望まぬ終焉のその先で
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――魔神の侵攻は突然であった。混戦になって、その犠牲は多くはないが少なくもない。しかし戦えない民の犠牲は最小限にとどめられたはずだ。侵攻してきたはずの敵が退いていく姿を見て誰かの声が勝利を伝えてくる。盛り上がる領民や領主たる魔神を慕う仙人達。だが、肝心の領主たる魔神達の姿が見当たらない。そのことに気づきだすと
「……っ」
彼女がそこにたどり着いた時、すでにすべてが終わった後だった。目に見えるほどの瘴気が渦巻くその地は、ひと目見て酷い有様だった。地に伏せる者たちは皆物言わぬ屍となっており、ここが激戦地であったことの証明になった。岩の魔神がその中で1人静かに何かを抱えて座っている。彼だけがこの場所で生きているように見えた。周りには何かの痕跡があってそれが敵方の魔神の末路だということは後になって知った。ようやく見つけた岩の魔神の姿に安堵したことはよく覚えていた。
そのまま岩の魔神へと近づいたが彼は顔をあげようとすらしなかった。そこまで近づいてようやく彼が抱えていた何かの姿を認めて。それは彼女がよく知る友であることに気づいて思わず名前を呼んだ。
「……、なまえ……?」
「……」
思わずその友の名を呼ぶ。だが彼女の声に応えるものはいなかった。留雲借風真君が見たなまえは酷い有様で思わず息を呑んだ。いつもなら肌のほとんどを隠していたはずの衣服はボロボロになって所々破れている。そのせいで素肌が見えて、そこから無数の傷が見える。切り傷、刺し傷、打撲痕。それこそ小さいものから大きいものまで。いつもは明るい笑顔が印象的だったはずのその顔も今は目を開けることもなく閉じられたままだ。顔色も悪い。そう、それはまるで……。
「――、」
「帰終……塵の魔神は、死んだ。……俺は、なまえとの契約を守れなかった……」
「!」
彼女がそれを言葉にしようとしたところ、岩の魔神が言葉を被せてきた。まるで留雲借風真君の思考を遮るかのように紡がれたその言葉。彼がそのように意図したのかは彼女にはわからない。岩の魔神はただそう言って目を閉じたままのなまえを抱き寄せた。
「なまえが俺と契約した時、守れと言った。……だからこそ、俺は、……」
なまえと彼の交わした契約の内容を彼女は知らない。しかし彼の言葉の続きは聞こえなくとも留雲借風真君には想像がついた。塵の魔神は死に、なまえは目を覚さない。それでも彼女の肉体は存在している。まだ死んでいないという証になる。それが2人にとっては不幸中の幸いであった。
「……、これからどうするのですか」
「……」
塵の魔神の死は彼らの盟友関係の終焉と帰離原の崩壊をも意味する。どの道これだけ荒らされたらもう再興は難しいのかもしれない。そう留雲借風真君が尋ねると、岩の魔神はなまえの頬を慈しむように撫でた。泥か血か。どちらかさえ、もうわからないそれを丁寧に拭いとるのみで何も答えなかった。しばらくして、なまえを抱いたまま彼は立ち上がった。
「帰離原の民は皆、俺が引き受けよう……そのように手配してくれ」
「そう伝えましょう。これから南方へ参るのでしょうか」
それは帰離原を放棄するという彼の宣言だった。この場所は人が住むには土地が荒れすぎた。魔神の死によって引き起こされる瘴気も人には毒だ。今逃げ伸びた民は南に集まりつつある。南方には岩の魔神の単独領地であった璃月がある。塵の魔神と同盟を結んだときに、帰離原に移住した領民は多かったが全てではなかった。璃月から離れたくないという民もおり、岩の魔神は彼らのために璃月の維持もしていた。幸いなことに塵の魔神の傍には居候という名でなまえがいた。彼女と契約を結ぶことで帰離原と璃月の守りをうまく担っていたのだ。それが仇になるとはその時の彼には思いもよらぬことであった。
なまえは彼との契約を守り、それに全力で答えた。かつての彼ならそれは当然のことであったが、今の彼には辛い結果をもたらした。塵の魔神の死と同様になまえの今の状態は彼の心を磨耗させるには十分すぎるものだった。留雲借風真君と話しているその間もずっと、岩の魔神はなまえを見ていた。その時ポタリとなまえの手から血が滴り落ちる。血が大地を汚す。跳ねた血は近くにいた岩の魔神の足に少しだけついた。それを知りながらも彼は何の行動も起こさなかった。血を気にすることもなくなまえの様子をじっと見つめた後、ようやく彼は顔をあげた。彼の金珀のような瞳は留雲借風真君を射抜く。
「……そうだな、それが良さそうだ」
そう呟くように同意すると彼は彼女から視線を外し北の方角を見つめた。帰離原の先、山の方を見てじっと何かを考えているように見えた。その間も彼の腕に抱かれたなまえはぴくりとも反応を示さない。彼はそれだけを留雲借風真君に伝えると、後は何も言うこともなく彼女に背を向けた。そのままなまえを抱えたまま北へ歩いていく。彼の白い衣が風によって翻る。徐々に小さくなるその姿を留雲借風真君は眺めるだけで止めようとは思わなかった。
戦いが終わった今、敵の進攻もない。攻め寄せた魔神達はもういない。だからこそ今はただ岩の魔神の望むようにしてほしかった。彼の姿が見えなくなって、ようやく彼女は行動を再開した。そうして彼が先ほどまでいたそこを見ると見慣れた簪が落ちていた。少し壊れたそれはなまえの物だった。かつて岩の魔神が贈ったそれは木の軸と鉱物で装飾されている美しい簪であった。
もともとはすべて岩で作ってあったが試作段階で帰終と留雲借風真君に重いと言われたせいで作り直した物だ。彼としては丈夫なものをと思ったそうだ。だが普段使いにはできないと帰終に言われていた。そんな出来事を思い出しながら彼女はそれを丁寧に拾い上げる。もうあの頃のような美しく楽しい思い出には2度と出会えない。そんな物悲しさが留雲借風真君の胸に去来した。