ずっと迷惑な君でいてね
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―――
ところ変わってガンダルヴァー村。
村を代表すると言ってもいいレンジャー長のティナリはまたいつもの報告を受けていた。
報告というより連絡だ。
「大レンジャー長!」
「……。その呼び方はやめてくれ……」
「す、すみません……。ティナリ先生……」
大レンジャー長。
近頃レンジャー達がなぜかティナリをそう呼ぶようになっていた。
気づいた時にはすでに遅く、多くの者が彼のことをそう呼んでそれが定着しつつあった。
なぜそのように呼ばれだしたのかと考えた時、ある1人の友人の顔が浮かんだ。
そのせいで大マッハマシンとかいう全く面白味もないよくわからない単語が思い出されて頭も痛くなった。
その言葉を言った彼はとても自信作だったようだが。
……これは良くない。
訂正しなければ。
そうして呼び名を直すように告げたけど一度変わった呼び名をなおすことはなかなかに時間がかかるものだ。
気長に構えるかとティナリは考えながらもいちいち訂正することにした。
そうでなければ彼の呼び名は大レンジャー長に固定されてしまう危険があるからだ。
今まで学院で学んだ知識を活かしてレンジャー達にその学びを教授していたため先生とは呼ばれていたりした。
たしかにそれも慣れるまでは気恥ずかしいものであったが大レンジャー長なる呼び名はそういう問題とは別次元だ。
そのような呼び名だけはさすがに勘弁してほしい。
この呼び名がこれ以上広がるのを防ぎつつ、訂正していかなければならない。
骨が折れる仕事だが何事も地道にしていくのが近道であることを知っている。
そんな考えはそこそこに打ち切って目の前の彼がなぜここにきたのか理由を再度尋ねることにした。
「……それで、何かあった?」
「 あ、そうでした! ……あの、ティナリ先生……なまえがいません」
「…………」
それはなまえがいないというものだった。
雨が降りそうだからと報告してきたレンジャーはティナリに話した。
なまえとはガンダルヴァー村で酒場兼料理屋兼宿屋を営む家の娘の名である。
小さな村だからこういう施設は兼業をしているのだ。
ちなみに彼女は村人の1人でありレンジャーではない。
そんななまえは時折誰にも行先を言わずにふらりといなくなる。
森に行くことは確かなのだが誰も向かった先を知らないという。
ここ最近のアビディアの森は危険だ。
死域が急速に力をつけており森の衰弱は加速している。
キノコン達も数を増やし、死域も多い。
村の近くにも目撃情報がある。
本当に危険な状態だからこそレンジャー達は気を張りつめてパトロールの回数も増やしている。
それでも、ガンダルヴァー村をはじめとした雨林に住む人々は森とはきっても切れない縁で結ばれている。
完全な立ち入り禁止にはできない。
なぜなら村人達は森と共に生きているのだから。
「教えてくれてありがとう。もう少し経っても帰ってこなかったら探しに行くよ」
なまえを探しに行くのはいつもティナリの役目だった。
少し年上の彼女はふらっと森に出かけては帰ってこないことが多い。
その度にティナリは森に出かけてはなまえを探し出していた。
そもそも大マハマトラの名をもじって大レンジャー長と呼ばれてしまったほど優秀なレンジャーであるティナリが何故ただの村人の1人にすぎないなまえを探しに行く担当なのか。
それにはなまえの経歴が大きく関わっていた。
ティナリがレンジャーになる前から2人は知り合いだった。
そもそもティナリがガンダルヴァー村のレンジャーになった根本的な理由こそが彼女の存在であった。
なまえとティナリは教令院での同期だった。
入学するには若いと呼ばれる年齢で入学したティナリよりもなまえは年上だったが長閑なガンダルヴァー村で育った彼女はどこか呑気な性分でティナリはよく世話を焼いていた。
彼がその知識と人となりから多くの人に認められるようになる前の話だ。
それになまえはティナリが自分より年下だからと言って横柄な態度や馬鹿にすることもなかった。
だからこそ二人は同じアムリタ学院で学び、研鑽していたのに。
――研究はいつでもできるから
なまえはせっかく入学した教令院を退学した。
休学すればという先生の提案にも先の見えないことだからとそう言って、退学の道をとった。
ティナリがそれを知ったのはなまえが教令院を去るその日だった。
――ごめんね、……――。
そう最後にティナリに告げて教令院を去ったなまえ。
それから数年後ティナリは教令院を無事に卒業した。
そして、彼は今なまえの住むガンダルヴァー村でレンジャー長をしている。
レンジャーとして森を守ろうと思ったのはただ単にティナリが幼い頃から森に親しみを持っていたからだ。
今でも大切にしているあの少し古びたあの虫眼鏡と共に歩き回り観察した日々は今でも彼の宝物であり、はじまりである。
そんな森の異変は彼にとって看過できるものではなかった。
でもこのガンダルヴァー村を拠点と定めたのはずっと心に引っかかっているものを解消するためだった。
心残りを思い出で済ませるほどティナリは諦めが良いわけでも成熟しているわけでもなかった。
つまるところティナリは中途退学した年上の同級生を忘れられなかった。
教令院の中で多くの書物に囲まれていようとも。
パルディスディアイで植物を観察して研究しようとも。
さまざまな人がティナリの元を訪れて活発な意見の場ができようとも。
森の中でキノコンや多くの動植物に囲まれていようとも。
どこにいても何をしていてもそこかしこになまえとの思い出が転がっていて彼は事あるごとに退学した同期の姿を思い浮かべた。
――レンジャーになろうと思うんだ
だからティナリは卒業前なまえに会いに来た時にそう告げた。
その時の驚きを含んだ表情。
久しぶりにみる表情は想像していた通りで。
理由を話すと嬉しそうに応援するとティナリなら素敵なレンジャー長になれると笑った顔。
眩しい。
ただ純粋に応援してくれるなまえの姿が嬉しくて、少し苦しい。
そんなティナリの心に気がつく事なく、なまえの中ではいつでもティナリは年下の仲の良い同期だった。
それは彼がアムリタ学院の学生であろうともレンジャー長となっても変わらない。
ティナリにとってのなまえとなまえにとってのティナリの思いは同じではない。
だからこそティナリはなまえを連れ戻す役目を買って出る。
それで意識してもらえるなんて思わない。
ただ迎えにきた元同期だという認識が深まるだけでその奥に隠した気持ちには気づかないだろう。
なまえはそういう女の子だ。
でもだからといって他人に任せようなんてことは思わない。
なまえを見つけることはティナリの役目であり続けたい。
他人に任せることは決してない。
理由は告げずとも他の者もそれは知っていてなまえが長時間いなくなると決まってティナリの元に人々はやってきた。
村人の安全を守ることはレンジャーの責務である。
当然、なまえを守ることもレンジャーの……ティナリの役目となる。
そんなことを考えながら村を出て森を歩いていたティナリに訪れたのは雨だった。
想定よりも早い降雨にティナリは焦る。
そして彼は咄嗟に大木の下に入った。