拝は参加しなくちゃいけないの!」
ロサリアの座るカウンター席の隣に腰掛けたなまえ。彼女が隣に座ったことで、今日は長くなるなとロサリアは密かにため息をつく。そんなロサリアに気づかずにバーテンダーにノンアルコールドリンクを頼んでいるなまえ。その様子を見てロサリアがぽつりと呟く。
「お酒飲めば良いじゃない」
「お酒は飲みません! シスターが酔った姿なんて見せられません!」
「ふうん……、そう」
なまえの言葉にロサリアは小さくつぶやいた。グラスに入った氷が揺れた。
「あのね、ロサリア。本当にシスター・ヴィクトリアは怒ってるんだから、礼拝に参加しないと怖いんだから!」
ロサリアと違ってなまえはシスターという職務に対して真面目に向き合っている。自由の国と呼ばれるこのモンドであるが風神への信仰心は高い。信仰と自由は切り離せるものではないとモンドの歴史が語っているからだ。圧政に苦しむ人々を解放して自由を与えたのが風神バルバトスである。だからモンドに住む人にとって、風神を信仰することは即ち自由に対する喜びや感謝でもあるのだ。
なまえは他のシスターほどロサリアに対して教会の責務を果たせとは言わない。けれども、最低限の仕事はしてほしいと思っている。見習い時代から交流があるのだ。それを言葉にすることはないけれどロサリアの持つある種の違和感を知っている。だからこそ強くは言えなかった。
ロサリアにとって、モンドの住民の多くは守るべき者である。老若男女問わず彼らは皆すべからく若者であり、若者はロサリアの庇護対象にある。彼らは彼女にとって老いぼれているのに若くて未熟な真っ白な獣だから。何人か例外もいるがそれはそれとして今は関係ない。
ともかく、ロサリアはモンドの住民の自由は守られるべきものだと思っている。それを守ることがロサリアの使命であると彼女は信じている。彼女がシスターになったのは若者を守るためといえるだろう。守るためにシスターになったのだから彼女にとって、礼拝はさして興味のわくものではない。なぜなら、祈りが人を助けることがないと知っていたから。けれど、声を上げて祈ることで届く願いもある。
「――だから明日はちゃんと来てよね」
なまえは長ったらしい説教の後に念を押してきた。彼女の説教は聞き飽きたために無事に聞き流す技術を習得していたロサリアは涼しい顔をして酒を飲み干し、新しいものを注文する。なまえだって、ロサリアが聞き流していることぐらい知っている。だが、ロサリアはなまえの話の途中で席を立つことは一度だってなかった。
「……どうかしら。そうね、行けたら行くわ」
「行けたらじゃなくて、行・く・の! 夜のお祈りも来なかったんだから、朝は来てね」
来なかったら迎えにいってやるんだから! そういうとなまえは目の前のグラスをひっつかんで一気に流し込んだ。
「ちょっと……それは……」
なまえはロサリアの止める声を耳に喉が熱くなる感覚を感じた。なまえはしまったと思ったが、気づいたらもうまぶたは重くなっていた。遠くでロサリアの声がしたような気がした。なまえが一気に飲み干したそれは酒である。勢いでロサリアの頼んだ酒を飲み干したなまえはそのあとカウンターテーブルに突っ伏した。なまえは酒に弱かった。
「またなまえちゃんがつぶれたぞー!」
「今日はいつもより長くもったな」
「説教が長かったからなー」
突っ伏したなまえを見てテーブル席にいる酔っ払い達が騒ぎ出す。なまえがロサリアの酒を間違って飲むことは時々あることだ。最初は酔い潰れたなまえに昼の敬虔な神の従者である姿しか知らないので驚かれたものだ。今は彼女の少しおっちょこちょいな性格が露見しているためにロサリアに対する説教も酔っ払い達はまたやってるぞと全く気にしていない。むしろ、今日は酔い潰れるかの賭け対象にされるぐらいである。
「……はぁ」
賭けに勝って高いお酒を頼み出す幾人かの酔っ払い達。そんな彼らを尻目にロサリアのため息は賑やかな酒場の喧騒にかき消された。
設定
なまえ
シスター。見習いの頃からロサリアと一緒にいる。ロサリアと違って敬虔なシスターである。シスター・ヴィクトリアの怒りが頂点になりそうになったら、ロサリアを教会に強制連行してくる。
ロサリア
シスター。シスターであるが一般的な職務には参加してない。お酒に強い。頼んだお酒をなまえにとられたことは1度や2度ではない。