しあわせを願って
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ディルックは旅を終えてモンドへ帰ってきた。モンドを出たあの日、彼は全てを捨てていったはずなのに捨てきれなかった思いがまだ残されていると理解していた。もはや偏執にも似たそれはずっとディルックの中で燻っている。モンドに帰ってきたディルックが最初になまえと再会した時、彼は自分の心は変わらずなまえにあると彼女に伝えた。
それを聞いた彼女は悲しさの中にほんの少しの嬉しさを滲ませた複雑な顔で困ったように笑った。彼女のその笑顔にディルックもまた複雑な心境になる。けれど彼はなまえに対しての気持ちを告げずにはいられなかった。
「……なまえ。僕は今でも変わりなく君を愛している」
「ディルック様。どうかその話はおっしゃらないで」
ディルックの言葉にやはりなまえは首を振った。千年続いた恨みがたった数年で消えるはずがなく、相も変わらずなまえはモンド城の外にいる。
「あなたが旅に出たことを知った時、私はあなたのお父様が亡くなったと聞きました。もし……お父様がご存命でしたらきっとお許しにならなかったでしょう」
なまえの言葉はディルックの心に深く突き刺さった。ディルックは父のことを尊敬している。だからこそ父の死は彼の人生に暗い影を落としている。父の死というよりも父の死が発端として起こったある事件によってディルックは騎士団という組織を見限った。それが彼の転機となったことは間違いない。ディルックの腕の中で死んだ父。父はなまえと一緒になりたいと思うディルックを許してくれるのか。それは彼には一生わからないことであった。
「誇り高きラグヴィンド家に、汚らわしいローレンスの血など入れる必要はありません」
汚らわしい。そういうなまえの声は少し震えていた。たとえ罪人だと後ろ指を指されてもなまえの生家なのだ。自分の家のことをそんなふうに表現してまでもディルックを拒むなまえの頑なさと優しさにディルックはそこまで言わせてしまったことを悔やんだ。
「僕は君にそうやってローレンスを貶して欲しかったわけじゃない。僕がモンドを出る前になまえに言ったあの言葉が本気だったと知って欲しかっただけなんだ」
「、ディルック様……」
なまえは彼が旅立つ前に何度か言われた言葉を思い出す。もちろんディルックが本気であったことは知っていた。彼の誠実さを彼女はよく知っていたから。ディルックに応えそうになる自分を諫めてなまえは気持ちを落ち着かせる。
「(たとえ私がディルック様をお慕いして、ディルック様も私を望んでくださっても……これは望んではいけないことだもの)」
ローレンスの家名となまえはずっと付き合っていくつもりだ。
「私はもう大丈夫です。あなたがいない間に火も起こせるようになりました。もうひとりで魔物だって倒せます……私はあなたに心配されずとも、ひとりで生きていけます」
なまえは心配と言ったがディルックはなまえの心配だけをしていたわけではない。心配よりも彼は彼女と共にいたかっただけだ。かつて彼が信じた騎士団という光を取り払い、モンドのために闇に生きることを決めた彼が手放したくなかったもの。
たとえ彼女があのローレンスだとしても彼は一向に構わなかった。
けれど、それは彼個人の感情なだけでディルック・ラグヴィンドという人間が許されるものではない。だから彼は策を講じた。なまえ・ローレンスが脅威ではないと周囲に知ってもらう作戦をたて実行した。
ローレンスというマイナス要素を反転させてプラスにさせるという強引で自分勝手な手段を彼女の了承を得ないまま実行し、成功させた。あとはなまえ・ローレンスを頷かせるだけであった。
これが最大で最後の難関であった。
――
なまえにはエウルア・ローレンスという仲の良い同じ一族の人間がいる。ディルックが旅に出ている途中、外で一緒にいたのは彼女だったとなまえを見かけたラグヴィンド家のメイド長であるアデリンから聞いていた。そのエウルア・ローレンスが暗闇の中ディルックの前に立ちふさがっていた。
「こんばんは」
「……君は、」
「挨拶はしなくていいわ。悪いけどこちらも省略させてもらう。人がいつ通るかわからないから手短に話させてもらうわ。……なまえ・ローレンス、知っているわよね?」
エウルアはなまえのことで話があると小さな声で呟いた。静まり返った薄暗い路地裏。なまえとディルックの関係はなまえとディルックのふたりだけの秘密であったがどうやらエウルアも知っているらしい。ディルックが話を聞く態度に変わるとエウルアはディルックに言った。
「彼女に対するその想いは貫くべきよ。なまえはあなたのことが好きだから大丈夫」
それを聞いたディルックが驚いている間にさらに言葉を続けた。エウルアの瞳は良い闇夜でも爛々と輝いていて、ディルック相手でも何としても話を聞いてもらうという強い意志を感じた。
「大丈夫、というよりもっと強引に……そうね、なまえをローレンスから離して欲しい」
ローレンスと離すという遠回しな言葉を使ったけれど、それが何を指すのか聡明なディルックがわからないはずはなかった。それはエウルアの願いでもあった。それだけ言うと貴族の矜持は忘れていないローレンス家の娘らしくエウルアは手短かに別れの挨拶と優雅に礼をした。その後はもう用はないと言わんばかりにディルックの返事も聞かずに立ち去った。
誰かに見られても面倒なことになるに決まっている。それに彼の返事など聞かずともわかっていたのだから。ディルックは立ち去るエウルアの背中を見つめていた。エウルアの瞳は最後までディルックを見定めているようなそんな色をしていた。