しあわせを願って
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
メイドの気持ち(Adelinde)
ラグヴィンド家に長年仕えているメイド長であるアデリンは以前より主家の嫡男であるディルックにある頼み事をされていた。それはなまえ・ローレンスという人物についての見極めだった。
ローレンスという家名はモンドに住む者にとってある種の特別な意味を持つ。千年前に没落した旧貴族の名はモンドに生まれたものなら誰でも知っている。はじめてそのことをディルックから相談された時アデリンはそのローレンスの人間がラグヴィンド家、ひいてはモンドに対する脅威になるのだろうと思った。聡明な次期当主はそういう脅威にも目を光らせているのだと。それをディルックに尋ねると彼は少し困ったような、残念そうな顔をした。
「そういうわけじゃないんだ。僕は……。いや、なまえ・ローレンスという娘について君の率直な意見を聞きたいと思う。アデリンの時間がある時で構わないし、いつでもいい。君の評価が定まったら僕に教えて欲しい」
父には秘密にして欲しいと頼まれたそれはよく考えるとおかしな頼みであった。その後、アデリンは忙しさからその頼みを実行に移せないまま時が過ぎた。ディルックの父親である当主が不慮の死を遂げた後、彼は騎士団を退団してモンドから去った。だから現在ディルックはモンドにはいないがきっとあの時の頼みは有効であるはず。ただアデリンはなまえ・ローレンスを今も見極められていない。
なまえ・ローレンスとはアデリンが想像していた人物とは真逆の人間であった。昼間はモンドの城外に大抵いて、そのほとんどの時間を1人で過ごしていた。時折、西風騎士団に所属した彼女と同じ一族であるエウルア・ローレンスが側にいるのを見かけたこともある。なまえはアデリンが想像していたような危険な人物ではなかった。それは彼女が火さえも1人で起こせないような不器用であり、魔物に囲まれては立ち向かうがなかなか苦戦しているようなとても脅威とはかけ離れている娘であったからだ。
でもなまえはいつだって諦めなかった。たしかに火を起こせずにエウルアに助けてもらうことも多々あった。魔物相手に逃げ回ることも見たことがある。だけど彼女が火を起こせるように挑戦していることも、剣を振ることをやめないこともアデリンは知ってしまった。そんななまえの姿を目に捉えて幾日か経ったある天気のいい日だった。今日もアカツキワイナリーの外へ行く用事があったアデリンはなまえを探した。
もはやなまえを見るために外へ出ていると言ってもいいほどアデリンはなまえに入れ込んでしまっていた。あの鼻持ちならないローレンス家の人間とは思えない。いつからかローレンスという家名が薄らいで、そのせいでなまえ個人に対して見るようになっていた。そうなれば情も湧いてきてしまう。姉のような心持ちで話したこともないなまえの様子を確認する。その頃にはすっかりなまえ・ローレンスという人間についての答えはほぼ出ていたがアデリンは未だになまえの様子を確認を怠らない。
だからこそアデリンはディルックの頼み事のさらに先に進んでしまった。その日もいつものように少しだけ様子を見て立ち去る予定だった。それなのになまえは火をつけた鍋をそのままにうとうとと眠たそうにしていた。この頃にはたまに失敗するが火も起こせるようになっていて彼女の進歩が見てとれるようになっていた。この陽気のせいか周囲に魔物がおらず警戒をせずに済んでいたせいかはわからないがなまえはとうとう眠ってしまったようだ。何を煮込んでいるのかここからは見えないが火には鍋がかけられていて、このままでは焦げてしまう。焦げた鍋が燃えてしまっては危険だ。アデリンは思わずそちらに近づいていた。
――
「目が覚めましたか?」
「……? んっ!? えっ?! だ、誰ですか??!!」
鼻腔に届く美味しそうな香りに目を覚ましたなまえはつい眠ってしまったのだと気付き飛び起きた。鍋が焦げたのかと焦ったが目の前には見知らぬメイドと美味しそうなシチューができていた。
「起きられたのなら召し上がってください」
にっこりと笑ったそのメイドにモンドの人々から感じるあの冷たさは見られない。好意的なその態度は赤髪の彼を思い出したが彼はこの国にはいない。そのせいで少し沈んだ思いを抱えることになり差し出されたシチューを受け取ることもなく見つめていた。そんななまえの様子に勘違いしたのか目の前のメイドは「大丈夫です。毒は入っていませんよ」とくすくすと笑う。
「そ、そんなこと思ってません。……すごく美味しいです。……あの、ありがとうございます」
笑うメイドになまえは慌てて受け取り、シチューを口に含む。適温に温められていたそれはなまえの心を落ち着かせた。
「それはよかったです。申し訳ありませんがもう帰らないと」
「えっ、ごめんなさい。お時間をとらせてしまって……。あの、あなたのお名前は……?」
「私はアデリンと申します。勝手に鍋を触ってしまい失礼いたしました」
そう頭を下げるとメイドはなまえの元を去っていった。
「……アデリンさんっ! ありがとうございます!!」
なまえはアデリンの後ろ姿に立ち上がって頭を下げた。アデリンになまえの声は届いていた。
はじめてなまえと会話して、アデリンは改めてなまえの評価を確かめることができた。その頃にはディルックが頼んできた意味がなんとなくではあるが理解しかけてきたような気がした。けれどそれはメイドが言うべき範疇にないもの。いつかディルックがラグヴィンド家に帰ってきたらその時は彼に伝えよう。アデリンがなまえ・ローレンスに抱いた素直な感想。きっとそれはディルックが望んだ通りのものなのだろうとアデリンはワイナリーへと続く道を一人歩いた。