はなむけの言葉さえも言えずに
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「それで、その苗木が……?」
「うん、そうなんだ。彼女が置いていくところでこの物語は終わる」
「英雄……かあ」
まだ木とは呼べない小さな苗木の前に立ってなまえはウェンティの紡ぐ新しい物語を聞いていた。
一族を救うために立ち上がった一人の少女の話。
西風騎士団の初代団長であるその人のはじまりの話。
「英雄というものは物語に残さないとね。やっぱり英雄譚は歌っていてもボクも楽しいし」
紡いだライアーを抱えた手を下ろしてウェンティはなまえに笑った。
「それより、すっかり板についたね。詩人さん」
「えっ、……うん。そうだといいな。なまえにそう言われるとなんか照れるね……」
いつもの余裕のある笑顔ではなく、本気で照れているウェンティの様子を見てなまえは小さく笑った。
「そうやって、詩を紡いでいる方が私は好きだなあ」
なまえの何気なくつぶやいたその言葉は彼女にとって素直な感想であり、そこに邪心などは一切含まれていない。
「!」
「トワリンだって、いつも呆れているけど、本当はウェンティの詩を聞くことが好きなんだよ」
好きだと言われてウェンティは思わず心臓がドキリと跳ねた。
けれどそれは彼が望む言葉ではない。
一度深呼吸をして何とか別のことを思い浮かべることで冷静になろうとした。
そして風神の眷属であるあの龍の話を出されてウェンティは「バルバトス……それは助力とは言わんぞ」と呆れられた事を思い出して笑みを浮かべた。
「あはは……。ボクは吟遊詩人だから。でも、なまえが好きだって言ってくれるなら自信も付くよ」
そんなウェンティの言葉になまえは彼の内心を知ることはなく「それなら良かった」と言って嬉しそうに笑った。
――
――――
それから他愛のないことを取り止めもなく話していたけれど、ついに話題が切れた。
「さて、と。そろそろいかないとね」
話が盛り上がって途中から草原に腰を下ろしていたなまえが立ち上がった。
服についたであろう汚れをはらって隣に置いていた荷物を背負う。
それを静かに見ていたウェンティだったが思わず声をかけた。
「本当に、……行くの?」
立ち去ろうとするなまえを引き留めたくてウェンティは意を決して声をかけた。
そのおかげでなまえは立ち止まり、ウェンティを見た。
「……うん。ここにはずっといられない」
彼女がウェンティの望む言葉を紡ぐことはないとわかっていた。
わかっていても未練がましく声をかけることをやめられなかった。
行ってほしくない。
一緒には行けない。
ここには彼女にとって辛い思い出が多すぎる。
だから残ってほしいなんて……、一緒にいたいとはとても言えなかった。
人間と触れ合うことで人の心を知ってしまったから、なまえに対して我儘に振る舞うことはもうできなかった。
「それは、……」
だから「ボクがいても……?」と続けて口に出したかったけれど、もごもごと口は意味のない形を作るだけでウェンティはなまえに何も言えなかった。
こういう時だけ、言葉を操るはずの吟遊詩人の姿はたちどころに消えてしまう。
言いたいことはただひとつだけなのに、いつだって肝心なことは何も伝えられないままだ。
そんな彼の様子になまえは手を伸ばしてウェンティの頭を撫でるだけで何も言わなかった。
何を言ったとしても別れは止められないのだから。
そして、またなまえはウェンティの前からいなくなった。
伝えられない言葉だけを彼の中に残して。
設定
なまえ
旅人。彼が吟遊詩人として板についてきたことが嬉しく思っている。今回の旅は少し遠くに行くつもりだから、長らく会えないことは確定している。
ウェンティ
吟遊詩人。誰が何と言おうと彼はただの吟遊詩人である。なまえの前だけではただのウェンティとして振る舞いたいと思っているが難しい。