夢のような夢の外
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
―――
荻花州に来たら琉璃百合を見たいと言ったのは私の方だった。
かつて璃月全土に群生していた野生の琉璃百合は過去の多くの厄災の影響で地形が変わってしまい、その数を急激に減らしたという。
そのせいで今ではもう荻花州の一部に残るだけだという。
そんな話を聞くと余計に見ておきたくなるというもの。
だから、私はそのお話を聞いて一番に旦那様に見たいとねだった。
「まさか旦那様が花を愛でることを了承してくださるなんて思いませんでした」
「そうか? お前は好きだっただろう」
この間玉京台で人工栽培の琉璃百合を見たけれど、慣れ親しんだ野生の琉璃百合を久しぶりに見ることができて自然と私は笑みが溢れてなんだか楽しくなってくる。
笑顔になっていた私を見てかはわからないけれど旦那様も笑ってくれた。
この間玉京台に連れて行ってもらった時に見た琉璃百合とは香りがまた違う。
話を聞くだけでは野生のものと人工栽培のものは何が違うのかは私にはよくわからなかったけど、こうして実際に見ると全く異なるものであるというのは理解できた。
「そもそも、これはお前のための旅だからな。だから俺はなまえのことを一番に考えているんだ」
「……ありがとう、ございます」
そんな直球に言われるとなんだか恥ずかしい。
思わず目を逸らした。
その先で花開いた琉璃百合が爽やかな風に遊ばれて揺れているのが視界に映る。
ちらり、と視線を戻すと旦那様の髪もそして上着の裾もまた風に揺らめいていた。
それから目があった。
「……良い風が吹いていますね」
「そうだな」
目があって、なんだか恥ずかしくなった私は話を逸らすようにそう言った。
自身の髪を抑える。ゆらゆらと揺れる花々。
遠くで鳴る葉擦れの音。鳥の鳴き声。
隣に立つ旦那様。
「やっぱり不思議……。旦那様がこんなに穏やかでいらっしゃるなんて」
「はははっ、お前から見たらそうかもしれないな」
旦那様はそう言ってまた少し笑う。
風が気持ちよく吹いている。
吹き付ける風もまた穏やかで、なんだかとても不思議な気分だ。
今でこそ慣れつつあるけれど私の知る旦那様はどちらかと言うともう少し好戦的な方だった。
それはあの時代が彼をそのようにしかさせなかったのかもしれない。
何にせよ、旦那様は何があろうとも私の旦那様だ。
その本質はずっと変わっていないことを私は知っている。
しばらくはただ揺れる琉璃百合を見ていた。
今の璃月を見てまわる旅。見覚えのある景色も、思い出からかけ離れている景色も、朽ちた遺構も、静かな平原も、その向こうに見える山々も、全てが興味を惹かれた。
何時間でも座って景色を堪能できるほどだった。
穏やかな風景は美しくて、隣にいる旦那様の存在も感じられて私は幸せだとそう思った。
でも、私がそうやって風景を見ているせいで全く進めなかった。
それでも旦那様は私を催促するようなことはなかった。
静かにそばにいて、隣を歩き、危ない場所では手を貸してくれる。
時々場所や物のこと、そして懐かしい思い出話をしながら私達はこの旅を楽しんでいた。
「そういえば翠楓庭は小さな宿なのに素晴らしいサービスですね。あまり繁盛していないとおっしゃっていましたが、……もったいないです」
「あの店主も言っていたが、商売というものはやはり立地も重要だからな。俺たちみたいにゆっくり見てまわる旅行者でもない限りは宿泊とはならないだろうな」
「そうですね。少し歩けば璃月港ですもの。……眺めもすばらしいものでしたのに、もったいないですね」
璃月郊外で有名な宿といえば荻花州に存在する望舒旅館だと聞いている。
どこにあるんですかと聞くと、璃月港に帰る前に一度泊まったはずだが……と困惑したように旦那様に指摘されたことは記憶に新しい。
けれどあの時のことは記憶自体が曖昧であまりよく覚えていないのだ。
本来であればその旅館まで進めるはずだったのだが私がゆっくりしていたせいでそこまで辿りつくことができなかった。
だからその手前にあった翠楓庭に宿泊することにしたのだった。
私達が翠楓庭に着いた時、店の従業員が少し暇そうにしていたから宿泊の交渉を旦那様が行われることとなった。
「休憩ですか? それともお食事ですか?」
私達に気づいた宿の主人らしき男がそのように私達に話しかけてきた。
その問いに旦那様が宿泊することを伝えるとそこの主人は驚き、何度か確認して間違いではないと理解するとすごく喜んだ。
そして小さな宿屋なのに驚くほど心のこもったサービスを私達に提供してくれた。
そのおかげで旦那様がすっかり満足してしまって翌日の行程を考えて連泊することとなった。
連泊という話をしたところ今度は泣いて喜ばれて、お昼のお弁当まで用意してもらった。
もちろんとても美味しくて、繁盛していないのがもったいなく感じる。
「ありがとうございました。璃月港にお帰りの際はまたお立ち寄りくださいね!」
いたく感激された主人や数名の従業員に見送られて私達は宿を後にしたのだった。
そして今、昨日も見た琉璃百合を眺めていた。
この花をみると帰終ちゃんのことを思い出す。
――なまえ……でも、私は……
あの時、あれが別れだと私は知っていた。
それなのに私は彼女の言葉を最後まで聞かなかった。
だって、別れは一時的なものだと思っていたから。
死なないでほしかった。
だから私は帰終ちゃんの言葉を遮ってまで彼女を逃がしたのだ。
結局、彼女を助けることはできなかったけれど。
「――さて、なまえ」
思考の海に沈んでいても旦那様の声は不思議なほど私の耳に届いた。
大きな声ではなかったのに不思議。
「そろそろ行こうか」
そう言ってすでに立ち上がっていた旦那様は私に手を伸ばす。
答えるように手をあげると自然な動きで掴まれて気づけば立ち上がっていた。
「琉璃百合はお前の好きな花だということは知っている。だが、いつまでも留まってはいられない。先に進もう」
それは旅がはじまって、はじめての催促だった。
今までとは違い、掴まれた手が離されることはない。
白藍の中を歩き、そして遠ざかる。
手をひかれたまま、もう一度琉璃百合の花畑を目に焼き付けたくて振り返った。
「……――」
……花の香りが少し変わったような気がする。
私の手を優しくひくのには変わりないけれど、旦那様が立ち止まることはなかった。
もしかしたら旦那様は私が何を思っていたのか、誰を思い出していたのかご存じだったのかもしれない。
設定
なまえ
鍾離の嫁。璃月港だけではなく郊外の変化にも混乱している。年月の経過はすごいなーとしみじみ思っている。このあと絶雲の間で怒られることになるとは知らない。
鍾離
なまえの旦那。往生堂の皆さんには新婚だと思われているがそのことには微塵も気づいていない。
往生堂の皆さん
胡桃をはじめとして往生堂の皆さんは鍾離となまえは新婚だと思っている。まさか、自分達が生まれる遥か前から結婚しているとは夢にも思っていない。それというのもなまえが全く姿を見せたことがなかったためである。