そうか、殺してしまえば楽だったんだ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――(Side.Rex Lapis)
「……――ああ、いたんですか」
なまえの声を耳に入れた時、俺は今まで一度も感じた事のないような言い知れぬ気持ちになった。
とても不快で嫌な予感というのだろうか。
無機質で無感動な声。
姿形は彼女なのにまったく別物を前にしているような違和感があった。
「なにか、……御用ですか」
そう言いながら俺を見つめるなまえの瞳は澄んで凪ぐ海のように穏やかだった。
あるいは不動の岩。
崩れることのない固い岩盤を用いた鉱物のような、何があっても動じないそのような……。
初めて見るその瞳の色は透き通るほどどこまでも見通すようで、それでいて何も見出すことができないその色に戸惑った。
何もかも見透かしているような達観したような眼差しは俺には初めて見るなまえの姿であった。
なぜなら、俺にとって彼女は……、なまえとは……。
――あのね、お花……。あなたにも好きになってほしいからあげる!
憧れであり、希望でもあったから。
かつてなまえはそう言って、俺に一輪の花を渡してきた。
それが俺がなまえから最初に物をもらった瞬間だった。
不安そうに俺を見つめる彼女の瞳はいつも様々な色を俺に見せてくれた。
彼女の瞳はいつだってキラキラと輝いて、俺にはとても真似できないものだった。
会うたび……いや、数秒で変わってしまうまるでプリズムのような様々な感情の色を備えていた。
それを見るのが俺にとって楽しみだった。
そんな彼女のことがただ眩しかった。
だから彼女を前にすると俺は気の利いた言葉どころか何かの単語さえも何ひとつ紡げずにいた。
俺が何かを言ったせいで彼女のその瞳が、表情が曇るかもしれないと思うと何も告げられずに碌に会話もできなかった。
それでも俺を前にして、いろいろ話してくれるなまえが好きだった。
だが、そんな彼女もやがてこんな気の利かない男に落胆したのだろう。
俺に話しかけることも無くなった。
帰終はそんな俺に「なまえが話しかけてるのに表情ひとつ変えないなんて信じられない」と呆れ顔。
どうしたらいいのかわからなかったと伝えれば、彼女は大袈裟なほどわざとらしくため息を吐いて、その後「素直にそういえば良いのに」と呟いた。
「そうしたら、なまえだってあなたのその気持ちをわかってくれるはずよ」と。
「だが……、迷惑に思わないだろうか」
俺が口に出した言葉は自分でも驚くほど弱々しい声だった。
帰終はまたため息をついて頭を抱えた。
それから少し考えるように黙っていたが、しばらくして意を決したような面持ちでひとつ質問を口にした。
「……そもそもなぜなまえが気になるの?」
帰終はいつになく真剣で俺もそれに応えようとしたけれど、彼女の望む答えは出せなかった。
だから、俺の今の正直な気持ちを伝えることにした。
「わからない」
答えの出せなかった俺の答えに帰終は笑うことはなかった。
わからないと正直に答えた俺を見つめるその目は優しさが含まれていた。
そのまま彼女は何も言わずに優しく微笑んだ。
帰終の笑みはなまえとはまた違った。
優しい笑みだとは思う。
領民に寄り添い導いてきた優しい彼女らしいと、でもそれだけだ。
なまえのようにずっと見ていたいとか、その笑顔だけがずっと心に置いておきたいとかそう言う気持ちにはならなかった。
帰終には戦う力がほとんどないのに、なぜ俺は戦えるなまえの方をを守りたいなんて思うのだろう。
――お花、受け取ってくれる?
あの時、なまえに差し出された花を思わず受け取った俺に嬉しそうに笑いかけた姿が忘れられない。
それがどう言った感情から見出した気持ちなのか俺は知らない。
だから、……俺はこう答えるしかない。
「――わからない。だが、彼女を見ていると俺はとても気持ちが安らぐ」
遠くでなまえが人間の子供達と遊んでいた。
嬉しそうな笑顔でその顔を見ると俺も一緒に心がなんだかあたたかくなるような気がして。
こんな経験は初めてだった。
これが楽しいとか嬉しいという気持ちなのだろうかと、最近ようやく理解できるようになった。
「……なんだ。笑えるじゃない」
不意に帰終が呟いた言葉をうまく理解できなくて彼女へと視線を移した。
「あなたって、いつも難しい顔をしてると思っていたけど、ちゃんと笑えるのね」
「……笑う? ……俺が?」
帰終が俺を見て嬉しそうに笑った。
目を細める前の彼女の瞳に映っていた俺は確かに少しだけ笑っていた。
その事実が信じられなかった。
だが俺の記憶に間違いはない。
何度思い直しても俺は確かに無表情ではなかった。
なまえに比べると笑顔なんていうには烏滸がましいけれど。
比較対象に目の前の帰終ではなくなまえを思い浮かべてしまうなんて。
「――その顔でなまえに答えたらきっとあの子も喜ぶと思うわ」
帰終はまるで自分のことのようになまえの気持ちを代弁していた。
それが彼女達二人の仲の良さが露呈しているようで少しだけ羨ましい。
「……だが、もう俺には話しかけてくれないだろうな。彼女は……人気者だから」
帰終が話した言葉に首を振る。
俺のような何の面白みもない魔神に対して子供にも慕われるような忙しい彼女がもう優しさを見せてくれることなどあり得ない。
だが、子供と遊んで走り回る楽しそうななまえの声はどんな時でも耳に入る。
遠くにいても俺に彼女が見えていなくても、彼女が俺に気づかなくてもなまえの声や姿だけはすぐに判別できた。
本当はもう答えは出ていたのだ。
俺が気付かずに知らなかっただけで……俺の中でも、そして俺の話を聞いていた帰終の中でも……。
だから、帰終はそれを俺に告げたかったのだろう。
塵の魔神ではなく、なまえと俺の友としての帰終は俺に教えるべきだと思ったのだろう。
けれど、それを俺は知ることができなかった。
この時に俺が知っていれば……――
――――
――
「――? もしかして……この場所に用、ですか?」
「え、……いや、俺は……」
お前のことが心配だったと本当のことを言えばいいだけなのに、やっぱりなまえの前ではうまく言葉を紡げない。
嫌な予感となまえが近くにいる事実に頭が少し混乱しているようだ。
気持ちが、考えがうまくまとまらない。
そんな戸惑いのせいで言葉を紡げなかった俺を何も気にすることもなく、なまえは用がないなら別にいいとそうすっぱりと切り捨ててひとりでどこかへと歩いて行った。
姿が見えないから探していたとそう言う余裕すらなく伸ばした手が空を切り、彼女の姿が見えなくなるまで見ていることしかできなかった。
そんな彼女の様子はいなくなる前の彼女ではないことは明らかで、でも俺の記憶の中の彼女の癖や動作とは違いはなかった。
ずっと見ていたからなまえがなまえではない“何か”であればすぐにわかる。
けれど、あれは間違いなく彼女だ。
「なまえ……」
一体彼女に何があったのか俺がわかることは何もなかった。
立ち去ってしまった彼女の後ろ姿は俺が今まで見ていた彼女とは全く異なって見えた。