積み重なるひそやかは安息
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・社奉行について好き勝手考えています
こちらに近づいてくるバタバタとした忙しない足音が聞こえて綾人は顔を上げた。
本当は誰か予想はついたので顔を上げる必要もなかったのだが、足音の主の次の行動を予想して少しだけ楽しくなった。
なぜなら、彼女が彼のことを一番に考えてくれていると言う証だから。
しかし、大きな足音は綾人のもとにたどり着く前にその音を消した。
そして代わりに男の咎める声が聞こえてきた。
――
「廊下は走るところじゃないぞ」
「お、お兄様……! ご、ごめんなさい」
なまえが慌てて綾人のもとへ向かう最後の角を曲がった時、前方に兄の姿を見つけて思わず立ち止まった。
しかし、その前のバタバタとした凡そ武家の娘とは思えないその慌てように兄は呆れ顔でなまえを見ていた。
なまえの兄は彼の父と同じように神里家に仕えている。
綾人よりも少し年上だが将来有望な真面目で優秀な若者だ。
そしてなまえにとっては厳しくも優しい良き兄である。
「ここは家じゃないんだから、気をつけろよ。……それで綾人様のところに戻るのか?」
「うん、お兄様も綾人くんに用事?」
綾人くん、とそう呼んだ妹に兄はピクリと反応した。
「なまえ……綾人くんじゃなくて綾人様だろ。ここは社奉行所だから誰が聞いてるかわからないんだぞ。気をつけろよ」
「……はあい」
兄の言葉に拗ねたようにではあったが、ちゃんと返事をしたなまえ。
そんな妹の姿にため息を吐いてから兄は言葉を続けた。
「だが、お前が綾人様のところに行くならちょうど良い。これ、一緒に持って行ってくれ」
そして兄は両手で抱えた綾人に渡すための書類をなまえに押しつけた。
「お兄様はまだお仕事があるの?」
兄から渡された書類の束を見てなまえは素朴な疑問を口にした。
それに兄は頷いた。
「お兄様は忙しいからな。せめて父上が起き上がれるまでに回復すればお前も社奉行所に来る必要もないんだがな」
そう兄がボヤいた時、兄妹は揃って今朝床の中から見送ってくれた父を思い出した。
あの様子ではまだまだ布団から出られそうにないことは素人目からしても判断できた。
「じゃあ、俺は戻るから綾人様によろしくな。何を慌てていたか知らんが、もう走るんじゃないぞ」
そう言ってなまえの肩に優しく手を置いて兄は来た道を戻って行った。
それからしばらくして、静寂が戻った綾人の部屋の襖が静かに開いた。
「遅くなりました……綾人様……!」
なまえが綾人の元へ辿り着いた時、彼はもう仮眠を終えていつものように文机に向かい決済書類に判を押していた。
その文机に近づいてなまえは兄から託された書類の束を置いた。
それを一瞥して綾人はなまえに答えた。
「大丈夫だよ、自分で起きたから」
「うう、本当にごめんなさい」
そう言って物腰穏やかに綾人が言うからなまえは余計に居た堪れなくなった。
「それより、なまえが遅れるなんて珍しい。何か問題でもあったのかい?」
綾人はなまえの幼馴染だ。
なまえの父が社奉行の重職にあったからその縁である。
大抵抜けているところのあるなまえであるがこういう重要な事柄については気遣いを忘れないのでこうして忘れたりするのは珍しいことであった。
だから、綾人は怒るよりも不思議に思う気持ちの方が強かった。
それで何かあったのではないかと彼女の身が心配になり、家司であるトーマを使いに出したのだ。
そんな綾人に指摘されてなまえは申し訳なさそうに縮こまりながらその理由を話した。
「綾華様にお会いして、少しだけのつもりが長話をしてしまって……本当に申し訳ございません。うー、お父様やお兄様にも怒られる……」
