ヒロインになれなくても
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空くんはお人好しだと思う。
誰とも知らぬ私を仲間に加えてくれたこともそうだし、モンドや璃月での事件の関わり方もそうだ。
彼は物語の主人公みたいだなと時々思うことがある。
彼の出現で動き出す物語。
モンドでは栄誉騎士の称号をもらい、風魔龍と呼ばれ恐れられていたトワリンを正気に戻した。
そして、ウェンティの勧めによって訪れた璃月では岩神モラクスの死によって起こった一連の事件の中心的人物になった。
もし彼が物語の主人公なら、一緒に旅をしている私は彼のヒロインになれたのだろうか。
もし、これが物語なら私は彼に好きになってもらえたのだろうか。
パイモンちゃんと漫才のような会話を繰り広げる空くんの顔を盗み見るように歩きながら私はそんなことを考えている。
――そんなこと叶うわけないのに
だって、彼は恋なんてしてる場合じゃないから。
「――妹を探してるんだ」
出会った頃のある夜に篝火の前で私とパイモンちゃんに話してくれた。
この世界に来たときのこと。
彼は双子の妹と共にこの世界に来たらしい。
でもこの世界で最初にあった謎の人物によって2人は離れ離れになってしまった。
ずっと一緒にいたのに、とバチバチと音を立てる焚き火を見つめる空くん。
その顔はいつになく悲しそうで見ている私まで悲しい気持ちになったのを今でもはっきり覚えている。
その時、私は自分の境遇も忘れて彼を助けたくなってしまった。
思えばその頃から空くんのことが好きだったのかもしれない。
思うだけというのは簡単だ。
だけど思いを実行に移すことは難しい。
記憶のない私には彼を助けることなんて到底できなかった。
テイワットについての知識のない私には彼の妹を助けるための力も何もない。
むしろ、殆ど記憶のない私は彼の足を引っ張っているのではないか。
そう考えるようになっていた。
「おい! どうしたんだよ?」
「えっ? ……わっ!」
気がつくと目の前にパイモンちゃんがふよふよと浮いていた。
突然現れたように感じて、急な登場に勝手に驚いて後ろに倒れ込む。
……痛い。
尻餅をついてしまった。
「おい! 大丈夫か?! ……も、もしかしてオイラが悪いのか」
「えっ! パ、パイモンちゃんのせいじゃないよ! 私が勝手に驚いただけだから」
青ざめて焦るパイモンちゃんはいつだって素直でかわいい。
そんなパイモンちゃんの姿に私は打ち付けた箇所を撫でながら自分のせいだと慌てた。
「なまえ、大丈夫?」
そして、空くんが座りこんだままの私に手を差し伸べてきた。
そんな優しいところは彼の長所のひとつだ。
誰にでも優しい。
それは彼の短所でもあると差し出された手を握りながら思った。
空くんに礼を言って立ち上がる。
引っ張られた手は剣を握るためか固くて、私を簡単に立ち上がらせたその力強さも相まってやっぱり男の子だなと改めて実感させられた。
「ほ、本当に大丈夫か?」
「うん、平気! どこも痛くないし、パイモンちゃんは心配症だなー」
「そりゃ、オイラのせいでなまえが転けたんだから心配ぐらいするぞ!」
パイモンちゃんも優しい子だ。
初めて見た時は空中に浮いてるし、空くんは非常食だというし、なんだかよく分からなかったけど長い間2人と旅していると彼らの人となりはよくわかってくる。
パイモンちゃんも空くんも他人のことを考えられる優しい人だ。
「……なまえ?」
そう2人とも優しいのだ。
そして、人を助けられるだけの力も持っている。
だからこそ自分の不甲斐なさが浮き彫りになる。
「おい! なまえ!」
「……え、な、なに?」
「今日のお前なんか変だぞ。どっか悪いのか?」
考え事のせいで2人の様子に気づかなかった。
心配そうに見つめてくる2人に申し訳なく思った。
パイモンちゃんのいう通りかもしれない。
今日の私は……ダメな私だ。
でも、これ以上足を引っ張るわけにはいかない。
ただでさえ足手纏いだというのに。
―――
「ごめん。考え事してた。もう大丈夫だから行こう!」
