二者択一はままならぬ
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――
旦那様は私に昨夜今日は特別な用事がないと教えてくれていた。
だから、今朝歌塵ちゃんの琴を聞きに行こうとする私に彼は何かあればここに来ると良いと自らの所在を明かしてくれた。
2人といた場所から少し離れていたし、少し見つけるのに時間がかかりそう……。
そう思っていたけれど、通行人に聞いたらあっさりと旦那様の居場所がわかったので今日はついているのかもしれない。
教えてもらった場所に行けば見慣れた姿が見えてほっと一安心。
「帝君!」
後ろ姿に声をかけると彼は振り向いた。
「なまえ? 早いな。何かあったのか?」
「いえ、……あの今お手隙ですか? えっと、実は帰終ちゃんと留雲ちゃんが……」
私のもとに向かってきた彼と合流して、心配する彼に事情を説明する。
そうして私ははここに来た顛末について語った。
帰終ちゃんと留雲ちゃんの仕掛けの術は素晴らしい物であると彼も知っている。
だから複雑な説明などは必要なかったし、彼女達に会うことは彼も知っていた。
「――というわけなんです。私からすればどちらもすごい物に見えて……2人とも熱心に説明してくれるのです。ですが帝君もご存知の通り、私には無機物の優劣を決められるような慧眼もなくて……それに、私じゃ色々考えちゃうから……そのせいで2人のからくりの優劣の判断ができないの……」
「……ふむ」
「だから一緒に来て助けてほしいなって思ったんですが……ごめんなさい、お忙しい、よね……?」
私がした説明に少し考えるようなしぐさを見せた。
お忙しいなら申し訳ないなと思いながら旦那様のお返事を待つ。
「図面と実物はあるんだな?」
「はい、あります。帝君になら2人も見せてくれるはずです」
そう尋ねられて間髪入れずに頷いた。
その言葉から2人の元へ行って判断を下してくれるのだろうと理解した。
「わかった。案内してくれるか?」
「本当? ありがとうございます!!」
私は彼の手をとった。
「ちょっと距離があるから2人を待たせているんです! お急ぎくださいませ!!」
「お、おい、なまえ……!」
そう言って後の返事を聞かずに私は彼を伴い走り出した。
旦那様を伴って、私が帰終ちゃんと留雲ちゃんのもとに戻った時、いない間に何かあったのか2人の間にはバチバチと火花が散っているように見えた。
きっとさらに議論を重ねて熱くなっちゃったんだろうと思う。
「待たせてごめんね! 旦那様連れてきたから!!」
そう言って私は旦那様を前に押し出して2人の注意を引き寄せた。
――――
――
「……ふむ」
私の横に立つ旦那様は静かに2人の作品をひとつずつ手にとり吟味している。
まず全体を簡単に確認して、上から見たり横から見たり……。
時々製作者たちに質問を投げかけたりして真剣な様子。
そんな旦那様に感化されてか、実際に批評を受けていると言う実感か辺りの雰囲気は少し緊張が走っているように思えた。
勝負とは関係ないはずなのに私までなんだか当事者のように緊張してしまう。
帰終ちゃんと留雲ちゃんを見てきたからどちらの方が優れているかなんて順番はつけなくても良いのではと思いつつもそれが技術向上のために必要なことも理解している。
旦那様のように公明正大になれたらいいのだけれど、なかなかそうもいかず私はよく私情をいれてしまう。
だからこそこういう場での優劣を競う判断は不向きである。
そんなことを考えながらドキドキして旦那様と帰終ちゃんと留雲ちゃんの様子を祈るように見ていた。
でも旦那様が判断を下さないはずもなく、手にしていたからくりを食卓に戻して暫し考えてから彼は口を開いた。
「――――2人のからくりはよく考えられて精巧にできている。なまえが俺に助けを求めるのもわかる。……そうだな、まず簡単に2つものについて比べてみよう」
そう言って、旦那様はひとつずつの特徴と秀でている部分を丁寧に説明した。
帰終ちゃんも留雲ちゃんもうんうんと納得するように頷いている。
私にもわかりやすい説明に2人の作ったからくりを思わず見てなるほどなーと私も理解を深めることができた。
「どちらも甲乙つけ難く、共に優れた物であることは俺が保証しよう。だが2人がこの場を設けたのは優劣を決めるためのものだと聞いた。そのためになまえは俺を呼んだ、と。だからどちらがより優れているのかを決めなければならない」
「「「……」」」
そうして旦那様は今回のこの仕掛けの術はどちらがより優れているか、判断を下したようだ。
2人の視線が旦那様に集まって、私も自分のことじゃないのに手が震えてきた。
そんな緊張感の中、旦那様は判断を下された。
「俺の見立てでは帰終の翳狐からくりのほうがやや優っていると判断した」
「ほ、本当……?」
「ああ、俺はそう見る。例えば先ほども告げた……」
「嬉しい!」
そう言って笑顔になった帰終ちゃんは旦那様の言葉を遮ってしまった事にも気づかずに飛び跳ねて喜びを表現した。
それから「やったわなまえ!」と私に抱きついてきた。
帰終ちゃんがそんなふうに喜ぶから私も嬉しくなって2人でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「……続きを話してもいいだろうか」
「あっ、ご、ごめんね! 帰終ちゃんと盛り上がっちゃって……」
旦那様の指摘に子供みたいでなんだか恥ずかしくなって帰終ちゃんから離れて、旦那様の横に戻る。
旦那様は続きを話し出してそれに答えるように帰終ちゃんは言葉を紡ぐ。
その内容は笑顔で話してるのに中身はとても難しくて私は仲間に入れない。
ちんぷんかんぷんな話にあとで帰終ちゃんに解説してもらおうと心に決めた。
だから口を挟むことなく2人を見る。
そうしていると、留雲ちゃんの背中が見えて、どこかへ立ち去ろうとしていることに気づいた。
無意識のうちに彼女を追いかけようとした。
その時、腕を掴まれた。
「どこへ行く」
「!」
「なまえ?」
旦那様だ。
旦那様はじっと私を見つめていた。
会話が突然途切れたことで帰終ちゃんも私を見ている。
留雲ちゃんを追いかけようとしたのは完全に意識の外の産物だったから、とてもびっくりした。
「なまえ、勝手に俺の前から消えようとするな」
「……ごめんなさい。無意識だったの。留雲ちゃんの背中が見えて……」
「留雲? ああ、そうか。……そうだな、俺たちよりもお前が行ったほうがいいだろう」
そう言われて私もそうだと思った。
いくら留雲ちゃんが帰終ちゃんの腕を認めていたとしても今は一緒に行かない方がいいと思う。
こういう時は少し時間と距離が必要だ。
だから旦那様と帰終ちゃんにはそこで待っててもらうことにした。