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往生堂は璃月港で唯一の葬儀社である。
つまり特殊な業務である。
そんな特殊業で希少なものである往生堂を存続させることは一族にとっても、璃月にとっても重要なこととなる。
だから往生堂は何代も、何十代も長い間、一族が守り続けた老舗である。
葬儀社であるから往生堂は璃月港内で死というものに最も近いものであるといえる。
往生堂の従業員は皆、生と死について正しく理解することが重要だ。
死とは断絶ではなく次へと続くものであると。
それと同じように残された生者も死者との別れの悲しみをいずれは乗り越えて先に進まなければならない。
生者も死者も立ち止まってはいられない。
しかしどんなことにも例外があるように乗り越えられない人も存在する。
死者の場合は未練の残したものがそうである。
死者は生きていない。
だから生者の世界では部外者になる。
しかし進めないのだから死者の世界にも行けない。
生と死の狭間。
そこに未練のある死者の多くが集っている。
生と死の境界とも呼ばれるその場所を守ることは往生堂の当主の定めでもあった。
往生堂の歴代の堂主は未練も後悔もなくこの世の生を終えている。
現当主である胡桃はそう認識している。
そして彼女の大好きな祖父であった先々代の堂主も同じである。
だが、彼は胡桃にあの空間を教えてもずっと秘密にしていたことがある。
それは彼の孫、即ち胡桃の姉であるなまえが未だにあの生と死の狭間に囚われているということであった。
「――ごめんなさい」
祖父に見つかってしまったなまえが初めてかけた言葉がそれだった。
生と死の狭間にひっそりと存在していた孫の存在を見つけるには少々の時間がかかった。
もともとかくれんぼがうまかった孫のこと仕方ないことではある。
だが彼は見つけてしまった。
死んでからまだ時間の経っていないなまえは幽霊としての経験がまだまだ未熟だった。
だから、生と死の狭間のこともちゃんと把握しておらず祖父に見つかってしまうと言う失態を犯してしまったのだ。
「……なまえ」
生と死の狭間で孫の姿を見つけて、それがなまえであると正しく認識した祖父の声は震えていた。
孫の死を受け入れたはずなのにこうして半透明な姿を見せられて、本当になまえは死んでしまったのだと実感せざるを得なかった。
愛する孫の死は彼自身にも大きな衝撃であった。
なまえはまだ若く、彼の半分以下の人生であった。
不慮の事故だった。
死とは生あるものに平等に訪れるものであるが、その時期は不平等だ。
驚くほど長寿の人間もいればその逆も然り。
なまえはその中で平均よりも生が短く他人よりもずっと死が早いものであっただけのこと。
言葉にすればそれだけのことである。
だが、なまえのその死は彼女を知る誰をも驚かせ、そして悲しませた。
それはなまえ自身にとっても同じであった。
だから、なまえは未練を残して成仏できずにいる。
生と死の狭間。
彼女の一族が管理するその場所が今のなまえの主な居場所である。
それから何年かした後、なまえは同じ立場になった祖父と対峙していた。
「おじいちゃん……」
なまえは半透明な祖父の姿を見て胸が熱くなった。
死んだ身でありながら感情が爆発しそうな自分がいることに驚く。
「どうして、……おじいちゃん」
思わずなぜと口にはしたが本当はわかっていた。
なまえと同じようにすでに死んでしまった祖父がなぜこの場に現れ、しかもこの地にとどまっているのか。
「なまえ……」
彼の未練はなまえだった。
後継になるはずだった孫。
「――私のこと忘れないでくれてありがとう、おじいちゃん」
幼い胡桃が祖父の葬儀を誰にも文句を言わせないほどに完璧すぎるほど完璧に取り仕切った。
そしてその後、周囲の感心や褒め言葉も聞かずに食料と水だけを鞄に詰め込み、その鞄と夜道を照らす照明器具だけを持って家を飛び出した。
ちょうどその頃、なまえは自分と同じ立場になった祖父と再会していた。
祖父はなまえが知る生前よりも老いた姿であったが、しばしば会っていたなまえには違和感はない。