「……えっ、おい! ……行っちまったぞ。まだどこ行くか決めてないのに…。なあ空、今日のなまえ本当におかしいぞ」
声をかける暇もなく走り去ったなまえの姿を唖然と見つめていたパイモン。
やはり普段と違うなまえの様子にどこか悪いのではないかと心配になる。
そんな思いを込めながらパイモンは隣に立っている空に声をかけた。
「……」
「空?」
だが、隣の空は何も言わずになまえの去った方向を見つめて何か考えている様子。
考え事に夢中なのかパイモンの呼びかけにも返事をしなかった。
パイモンが困惑していると、ようやく空は反応を返す。
「……どうかした? パイモン」
「いや、お前までおかしくなっちゃったかと思ったぞ」
「まさか。俺はなんともないよ。じゃあなまえのところまで行こう。きっと待ってるはずだから」
まさか2人ともおかしくなったのではないかと動揺したが空の否定の言葉に少し安堵した。
そのあとはいつも通りの空だった。
それに先で待っていたなまえもまた先程までの違和感はなく普段通りに戻っていた。
だからパイモンは次第にそのことを気にしなくなり、やがて忘れてしまった。
――
数日後。
乾いた木の枝が燃える。
かつて誰かが野営したと思われるテントを借りて今夜の宿にした。
野宿ということで魔物の襲来に備えて交代で寝ずの番をする。
いつもならそうなのだが、今日はなぜか2人とも起きて火を囲っていた。
今回は私が先に火の番のはずなんだけれどなんで空くんも起きていて、どうして寝ないのかわからなかった。
ご飯をいっぱい食べたパイモンちゃんはむにゃむにゃと寝ている。
時々「もう食べられないぞ~」などと可愛い寝言が聞こえる。
夢の中でも何かを食べているのかな。
「「……」」
そんな楽しげなパイモンちゃんの寝言とは違い、私たちの間には楽しげな雰囲気どころか会話すらなかった。
何か考えている様子の空くんはずっと黙ったままだ。
時々薪の爆ぜる音がするだけで後は沈黙が広がるばかり。
本当だったら空くんと2人っきりというとても嬉しい時間のはず。
だけど今の私はこの間からの悩みでとてもそんな気持ちにはなれない。
足手纏いかもしれない。
その気持ちは私の中で想像以上にしんどいものだった。
この2人から離れたとしても私には行く宛てがない。
記憶を取り戻したいという気持ちはあれど私にはなんの手掛かりもない。
2人はずっと優しいから私は今もそれに甘えている。
ずっと私を助けてくれるからそれがとても申し訳なかった。
何も返せないのに彼らはずっと私の手を引いてくれるから。
「……ねえ、空くん」
2人と離れたくない。
けれど私は2人の邪魔になってる。
2人だけなら行けたはずの場所にも私がいたからやめたことがあったことも知ってる。
「……私、わたしね、」
離れたい。
そう口に出そうと思ったのに、やっぱり言えない。
だって大好きな2人と離れたくない。
離れた方がいいと思う私と離れたくない私。
2人の私がせめぎあってその先が伝えられない。
そうして言えないままの私の次の言葉を空くんは待ってくれた。
また沈黙がはじまる。
この言葉を言ったら私たちは本当に無関係になる。
今までは一緒にいたからこそ関わりあえたけれど離れたらきっと2人は私のことを忘れてしまう。
……そんな人たちじゃない。
でもきっと私は2人にもう会わないと思う。
「なまえはさ、……俺たちといるのつらい?」
結局沈黙を破ったのは私ではなく空くんだった。
彼の発言に私は心の中を見透かされたような気がして心臓はドキリと音を立て、体温がぶわっと高くなった気がした。
「な、なんで……?」
「見てたらわかるよ。テイワットに来てからずっと一緒にいるんだから」
私の慌てたような態度を見て空くんは笑った。
それは決して馬鹿にするような笑いではなくどこまでも優しくて柔らかい笑顔だった。
そんな私の心をつくようなその笑顔は彼の優しさがにじみ出ているようで、また違う意味で心臓が音を立てたことに気づく。
「この間からずっと悩んでいるみたいだって思ってたんだ。もし本当に悩みがあるならなまえが言ってくれるかなと思って待ってたんだけど……」