綾人に頭を下げながらなまえは怒った兄と父の姿を思い描いて頭を抱えた。
先程も兄には走るなと嗜められたのに、走っていた理由が綾人を起こし忘れたなどと言う理由なのは兄が知るはずもない。
そのおかげで少し嗜められただけに留まったが本来の理由がバレたら雷が落とされるのは必至だ。
彼女の父兄は基本的には彼女に甘いが、甘やかすだけではなく躾もしっかりしている。
だからこういう失敗は必ずなまえを咎めることを綾人もまた知っていた。
そして、なまえの役目は綾人がいかに円滑に政務に励めるようにすることだ。
それなのに逆に綾人に心配をかけてしまった。
落ち込むなまえには悪いが、綾人は心が和んで少しだけ笑った。
「では、私達だけの秘密にしておこうか。幸いトーマと綾華しか知らない。彼らなら口止めしておけば話すこともないだろうから」
「綾人くん……」
綾人の提案にあからさまに、ほっと安堵するなまえを見ると甘やかしているのかなとも思う。
ただ一人の肉親である妹にも甘い綾人であるが、この幼馴染にも彼は甘かった。
自覚しているがあまり治す気はない。
なまえはいつだって綾人が心安くいられる数少ない人物だから。
社奉行だけではなく、この稲妻に置いて奉行というのは重要な政の中心的存在だ。
だが天領奉行、勘定奉行そして社奉行の奉行職のうち、神里綾人はずば抜けて若輩者である。
年配の天領奉行と勘定奉行の手前気遣うことも多い。
これが真に尊敬できる諸先輩方ならまだしも当代の両奉行には最近少々きな臭い噂がある。
それは社奉行自慢の隠密、終末番の仕事の成果である。
その噂の証拠集めを今も彼らには命じている。
「あ、そうだ。綾人くん、次の休憩の時は三色団子を食べようね! 甘いものを食べて脳にも栄養を与えないと!」
「もう休憩の話かい? なまえは本当に甘いものが好きだね」
そう言うきな臭い噂なんてまるで知る由もないなまえが呑気な声で休憩時の提案をしてくるから、綾人もまた何も知らないようになまえに言葉を返した。
設定とあとがき
こちらに近づいてくるバタバタとした忙しない足音が聞こえて綾人は顔を上げた。
本当は誰か予想はついたので顔を上げる必要もなかったのだが、足音の主の次の行動を予想して少しだけ楽しくなった。
なぜなら、彼女が彼のことを一番に考えてくれていると言う証だから。
しかし、大きな足音は綾人のもとにたどり着く前にその音を消した。
そして代わりに男の咎める声が聞こえてきた。
――
「廊下は走るところじゃないぞ」
「お、お兄様……! ご、ごめんなさい」
なまえが慌てて綾人のもとへ向かう最後の角を曲がった時、前方に兄の姿を見つけて思わず立ち止まった。
しかし、その前のバタバタとした凡そ武家の娘とは思えないその慌てように兄は呆れ顔でなまえを見ていた。
なまえの兄は彼の父と同じように神里家に仕えている。
綾人よりも少し年上だが将来有望な真面目で優秀な若者だ。
そしてなまえにとっては厳しくも優しい良き兄である。
「ここは家じゃないんだから、気をつけろよ。……それで綾人様のところに戻るのか?」
「うん、お兄様も綾人くんに用事?」
綾人くん、とそう呼んだ妹に兄はピクリと反応した。
「なまえ……綾人くんじゃなくて綾人様だろ。ここは社奉行所だから誰が聞いてるかわからないんだぞ。気をつけろよ」
「……はあい」
兄の言葉に拗ねたようにではあったが、ちゃんと返事をしたなまえ。
そんな妹の姿にため息を吐いてから兄は言葉を続けた。
「だが、お前が綾人様のところに行くならちょうど良い。これ、一緒に持って行ってくれ」
そして兄は両手で抱えた綾人に渡すための書類をなまえに押しつけた。
「お兄様はまだお仕事があるの?」
兄から渡された書類の束を見てなまえは素朴な疑問を口にした。
それに兄は頷いた。
