ほどけない結び目
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「それとも今の旦那様や歌塵ちゃんのように人の中で生きる仙人もいますから、仙縁は私の知る頃と変わらずに近しいと思ってよろしいのでしょうか?」
「ふむ……」
立っていた旦那様は少し考える様子が見えた。歌塵ちゃんは旦那様よりもずっと前から人の中で生きているらしい。まだ詳しい経緯は知らないけれど、帰終ちゃんが作ったあの鈴に纏わる何かがあったとか、なかったとか……。旦那様に聞いたはずなんだけど一気に詰め込まれた知識は詰め込まれた気になっていただけで重要なことも然程そうではないことも教えてもらったはずの物たちはポロポロと抜け落ちてしまっている。また旦那様に尋ねないと。今度はゆっくりと教えてもらわないといけないよね。私がそんなことを考えている間に旦那様も考えがまとまったのか「そうだな……」と呟くと彼なりの結論を教えてくださった。
「どのような縁であれ、縁とは知らぬ間に結ばれているものもある。そして俺とお前の縁が離れていても、切れなかったように一度結ばれた縁というのは切るのは存外に難しいものだ」
……。私が魔神戦争のほとんどを知らないように旦那様との間には長い時間の隔たりがあった。それはこの世のことわりに則らずに長い眠りについていたことに起因する。それは損傷した肉体を修復させるための呪いとも言えるものだった。
誰かが私を見捨てなかった。誰かが私が生き続けることを願った。その誰かが誰なのか私は知らない。とにかく、その誰かや私を想ってくれた旦那様、多くの友人達のおかげで私は今ここにいる。そのために暗い暗い場所でずっと彼らと共にいることを強いられたとしても怖くなかった。
魔神はこの地の底にいる。それは地下に追いやられたのか、あるいは地に伏し、やがて骸となりそれから大地と同化したのかはわからない。私は魔神戦争の終結を見ていない。彼らだってもはや自我などはなく恨みだけが怨念として降り積もっている状態なのだから魔神戦争の終わりに彼らが何をもたらしたのか、あるいはもたらしているかなんてことを考えるのは私がして良いことじゃない。
「……かつて俺が多くの者達と契約したようにこの璃月の長い歴史の間に仙人達と凡人の縁も結ばれた」
旦那様……魔神モラクスはかつて力弱き凡人との間にひとつの契約を結んだことがある。それは彼と凡人による最初の契約。この璃月が璃月となり得た最初の欠片。かつてのモラクスにとってそれは今とは異なる理由を持っていたかもしれない。
「だからその縁は遠くなろうとも切れることはない。璃月は人の世になったのかもしれないが、俺が凡人の世に紛れるように両者の縁は意外と近くにあるものだ」
「そうですね。……それに、仙人と相対することだけが彼らとの縁を結ぶというわけではありませんよね」
仙人との縁は直接関するものだけではないと思う。縁というものは一方的なものではないから。そんな思いを込めて言葉をつづける。
「降魔大聖が妖魔を滅することで人の子を助けるように、凡人達が海灯祭で仙人を祀るような……そのような結びつきも仙人と人の子の縁と呼べると思うのです」
私が目覚めて初めて見た海灯祭。つまり、岩王帝君が天に還って最初の海灯祭。今は亡き移霄導天真君の姿を見た。かつて人々を守るために角を折り、天衡山を守り、碧水川となった伝説を持つ仙獣。あの祭りは過去に活躍した仙人を讃えるための祭りだと教えてもらった。仙人から直接教えを受けるような縁はなくともこの国の人々は岩の神を敬い、仙人に祈りを捧げている。
「ああ、その通りだ。しかし多くの者はそのような縁に気づいていない。探し物は案外近くにあるものだというのになかなか気づくのは難しいらしい」
「凡人も……あまり変わっていないのですね」
凡人は短命だ。私が知っている凡人達はもうこの世には存在していない。仙人達でさえ、いなくなった者がいるのに凡人がいるはずもない。それなのに、最近出会った璃月港の人々は私の知る者達とあまり変わっていないように思った。彼らは変わらず短い生を懸命に生きている。
「……変わっていないか。ははっ、なまえは……いや、なまえも相変わらずだな」
そう思って素直にそれを口にすると旦那様は私を見つめたまま破顔した。突然そんな反応を返されて驚いた。
「えっ、……もう! 笑うところなんてありませんよ!」
「すまない……、わかっていたんだが実際にお前にそのような反応をされるとやはり嬉しくてな」
「!」
からかわれているように感じて、つい言葉を返してしまったけれど、旦那様にそう言われてハッとした。旦那様のお気持ちは私にもよくわかる。だって、目の前に旦那様がいらっしゃることが現実だってなかなか思えなかったから。
旦那様が私の前でこうしてお話しして、私の言葉に反応を返してくれることの嬉しさ。手をつないでくれること。穏やかな時を過ごされていること。私を見てくれていること。すべて望んでいたことで願っていたこと。それに気づいて己の浅慮を恥じる。同時に旦那様の暖かな気持ちが伝わってすごく嬉しい……。
二つの気持ちは羞恥心として私の中でふくらんで、自らの顔を確かめなくてもわかるほど顔に熱を持っていた。赤らんだ頬に気づいてしまうと尚更、頬は熱くなってしまう。ごまかす様に少しだけ下を向いた。そっと頬に手をあてるとやっぱり熱かった。そんな熱を持ってしまったことも恥ずかしい。でも、結局ごまかせる術なんてなくて赤くなった頬を隠す事をせずに旦那様に笑い返した。