俺待てなかったね、と空くんは恥ずかしそうにしていた。
「ううん。私こそごめん。知ってるなんて知らなかった。空くんが気付いてるなんて思わなくて……。ただでさえ迷惑かけてるのに、ごめん」
「……迷惑?」
「うん。……弱いから、足手纏いになってる」
ずっと言えなかった言葉を口にするのは勇気がいる。
足を抱えて空くんの顔を見ないように炎だけを見つめる。
「たいして戦えないのに、……付いてきて……テイワットの知識だってないし、」
それどころか常識も危ういような気もする。
完全にお荷物である。
そんな私に空くんが少し考え込むようにして言葉を選びながら話しかけてくる。
「ねえ、なまえ。なまえはもし……俺が弱くて、戦えなかったら俺と旅をしなかった?」
「……」
空くんの質問は唐突で少し考えたけど、私はきっとそれでも空くんについて行ったと思う。
だから首を振って否定した。
「空くんが戦えなくても、空くんが私を助けてくれたなら私はきっと信じたと思う。戦えなくても私……きっとあなたを頼った」
空くんが戦えなかったらきっと一緒に強くなって、いろんな事件を解決していったと思う。
私は空くんとパイモンちゃんの2人だからこそ、ついていきたいと思ったんだ。
だって、私は2人が大好きなんだから。
「……そっか。……それならきっと、もう答えは出てるよね。なまえ、俺はなまえだから今も一緒に旅をしているんだよ。なまえも同じように思ってくれているなら嬉しい」
「、空くん」
私の言葉に空くんは少し恥ずかしそうだった。
顔も赤くなっているように見えた。
それは炎越しにみていた私の気のせいかもしれないけれど。
「なまえは俺たちのために料理のレパートリーを増やしてくれてるのも知ってるよ。それに、こういう風に火を囲んで誰かと会話できるのはとても楽しいんだ。パイモンは……ほら、ご飯食べたらすぐ寝ちゃうし」
ぐーぐーといつものように幸せそうな顔でよだれを垂らしながら眠っているであろうパイモンちゃんの姿を見て空くんはため息を吐いた。
それから、私に笑いかける。
「なまえが足手纏いなんて俺もパイモンも思ったことないよ」
私を見つめる空くんの目は真っ直ぐでそれが偽りではないと語っていた。
「だから……いつか、蛍を……妹を見つけたらその時はなまえとパイモンのことを真っ先に紹介したいと思ってるんだ。それまでは俺たちと一緒に旅してほしい」
「空、くん……」
以前明蘊町を旅したときにある一家の謎を解いたことがある。
些細なすれ違いで仲違いをしたあの家族。
謎を解いた先にあった宝箱。
家族の思い出を語るために残しておいたというそれを開けたときパイモンちゃんが話した言葉は印象的で私の中でずっと残っている。
それは空くんも同じなんだろう。
「……うん。空くんの妹さんに会えたら……、前にパイモンちゃんが言ってたように今までのこと、これからの旅のこといっぱい話してあげたらきっと喜ぶと思う」
空くんの妹さん。
きっと素敵な子なんだろう。
だって空くんの妹さんだもん。
理由なんてそれで十分だ。
「そうだね。それで俺となまえとパイモンと四人で今までお世話になった人達みんなに会いに行こう」
空くんが話す言葉には私の名前も含まれていた。
当たり前のように私のことを頭数に入れてくれたこと。
そんな些細なことがとても嬉しかった。
さっきまで悩んでいたのに空くんの言葉で舞い上がって、胸が熱くなる。
こんなに簡単に嬉しくなっているなんて本当になんて単純なんだろう。
「空くん、ありがとう」
思わず漏れた言葉。
私はいつも空くんに元気をもらってきた。
もう、あなたのヒロインになれなくたってかまわない。
もとよりそんな望みが薄いことはわかっていた。
それでも空くんは優しいから、私は勘違いしそうになる。
「もしなまえが記憶を取り戻して俺の助けが必要なら俺はいつでも助けるよ。君が今まで俺のそばにいてくれたように……俺もなまえを助けたいと思っているから」
その言葉だけでもう充分だった。
彼が私のことを考えてくれた。
それだけでこの心は、私のこの想いは救われた気がした。
設定とあとがき