「なまえ、一緒にいかないか?」
「……ありがとう。でも、ごめんなさい。死んでまでおじいちゃんの未練になって……堂主は誰もこの地に来たことがないのに……」
祖父もまさか自分が死してなお、この地に来るなど想像だにしていなかった。
いや、なまえが死んでこの地で出会ってからは自分はここに来てしまうだろうと祖父自身は思っていた。
「ねえ……おじいちゃん。私、あの子が心配なの」
あの子。
それはなまえの妹の胡桃のことである。
なまえの言葉に祖父は胡桃は立派に葬儀を取り仕切ったと伝えるがそうではないことはわかっていた。
「ごめんなさい。せっかく迎えに来てくれたのに、私……まだ行けない……。あの子はきっとここに来る。だから、おじいちゃん。私のことは大丈夫だから……お願い」
なまえは祖父が自分のためにここに来たのだと知っていた。
何もなければ祖父だって今までの堂主達と同じようにここに来ることはなかったのだ。
堂主は皆等しくこの場所にとどまらない。
それは祖父も同じだ。
同じにしなくてはならない。
胡桃の性格なら必ずここに来る。
1人でここまで一度も来たことがないからきっと時間はかかるだろう。
けれど必ず来る。
そういう子だ。
「おじいちゃん。私はもう少しあの子をそっと見守りたいの。だから、大丈夫。先に行って。……ね?」
なまえは長子だからと思えばいろいろ締め付けてしまった。
往生堂を存続させることは一族にとって使命であり、責務である。
一族の長子が継ぐのはもはや宿命のようなものである。
生を受けた瞬間、なまえは往生堂の堂主になることは決まっていた。
それは彼女の妹である胡桃が生まれようと揺らぐはずのない真実だった。
それなのに、なまえは堂主になる前に死んだ。
誰にも看取られず……冷たく、暗い場所で死んだ。
なまえから事故だと聞いたが本当のところは誰にもわからない。
なまえもそれ以上は何も言わずに口を開くことはない。
体もいまだに見つからない。
なまえ曰く深く暗い場所に沈んだと言っていた。
空の棺桶の葬儀はやるせなさと虚しさだけが渦巻いて、当時まだ幼かった胡桃だけは今もその事実を知らない。
祖父がなまえを生と死の狭間で見つけた翌日、彼はなまえの父母になまえがいた話をした。
葬儀を終えようとも行方知れずの娘の生に一縷の望みをかけていた彼女の父母はこの世で一番大切なもののうちの一つである最愛のなまえの死が確定したことにより膝から崩れ落ちた。
大切な娘のその死を認めざるを得なくなって初めて涙を流した。
それからなまえの説得が効いたのか祖父はひとり明るい道を進んでいった。
死者として未練を残さず正しい道へと進んでいった。
往生堂の堂主は皆違わず未練もなく死んでいる。
その事実を歪めることは絶対にしてはいけないのだ。
なまえはその境界で祖父を見送った。
祖父は一度だけなまえに向かって振り返ったけれど、それからは二度と振り向くことなく正しい道を歩いていった。
しばらくして生きた人間が生と死の狭間に現れた。
それはどこかなまえに似た少女であった。
彼女の体に対して大きな荷物を背負い、服や顔に泥がついている。
手足に擦り傷もつけていたが構うことなくその少女はこの空間の隅々まで歩き回っていた。
「(……あの子は、……そっか。あんなに大きくなったんだ)」
そう、その少女の名前は胡桃。
なまえの妹だ。
祖父を探しにきたのだろう。
大好きな祖父に会いたくてその思いひとつだけでこの地を訪れたなまえの妹。
狭間の住民達に「おじいちゃんを知らない?」と尋ねまわり歩きまわっていたけれど皆違わず祖父はいないと口を揃えた。
彼らは遠巻きになまえと祖父のやりとりを見ていたからだ。
彼らは皆、往生堂の堂主であるなまえの祖父に世話になったのだ。
祖父がすでにこの地にいないことも、なまえがこの地に隠れ潜んでいることも知っていた。
狭間の住民達が祖父を隠しているのではと疑い胡桃はその地を歩きまわる。
けれど彼らのいう通り祖父はいなかった。
祖父は未練などなかったのだとそう思った瞬間、疲れがどっと湧いてきて胡桃はその場でうずくまりやがて眠ってしまった。