ずっと迷惑な君でいてね
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「あれ? ……ティナリちゃん?」
木々の間から上を向いて雨の様子をティナリが見ていると声をかける者がいた。
どうしたのと言わんばかりのなまえが歩いていた。
「なまえ、今日は……」
「あっ、ごめんなさい。探しに来てくれたんだよね。どうしても気になることがあって……」
そんななまえの手には大きな葉っぱ。
撥水性のあるその葉は緊急時には雨宿りとして、あるいは傘として使われることもあった。
ティナリはあらかじめ対策を講じていることもあって濡れることに鈍感な方なので使うことは少ないが軽装で歩くなまえは雨の時は重宝していた。
それは彼女がアムリタ学院にいた時から変わらない。
どの葉っぱが水を弾きやすいか、どの葉が一番軽いのか膨大な経験からなまえは知っている。
そんな彼女と共に研鑽してきたティナリも自然と覚えてしまった。
なまえと歩いた学院時代の経験はレンジャーになっても、いやレンジャーになったからこそ活かされているものも多い。
「そっか。でもいつも言うけど一人で森に行かないで。もし死域があったら大変だろ? ただでさえ最近は多くなってるんだから」
「うん。でも、……あの場所には一人で行きたいの」
なまえはいつも一人で森に行く。
なぜかと理由を聞いて話してくれたのは一度だけ。
それは同じようにティナリが森に入ったなまえを見つけ出した帰り道。
「ほら聞いたことない?」
「何を?」
「知らないの? ……そっか、そうだよね。あのね……幼い頃によく聞いた話なんだけど」
そうしてなまえがティナリに教えたのはアランナラという不思議な生き物の話。
森の精霊だという小さな住人のこと。
「なまえは……見たことあるの?」
「んー? なにを?」
「アランナラ」
そうティナリが訪ねた時、なまえはにっこりとはぐらかすだけだったけどティナリは知っていた。
以前、まだ学生だった時に学院でなまえが話していたから。
「……森の奥に小さな友達がいるんだよね。とても純粋で、とても可愛くて、とても物知りで世間知らずな大切な友達」
その時は何の話なのかティナリにはわからなかった。
なまえもそれ以上は決して口にはしなかった。
だけど、もうそれが何をさすのかわかっている。
それだけティナリはなまえと共にいた。
長い間一緒に過ごしていたから本当はもう知っている。
なまえが森に行くのは一人で考えたいことがあるからだって。
もしくは“友達”に会いに行くということを。
だからこそティナリが何度も注意をしても幾日か経てばふらりと村から消える。
本当は“友達”が助けてくれるからティナリが探しに行く必要はないということも知っている。
それに彼が探しに行かずともなまえは一人で帰って来ることができるだけの力は持っているのだから。
でもティナリはなまえのことが心配なのだ。
今の森は危険だ。
死域が勢力を広げているのならばなまえだって怪我するかもしれない。
もしなまえが怪我をしたら……。
そう思うとティナリはいてもたってもいられなくなる。
その心配をなまえはきっと同級生の好だと考えているのだろう。
だからティナリの言葉を受け入れても、森に行くことはやめない。
……違う。
なまえはそんな言われる人との関係性によって態度を変えるような人間ではない。
わかっている。
彼女の友が森の奥にいる限り、ずっとそれは続けられる。
スメール人なら、研究者なら誰もが憧れる学院を卒業することよりも家族をとった彼女だからこその選択だとわかっている。
わかっているのに放っておけないのはなまえを信用していないからではない。
「それにしても、最近急に背が伸びたね」
「……え?」
「ほら見て、ティナリちゃん」
腕を上げないと葉っぱがあたっちゃう。
そう言ってなまえは葉っぱを持つ手を主張した。
「男の子だもんね。いつのまにかそんなに背も高くなっちゃって……昔は私よりも小さかったのにね」
教令院に入った時も、なまえがガンダルヴァー村に帰った時もまだティナリの身長はなまえよりも低かった。
けれど今はもうなまえの背を越して視線の立場は逆転した。
葉っぱの傘をティナリが濡れないようになまえが掲げながらクスクスと楽しそうに笑う。
「探しに来てくれてありがとう。でも、いつも心配かけてごめんね。少しずつティナリちゃんに迷惑かけないように頑張るからね」
「――なまえ。僕のことは気にしないで」
「そんなわけにいかないよ。だって私はティナリちゃんよりもお姉さんだからね!」
そう言って落ちる雫や雨音を背景にしてなまえはティナリに笑いかける。
そうやってティナリに笑ってみせるからこそ彼女が年上だという余裕が見えて心がざわつく。
胸が苦しい。
少しだけ……、そう少しだけ。
なまえの笑顔を壊すのが怖くてその苦しさを改善する術を知っていてもなかなか実行に移せない。
だから遠回りになってしまう。
でも伝えずにはいられない。
そんな相反する感情の波に流されて、ときどき自制できないような自暴自棄になりたくなる。
けれど、そんなティナリをみてなまえの態度が変わらないとはとても思えないし、何よりそんな自分をなまえだけには絶対に見せたくない。
そんなことを考えていたのに、結局彼はなまえの手を握っていた。
「!? ……てぃ、ティナリ、ちゃ……ん、……?」
「なまえ……、僕はなまえにいつまでも迷惑をかけてほしい。君にはずっと僕に心配してほしいと思っていてほしいんだ」
驚きと戸惑いの中でなまえはティナリに向けていた視線を泳がせた。
先程とは違う彼女の様子にティナリは少しだけ苦しかったはずの胸の内が軽くなった。
このまま研究みたいに積極的にいければティナリは楽になれるのだろうか。
今までずっと秘めていた思いだからこそ簡単に告げることはできない。
はっきりと言わないと伝わらないのにそれでも思いを告げられないのはなまえがティナリに対して「お姉さん」だと強調するからだ。
でも戸惑うなまえの手を放さないのは彼なりの「お姉さん」に対する抵抗だった。
らしくないってことはわかっている。
でもこれが彼のなまえに対して最大の譲歩であり、最善の歩み寄りだった。
なまえとの距離を遠ざけないための自己防衛ともいえるだろうか。
思わぬ出来事に戸惑い逸らされたなまえの瞳がそろりとティナリを見た。
握る手にさらに力をこめて彼女を見つめてもう一度力強く名前を呼んだ。
ティナリの行動になまえはもう彼から視線を外せなかった。
「だからずっと――、僕に君を探させて」
ティナリの言葉に秘められた本当の意味をなまえは気づいてくれるのだろうか。
設定
なまえ
ガンダルヴァー村の人間。元々はティナリの教令院時代の同期であるが家庭の事情で家に帰ってきた。森に好かれていて、森の奥に住まう住人達とも仲が良い。塞ごうとしていた穴はもう修復不可になってしまったので小さな友達と一緒に補強することにした。
ティナリ
レンジャー長。なまえとは教令院の同期で切磋琢磨した仲であるがなまえの方が少しだけお姉さん。彼女が親の後を継ぐために家に帰った後、追いかけるようにガンダルヴァー村のレンジャーとなった。教令院時代からなまえのことが好きだったが自覚したのはなまえが教令院をやめた後。