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「そういえば幼い頃……家の書斎でエウルアと古い本を読んだことがあるのです。私達は2人ともまだ幼くその本はとても難しいものでした。ですがそのタイトルだけは読めました」
幼いなまえ達が偶然手にした本は今やモンドの図書館でも珍しいような本である。
旧貴族の歴史について書かれた本であり、幼い子供が読むには難しい本であった。
だけど幼い二人はその本を手に取った。
偶然の出会いがその後の人生を変えたのだ。
「辞書を片手にエウルアと毎日読みました。そこでローレンスのはじまりを知ったのです」
「なまえと彼女は従姉妹だったな」
「はい。年が近かったので私達はよく遊んでいたんですよ。最初のローレンス……いえ旧貴族の方々は貧しきものを助け、導くような存在だったらしいのです。しかし、時が経つにつれ権力や地位にしがみつくようになり次第に圧政を敷くようになったと書かれていました」
何度も読んだことでボロボロになってしまった本を思い出しながらなまえは話す。
ディルックは静かに聞いていた。
なまえが幼い頃のことを話すのは珍しいからだ。
「その本を読んだ頃にエウルアと私は剣を習うようになったのですが才ある彼女とは違い私には剣の才はございませんでした。ですから、私は……」
「なまえ……」
ローレンスが家としてなまえに望んだことをディルックは知っていた。
権力を望む家の娘というものは往々としてそのように利用されることがある。
堅氷の試練を突破したエウルアが例外であるだけだ。
ディルックだってなまえと出会わなければもしかしたら……。
そしてなまえもまたディルックと出会わなければそうなっていただろう。
いや、今でもそのように望まれているのかもしれない。
「とにかく、私達はローレンスの……最初の貴族の優しさを知ってしまったのです。私は今のローレンス家の全てが悪だとは思いません」
なまえはどこか甘い娘だった。
エウルアのようにローレンスが何かをすれば己の手で罪を償わせると心に決めているわけではない。
護身術しか身に着けていない彼女だからこその甘さかもしれない。
「モンド城内の方々だって未だに恨みを持っているのです。彼らにとってもう千年も前のことなのに……今の彼らにローレンスが何をしたのでしょうか」
だけど、物事を客観的に見ることもできる。
少なくとも1000年前の恨みを続けているモンドの住民たちよりもずっと。
「悪意に満ちた目で見られることの悲しさや虚しさはきっと同じ目にあった者にしかわかりません。それにわかってもらおうとも思いません。彼らにとって恨むことも……自由のひとつなのでしょうか」
モンドは自由の国である。
かつてそう風神が告げたから。
神でさえも人の自由を邪魔できない。
神自身がそう決めたから。
それは大衆にとっては良いことなのかもしれない。
しがらみもなく人生を謳歌できるのだから。
けれど、なまえには違った。
他の人がどう考えているかはわからないがなまえはその自由を定めた風神を好きではない。
「ディルック様、私はきっと……風神を信仰できません」
なまえは、はじめてディルックにその秘密を打ち明けた。
それはディルックだけではない。
風神を信仰する。
風と共に生きてきたモンド人にはその熱量は違えど当然のように備わっているその感情。
「私は風神の前であなたと共にあることを誓いました。けれど、本当は……本当は、神を信じていないのです」
ディルックの妻としてラグヴィンド家の人間として生きていくのならばきっと風神を信仰するべきである。
なまえは風神を、風神の導いたモンド人の精神を持とうと努力した。
風神を讃える書物を読み、友人になった西風教会の祈祷牧師バーバラから風神についてさまざまなことを教えてもらった。
グンヒルド家として風神の代わりに西風騎士団としてモンドを守るために風神の守護というものをよく理解している獅牙騎士ジン・グンヒルドにも話を聞かせてもらった。
でも、どれも徒労に終わった。
なまえは風神を好きにはなれなかった。
「それをいつかお伝えせねばならないとそう思っていました。……ごめんなさい、ディルック様。ずっとお話ししたかったのですが、こんな私を知られるのが怖くて今日になってしまいました」
「なまえ、僕は……」
ごめんなさいと心底申し訳なさそうに謝るなまえにディルックはこれは別れなのかもしれないと思った。
あの結婚は神の前で誓った正式な誓いだと今の今まで信じて疑わなかった。
けれど、なまえは誓いではないとそう話した。
なまえは多くのモンド人とは違い神を信仰していないと口にした。
風神信仰を司る西風教会がある一定の権力を持つこのモンドでそれを口にすると彼女の出自も相まってとても肩身の狭い思いをするだろう。
そんな思いをするのを知っていながらなまえはディルックに告げた。