新参者の光来
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その頃、岩上茶室2階。階段を上がった一番奥の席になまえは1人静かに座っていた。鍾離と共にいた頃には数名いた客も既にいなくなり、現在二階席に滞在している客はなまえ1人だけだった。眼下にはさまざまな人々が通りを歩いている姿があり、その人々や街並みを見ているのはとても楽しい。視界に入る建物の間から海も見えて時折風が潮の香りを運んできていた。流れていく時間が穏やかなものに感じられて、急な依頼により離席した鍾離を待つ時間も楽しいものになっている。
なまえの夫である鍾離は現在、往生堂の客卿が主な身分である。往生堂の客卿鍾離先生といえば、とても博識だということで名が通っているらしい。だからこそ鍾離にはさまざまな依頼が持ち込まれて、なまえと2人でいる時も例外ではなかった。今回は骨董品の鑑定依頼だった。2人とも困っている人間を助けることは昔からずっと行ってきたことでもあるので、なまえも特に反対の意を示すこともなかった。なまえが鍾離の妻であることを知った依頼人の紹祖は慌てたように依頼を取り消そうとしたがなまえは気にしないように声をかけると笑顔で鍾離を送り出した。
そんな彼が向かった先は、依頼を持ち込んできた紹祖の依頼人の家だという春香窯の隣家らしい。つまり、ここからそう離れていない。さらに璃月港内ということで、千岩軍の守りもある。そうそう危ないことにも行き合わせないだろうから、こうしてなまえも安心していられるというものだ。ここで景色を楽しみながらお茶を味わっていられるのも、そのような安心感が保証されているからだった。そんな経緯で一人になったなまえの心は穏やかである。
「……」
空になった杯に茶を注ぐ。仄かな茶の香りが広がると静かに息を吐き出した。中の温かさを示すように湯気がたゆたう杯にそっと手を添える。温かさが杯から手のひらに伝わってきて、なんだか気持ちが和む。そのまま香りを楽しもうと杯を口元に近づけるとさらに気分も落ち着く。
「良い香り……」
岩上茶室のお茶は美味しい。茶室の名を店名に冠しているだけあってさすがだ。例えそれが隠れ蓑だったとしても、それと味の優劣は関係のないことだ。本業の方に興味はないので、オーナーが代わり2階が「開かれた」ことはとても良いことだとなまえは思っている。そんなふうに待ち時間も楽しみ、穏やかに寛いでいたから二階に上がってきた人々に声をかけられるまで気が付かなかった。
「なまえ」
「あれ、旦那様……? おかえりなさいませ」
なまえのところに戻ってきた鍾離を出迎えたのは彼女の呑気そうな声だった。どうやら、お茶の香りに癒されて気持ちまでのんびりしてしまったようだ。声をかけられるまで大切な人の存在に気がつかないくらい気が緩んでいたらしい。
「もう鑑定依頼は終わったのですか?」
「ああ、すまない。待たせたな」
「いえ、大丈夫です。ここのお茶は美味しいですし、道ゆく方々や景色を眺めるのも楽しいものですから、それほど時間が経ったように感じませんでした」
いつもよりもゆったりとした口調で笑顔と共に答えるなまえは、言葉の通り全く気にしていない事がうかがえる。だが、待たせてしまったのは事実なのは変わりない。
「それならば良かったが、せっかくお前と共にいたのにすまなかったな」
「いえ、お気になさらないでください。私は旦那様をお待ちするという時間も楽しんでおりますから」
それから頼んでいた茶がすでに空になっていたことから追加が必要かと尋ねたところ、鍾離は首を振った。
「実は食事に誘われた。だから、なまえを迎えにきたんだ」
思っても見ない鍾離の言葉になまえは素直に首を傾げた。
「お食事、ですか……? 旦那様が誘われたのに、私もご相伴してもよろしいのでしょうか?」
「問題ない。むしろお前も是非にと言われている。他の者もお前のよく知る者達だ」
「よく知るお方……?」
鍾離の言葉に誘われたのは夫だけではないと気づく。なまえがさらに首を傾げていると、彼の後ろからひょっこりと顔を見せたのはパイモンだった。いつも通りふわふわと宙に浮かぶパイモンは、元気よく手を振りながらなまえに声をかけてきた。
「こんにちはなまえ! 元気にしてたか?」
「あら、パイモンさん!こんにちは。私は変わりなく過ごしています。パイモンさんもお元気そうですね」
「おう、オイラはいつでも元気だぞ!」
そんなふうに笑いかけたなまえとパイモンが話していると空が近くに寄ってくるのが見えた。後ろにも何人か人影が見えたような気がするが、死角になっていたためになまえはあまり気に留めなかった。それよりも食事を誘ってくれた人の方が気になっていたからでもあった。
「パイモンさんがいらっしゃるということは……、お食事に誘ってくれたのはパイモンさんと空さんなのですか?」
「いや、違うぞ。オイラ達も誘われた側なんだ!」
パイモンの後ろにいる空がなまえに向かって、挨拶代わりに手を上げてくれている。彼に応えるようになまえも小さく手を振り返した。美味しいものが食べられることが楽しみなパイモンのテンションは否定しながらも明らかに高い。食い意地の張ったパイモンの姿に空はその後ろで呆れたように額を押さえて首を振っている。