花嫁は何も考えずに白に染まれ
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――
その式は花婿の地位に比べると驚くほど小さいものだった。
たしかにこの国で一番大きな教会を貸切にしたのは彼の信用や財力の大きさがみてとれる。
だがそこに集った人の数は彼が……彼の一族が得てきた信用に対して比べると、本当に些細な数でこれが内輪のみのイベントであることはすぐに理解できた。
そして、それは同時に彼の大切な花嫁への愛情の深さでもあった。
花嫁をその彼のもとへと導く役目ははエウルア・ローレンスが引き受けた。
花嫁の従姉妹にあたる人物だ。
そして、彼女は花嫁の一族の中で唯一の参列者だった。
それは花婿側の親族参列者が彼の義弟ひとりだけなので釣り合いが取れているといえばとれているのだが、今は関係のないことである。
美しい白いドレスにその身を包み、花嫁の顔は同じく白いベールによって隠されていてよく見えない。
だがステンドグラスから入る陽光に照らされるその花嫁の姿は世界一美しいものだとその姿を見た誰もが思った。
そんな美しくも儚い白い花嫁の姿に参列者が見惚れて息を飲む。
荘厳な音楽も結婚を祝福するコーラスもなく、ただ花嫁が纏うドレスの長いトレーンが赤いカーペットと擦れる音だけが響いていた。
蹴り上げるように一歩を踏み出しながらなまえはエウルアの支えで一歩ずつ未来の夫のもとまで歩いていく。
美しくはあるが重ねられた布地のせいで少々重さを感じる。
しかし、このドレスはなまえの結婚を祝福する皆が作ってくれたものだった。
その思いを考えるとドレスの重さなど苦にもならない。
その中に少しだけ申し訳なさからくる罪悪感もあったが、それでも浮き足だった考えに進んでしまう自らを戒めながらなまえは歩いていた。
そのカーペットの先には彼女を望んで待つディルックの姿があった。
新郎らしく白い衣装に身を包んだ彼のもとへこの穢れなき花嫁を無事に連れていくことがエウルアの役目だ。
そして、彼女はその役目を果たし終えようとしていた。
花嫁を無事に祭壇の階段下まで送り届けたエウルアは立ち止まった。
動くことを止めた彼女の代わりに動いたのはディルックだった。
花嫁の目の前で手を伸ばす。
伸ばされたその手を見て彼女はベール越しに目を見開いた。
「!」
――右手だ。
花嫁は戸惑った。
彼女は左手を差し出してほしいと彼に告げた。
それが結婚の条件で彼もそれを呑んだ。
彼が出す手を間違えるような人間ではないことは知っていた。
それなのに……。
「どうしたの?」
動かない花嫁に参列者はざわめき出して、エウルアはこそりと話しかけた。
何も答えない花嫁に対して言葉を紡いだのは彼女が結婚する相手であるディルックだった。
「――なまえ。僕はこの手以外に君に差し出す手はない」
「……、っ」
知っていたのかとなまえはディルックの発言に息を飲んだ。
そして、彼の手を見つめていた視線をゆっくりとあげて恐る恐る彼の顔を見つめる。
ベール越しではあったがディルックと目があったような気がした。
「なまえ。君は何も心配しなくてもいいから黙って手を取ればいいのよ」
「……エウルア」
こちらに手を伸ばしたままのディルックに、少しだけ口角を上げたエウルア。
そして、ディルックの向こうにいる神父役の西風教会の主教であるサイモンもまた優しい笑顔で頷いた。
それでもなまえは動けなかった。
迷う彼女にエウルアが優しく背中に触れて極めて軽い力でそっとその背中を押した。
エウルアの少し冷たい手に押されるようにしてなまえは一歩踏み出し、ディルックの伸ばした手になまえの白い手袋をはめた手が重なる。
「(――ああ、手をとってしまった)」
右手を出してほしい。
左手による結婚なんてしたくない。
なまえは口ではディルックに左手を望みながらも本心はずっと対等な結婚をしたかった。
そのまま、彼の右手に導かれてなまえは祭壇の前に、夫になる男の隣に立った。
彼の赤い髪は白によく映えていた。
普段は暗い色を好む人だから、なまえはディルックの新たな魅力を知った気がして胸が高鳴った。
顔が赤いと思うが長いベールのおかげで誰にも気づかれていないはず。
ディルックと2人並んだことではじまった神父役の主教の朗々とした声が大聖堂に響きはじめた。
「健やかなる時も、病める時も、……――」
メガネを一度直した主教の優しい声が響く。
風神のもとでの正式な誓いの儀式がはじまる。
あくまでも儀礼的なものだが、モンドの風神信仰は今も根強いためとても重要で、意味のあるものになる。
特に、この2人にとってはとても重要な意味を孕んでいる。
左手ではなく、右手を伸ばしたディルックとそれを受け入れたなまえ。
ふたりがお互いと一生添い遂げる決意の表れであった。
誓いの言葉が響く中、二人の手は固く握られていた。