希望の枝葉
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「あらためまして、私はなまえっていうの。あなたは?」
「私? 私は……」
しばらくして私から離れたなまえは先ほどの弾んだ声ではなくすっかり落ち着いた様子だった。名前を聞かれて私は戸惑った。そして気がついた。誰かに名前を聞かれたことがない、と。名前が何かは知っている。個体を指し示す固有名詞のことよね。それなら私はマハールッカデヴァータの後継者である草神。でも……私は本当に草神なのかしら? 私がしていることといえば夢をみることと先代の遺物を使っていることだけ。神だと胸を張っていえるほどの功績を何も残していない。人々は私に祈らない。だから私を指し示すのは草神というものであっても……。
――マハールッカデヴァータ様は、何処におわすのか……
……もしかしたら、私は草神ですらないのかもしれない。賢者たちはずっとマハールッカデヴァータを探しているのだから。草神だと答えようとした私の口は結局、音を出すことはなかった。私はなまえの問いかけに何も答えられなかった。答えられないまま気がつけば夢から覚めていた。
それからも私はなまえと幾度も夢で会うことができた。もちろん毎日じゃないわ。会えないときはアーカーシャで得た情報を復習したりしてすごして会えた時にはその成果をなまえに教えたり、彼女の助言を受けたりした。けれど、彼女はあれ以来私に名前を尋ねることはしなかった。だから私は逆に問いかけた。
「なまえはどうして私の名を聞かないの?」
「えっ……?」
「初めて会ったあの日、たしかに私に尋ねたわ。でもあれから何度も出会っているのにあなたは何も言わない」
「それは……」
「それは?」
「あなたは今多くのことを学んでいる状態だからあまり混乱するようなことは言わない方がいいと思って。あとから反省したの。ごめんね」
謝るなまえに首を振った。
「なまえが謝る必要はないわ。あなたがそんなふうに私の事を考えてくれていたのに話を蒸し返したのだから」
でも、なまえは私が神だと知っているはずよね。だって彼女は最初から私のことを知っていたはずだもの。もしかして……もしかしてなまえは私が胸を張って草神であると答えてほしくて尋ねてきたのかしら?
「そういえばなまえは私が神だって知っているのよね? それなら私が……草神と名乗ったら納得してくれたのかしら?」
「草神?」
「ええ」
気になったから私は彼女に問いかけた。私には自信がなかった。私は神。そのはずなのだけど神だと胸を張っていえるほどの功績を何も残していない。なぜなら私はずっとここから出ていないから。私の質問になまえが何と答えるのかとても気になった。なまえは私の言葉を咀嚼するように少しの間考えていたようだった。
「ちがうよ。それはあなたを示す……うーん、なんて言えば良いのかな……。称号? みたいなもので、私が聞きたかったあなたの名前じゃないよ」
「そうなの?」
意外だった。私は内心とても驚いていたわ。
「うん、私になまえっていう名前があるようにあなたも名前をつけてみたらどうかな。草神じゃなくてあなただけのものを」
「私だけの……ものを……?」
名前……。そんなこと言われるなんて思わなかった。だって名前というのは他者との区別のために必要なものでしょう。私は他者と区別するなんて考えたこともなかった。賢者たちが私に干渉してこない今、私を知るのは私だけだったから。
「名前……、私の……」
「ゆっくり考えたらいいよ。もしあなただけの名前が決まったら私に教えてね」
「……ええ、わかったわ」
私はこの時、人の世のことを知らなかった。そして自分の気持ちを口に出すこともできなかった。自分でも知らないうちに新しい感情を得ていたからなのかもしれない。同時に何も理解していなかったからこそ私の答えは素直にうなずくことだった。
もしも私となまえが初めて出会うのがもっとずっとずっと後の事だったなら、もっと違う答えを出せていたのかもしれないわね。その後、話題は変わり、この日彼女とその話をすることはなかった。そして、ふたたび彼女にその話題を話すことも二度となかった。
「そういえば……もうすぐ誕生日だね。そうだ、花神誕日についてあまり話したことなかったよね」
突然思い出したようになまえがそのように私に提案してくれたから私は素直にうなずいた。誕生日と言われてはじめてもうすぐ誕生日を迎えることを認識した。
「花神のことは覚えている?」
「覚えているわ」
このスメールの地をおさめていた草神の他にもこの地にかつて神と名のつくもの達がいたらしい。
「ずっと昔にね、花神がマハールッカデヴァータの誕生日を祝ったことがあるの」
「マハールッカデヴァータの誕生日に花神は彼女の前で踊ったの。足元には花が咲いた」
「花?」
「うん。……こんな感じの」
どんな花かわからなくて首を傾げる私になまえは目の前に手を出した。そして掌に現れたのは一輪の花。なまえの手の中にあるその花は赤紫だった。
「……綺麗」
「そうだよね。私もそう思う。花神が踊ると足元にこの花が咲いてね、とても……綺麗だった」
なまえはまるで自分が見てきたかのようにそのことを語った。だから無性にその光景が気になってしまった。花神とはどのような人物なのか。花神の舞とは何なのか。足元に花が咲くとはどのようなものなのかしら……。
「私も……見てみたかったわ」
そう思ったから、私の口からはそんな言葉が零れてしまった。いくらなまえが私の世界にいるただひとつの例外だとしても、花神の舞を見たいだなんてそんなこと。花神は私が生まれるずっと前にいなくなったというのに。無理なことなのに。なまえは三柱の神々の話を教えてくれたけどそれを彼女が実際に見たことなんて一言も言ってないのに……。これは私の我儘だわ。なまえが何も答えないから余計に悪いことを言ったみたいに考えてしまう。
「あ、……ごめんなさい。私……」
「……」
思わず謝ったけれどなまえはいつものようにやさしく声をかけてくれることなく、未だに黙ったままだった。そんな彼女に気まずい思いが増長した。何か言葉をかけたほうが良いのかしら?
でも、なんと声をかければいいのかわからない。こういう時、私がなまえしか話をしたことがないという対人関係の浅さを思い知らされる。私がマハールッカデヴァータだったらもう少しまともな答えができたのかしら……?
「……見たい?」
「えっ?」
「花神の舞」
私が自身の対人スキルのなさを嘆いている間になまえが私に話しかけてきた。その声色は常と同じもので、なまえは別に怒りだとかの感情の変化は見られない。ただ先ほどの私の要望に対しての言葉に対しての返事のみだった。その言葉を心の中で反芻してから私は顔をあげた。
「……見られるの?」
「少しだけなら踊れると思う」
「ほ、本当……? それなら見てみたいわ!」
まさかの答えに前のめりになった私。そんな私になまえはさわりだけしか踊れないからとそう言いながら立ち上がった。