計画的悪戯試作実験
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珍しくまとまった休みが取れたリオセスリは水の上でなまえに会っていた。数日という短い時間であったが、フォンテーヌ廷内でなまえの買い物に付き合ったり、リオセスリがいない間に買ったという茶葉の試飲、という名のお茶会をしたり……と充実した楽しい時間を過ごすことができた。
しかし、リオセスリはメロピデ要塞の責任者である。だからこそ彼の日常は水の上ではなく水の下だ。こうして共に過ごせる時間は、ほんのひと時だということはお互い理解していた。だからなまえとリオセスリ、2人の間には常に別れがあった。名残惜しくても素直に別れを告げられるのは、先の再会があることを知っているからだ。でもそれは別れの寂しさを埋めることになるはずもなく、別れ道はいつもお互いの口数は少ない。繋いだ手のぬくもりを忘れないかのように、しっかりと結ばれている。
別れが来なければいいのになんて、できないことを考えながら何度も歩いた道。そのせいかなまえはリオセスリを送る時以外ではこの道を使うことはない。だから余計にこの道を通り、寄り添いながら歩いて景色を眺めていると別れを強く意識してしまう。そんな慣れ親しんだ慣れたくない道のりを終え、いつもの別れの地点まで辿り着いた。そっと優しく繋いだ手が解かれるのは寂しい気持ちを増長させるものだった。
「忘れ物は……、ない?」
「ああ、なまえが看護師長に渡してくれと言っていたものも、ちゃんと持ってる」
「シグウィンちゃん、喜んでくれるかな……」
「問題ないさ。この間、クロリンデさんからの贈り物も喜んでいたし、看護師長は人からの好意を無碍にするような性格じゃない」
クロリンデとは決闘代理人で水神の護衛役をすることもある凄腕の有名人である。決闘代理人というどちらかと言えば血生臭い話題に出るような女性である。一般人であるなまえはクロリンデと直接面識はない。だがリオセスリから何度か話は聞いたことや、彼が彼女からもらったという茶葉を持って帰ってきてくれたこともあった。そのために、面識はないながらもなまえは一方的に彼女へ親近感を持ってしまっている。リオセスリもそれを知っているからなまえの不安を解消するためにクロリンデの名前を出した。これからしばらく会えないからこその気遣いだった。
「うん、そうだよね。シグウィンちゃんにはとても素敵なものをもらったから、私がとても感謝していたって伝えてね」
「わかった。……それにしても、結局看護師長から何をもらったか聞いてないんだが、一体何をもらったんだ?」
「んー? うふふ、内緒。シグウィンちゃんに聞いてみて」
「なまえが答えないものを看護師長が教えてくれるのか?」
シグウィンに聞いてほしいと答えを教えてくれないなまえ。彼女の答えに対して、リオセスリの最もな疑問になまえは笑顔をみせた。
「大丈夫。シグウィンちゃんならきっとわかってくれるから」
笑うなまえの返事に質問とのずれを感じて違和感を覚えたが、その違和感を口にする前に彼女に呼びかけられた。
「リオセスリさん、また帰ってきてね」
「ああ、また帰る頃に連絡する」
「うん、待ってる」
それは別れを惜しむ言葉だった。惜しむ2人が名残を求めるようにどちらからともなく抱き合った。周りに誰もいないのに、内緒話をするようにお互いの耳元に口を寄せて話を続ける。囁くように話す言葉は他愛のないものだった。
「また美味しい紅茶探しておくから一緒に飲んでね」
「ああ」
小声で耳元で話す必要もない他愛のない話。それでも二人はそれをやめようとはしなかった。
「美味しいお菓子も、もっと作れるように練習するからまた食べてね」
「わかった。楽しみにしてる」
雑談のような未来への願望。少しだけ離れる淋しさを軽減できる。
「日光不足で病気にならないように気をつけてね」
「なまえ……、俺が何年メロピデ要塞にいると思ってるんだ?」
「それは……、わかってるけど、やっぱり心配なの」
「俺に何かあったら、なまえにはちゃんと連絡するようにしてるから、あまり心配しないでくれ」
「……そういう事じゃない」
「悪い。とにかくちゃんと健康にも気を使う。そうじゃないと何かあった時に対応できないからな」
リオセスリが責任者となってからメロピデ要塞は一応安定している。前任者がいた時よりも看守達の待遇もいい。彼はその功績により公爵の位を授与された。その地位が彼の手腕を示しているのだ。
「……」
「なまえ?」
黙りこくってしまった彼女の様子にリオセスリが様子を伺おうと腕の力を緩めたが、それを阻止するようになまえは腕に力を込めた。
「あなたっていつもそう。たまには自分のために生きればいいのに」
それはなまえの不満だった。呆れたようななまえのため息を耳元で捉えながら、彼女の沈黙の理由がわかったリオセスリは穏やかに笑う。
「生きてるさ。だから、俺は俺のためになまえを選んだ」
「……!」
「俺がメロピデ要塞の責任者で居続けるのは俺がやりたい事だからだ。たしかになまえには心配をかけてるし、寂しい思いをさせていることも理解している」
「……そんな、ことない……なんて嘘はつけないけど、私はそれでも良かったんだよ。もう一度あなたに会えるだけでよかったのに……。こんな私を選んでくれて……、それだけで嬉しいの」
そこまで告げたなまえは両腕を解いてリオセスリの耳元に寄せていた口元も彼から離した。改めて目と目を合わせると彼の両頬に両手を当てる。リオセスリには少し頬を染めたなまえの姿が見えていた。
「あなたに、もう一度だけ会えたならそれで良かったの。だから……だからね、あなた。寂しい気持ちはあるけれど、でもこうしてあなたが私のことを思ってくれて、帰ってきてくれるだけで十分だよ。ありがとう……」
そして、別れの挨拶だという代わりになまえから与えられた口づけ。
「――いってらっしゃい、あなた」
「ああ、行ってくる」
その言葉と共にもう一度しっかりと抱き合って、2人は別れた。