「お兄様は忙しいからな。せめて父上が起き上がれるまでに回復すればお前も社奉行所に来る必要もないんだがな」
そう兄がボヤいた時、兄妹は揃って今朝床の中から見送ってくれた父を思い出した。
あの様子ではまだまだ布団から出られそうにないことは素人目からしても判断できた。
「じゃあ、俺は戻るから綾人様によろしくな。何を慌てていたか知らんが、もう走るんじゃないぞ」
そう言ってなまえの肩に優しく手を置いて兄は来た道を戻って行った。
それからしばらくして、静寂が戻った綾人の部屋の襖が静かに開いた。
「遅くなりました……綾人様……!」
なまえが綾人の元へ辿り着いた時、彼はもう仮眠を終えていつものように文机に向かい決済書類に判を押していた。
その文机に近づいてなまえは兄から託された書類の束を置いた。
それを一瞥して綾人はなまえに答えた。
「大丈夫だよ、自分で起きたから」
「うう、本当にごめんなさい」
そう言って物腰穏やかに綾人が言うからなまえは余計に居た堪れなくなった。
「それより、なまえが遅れるなんて珍しい。何か問題でもあったのかい?」
綾人はなまえの幼馴染だ。
なまえの父が社奉行の重職にあったからその縁である。
大抵抜けているところのあるなまえであるがこういう重要な事柄については気遣いを忘れないのでこうして忘れたりするのは珍しいことであった。
だから、綾人は怒るよりも不思議に思う気持ちの方が強かった。
それで何かあったのではないかと彼女の身が心配になり、家司であるトーマを使いに出したのだ。
そんな綾人に指摘されてなまえは申し訳なさそうに縮こまりながらその理由を話した。
「綾華様にお会いして、少しだけのつもりが長話をしてしまって……本当に申し訳ございません。うー、お父様やお兄様にも怒られる……」
綾人に頭を下げながらなまえは怒った兄と父の姿を思い描いて頭を抱えた。
先程も兄には走るなと嗜められたのに、走っていた理由が綾人を起こし忘れたなどと言う理由なのは兄が知るはずもない。
そのおかげで少し嗜められただけに留まったが本来の理由がバレたら雷が落とされるのは必至だ。
彼女の父兄は基本的には彼女に甘いが、甘やかすだけではなく躾もしっかりしている。
だからこういう失敗は必ずなまえを咎めることを綾人もまた知っていた。
そして、なまえの役目は綾人がいかに円滑に政務に励めるようにすることだ。
それなのに逆に綾人に心配をかけてしまった。
落ち込むなまえには悪いが、綾人は心が和んで少しだけ笑った。
「では、私達だけの秘密にしておこうか。幸いトーマと綾華しか知らない。彼らなら口止めしておけば話すこともないだろうから」
「綾人くん……」
綾人の提案にあからさまに、ほっと安堵するなまえを見ると甘やかしているのかなとも思う。
ただ一人の肉親である妹にも甘い綾人であるが、この幼馴染にも彼は甘かった。
自覚しているがあまり治す気はない。
なまえはいつだって綾人が心安くいられる数少ない人物だから。
社奉行だけではなく、この稲妻に置いて奉行というのは重要な政の中心的存在だ。
だが天領奉行、勘定奉行そして社奉行の奉行職のうち、神里綾人はずば抜けて若輩者である。
年配の天領奉行と勘定奉行の手前気遣うことも多い。
これが真に尊敬できる諸先輩方ならまだしも当代の両奉行には最近少々きな臭い噂がある。
それは社奉行自慢の隠密、終末番の仕事の成果である。
その噂の証拠集めを今も彼らには命じている。
「あ、そうだ。綾人くん、次の休憩の時は三色団子を食べようね! 甘いものを食べて脳にも栄養を与えないと!」
「もう休憩の話かい? なまえは本当に甘いものが好きだね」
そう言うきな臭い噂なんてまるで知る由もないなまえが呑気な声で休憩時の提案をしてくるから、綾人もまた何も知らないようになまえに言葉を返した。
設定とあとがき