お蔵入り、なれど合格圏
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「――ありがとう、八重宮司。私は今日もあなたの代わりに鳴神大社の宮司となり、稲妻を守っています……」
そう言って、物語の最後の一文を読み上げた八重神子は顔を上げた。
それから神妙な顔をして、目の前の期待に満ち溢れている眼差しを彼女に向けてくる友、なまえに尋ねる。
「――……一応聞いておくが、タイトルは決まっておるのか?」
「タイトル……? ああ、題名ね! えっとね、『転生したら八重宮司だったので稲妻中の狐を連れてモフモフアタックで海乱鬼達に無双した件について』!」
あらすじを書いておけば題名になるでしょう?とふふんと自信満々に話すなまえ。
そんな彼女に八重神子は盛大にため息を吐いた。
「……なるほど。まあなまえの言いたいことはわかった。タイトルも問題ないようじゃ」
「うんうん、それで……どう?」
なまえは緊張しながら八重神子の返事を待つ。
ドキドキと高鳴る気持ちを抑えきれずに合否を握る八重神子に少しずつにじり寄っている。
そんななまえの期待を知りながら、八重堂の長として八重神子の意見は読後……正確には途中から決まっていた。
「言うまでもないが……不合格、じゃ」
そうはっきりと告げた八重神子になまえは喜びかけた顔があからさまにショックを受けている顔に変わった。
「え、ええええ~~っ!? な、なんで?! 私、すっごく頑張ったんだよ!? ほら! ちゃんと読んで!! 平和な稲妻に突如として現れた、通常の8倍の大きさの海乱鬼! 体も大きければ食費も多い! 」
「……」
ショックのあまり……なのかはよくわからないが、突然あらすじを話し出すなまえ。
八重神子はこれで止めるともっとうるさくなることを知っていたので、とりあえずしゃべらせてみようと思った。
「しかも不幸なことに稲妻は雷電将軍が忙しくて甘味を食べ損ねたせいで雷鳴が轟き不作の年!! 」
「うむ、まあ天候不順は作物の成長にも影響を及ぼすものじゃからのう」
一番口に出したいことは雷電将軍が云々のくだりだったが、なまえがさらに興奮することは目に見えているので、決して口にはしないで相槌を打つだけに留めておく。
それが賢い者の処世術というもの。
「食べ物を求めて田畑を荒らした海乱鬼のせいで稲妻人は貧困に喘いている……そんな時に立ち上がった我らが鳴神大社の大巫女、八重宮司!! 彼女は何と狐と意思疎通ができる不思議な力を持っていたのだ!!」
「たしかに妾は巫女……。不思議な力を持つ設定でもおかしくはなかろう」
「そうだよね! 神櫻だって狐の形だし! 狐がいっぱい登場してもなんらおかしくないでしょ?」
「まあ、……そうじゃな」
神櫻がなぜこの形なのか知っているくせに。
と心の中で毒付きながら八重神子はなまえの話に頷く。
余計なことは言わないようにと八重神子は珍しく自分に言い聞かせていた。
これ以上面倒になるのはごめんである。
そんな興奮した様子のなまえとは正反対の冷静な八重神子はこれからどうやってこの友を落ち着かせようかと思案していた。
その間もなまえはおすすめの場面を喋り続けている。
八重神子が持っていたはずの原稿もいつの間にかなまえの手にあり、彼女はある一場面を開いて八重神子に目の前に広げた。
「狐のコノカジロウが仲間になる場面なんて私が一番力を入れた箇所だよ! 子ダヌキのポンサルノスケとの熱い友情!」
「う、うむ。あの場面はさすがの妾も頁を捲る手が止まらなかった。なかなか楽しめたところじゃ。しかし、なまえはどうも名づけのセンスが皆無のようじゃな」
「えー? そうかなあ……。私としてはわかりやすくて親しみやすい名前にしたつもりだけど……? ほら、この海乱鬼に育てられていたポンサルノスケの妹のポンタヌリーゼ、通称おたぬなんていい名前だと思わない?」
固定である八重宮司以外の登場人物の名前がどことなくひどい。
わかりやすい名前をつけているようでわかりにくい。
名前が出るキャラが少ないのが救いというもの。
古の海乱鬼の本名なんて多田御仁左衛門(ただのおにざえもん)などという何の捻りもないふざけた名前である。
そのせいですっかりギャグパートに鞍替えする羽目になっている。
ちなみに最後のおまけのキャラ紹介のページにはそれぞれの名前の横になまえの落書きレベルの絵が書かれており、出てくる彼らの姿については簡易的にであるが想像しやすくなっている。
ポンタヌリーゼの項には黄色のリボンをつけた可愛らしいたぬきが書かれていた。
しかし多田御仁左衛門はお世辞にも上手とは言えない兜らしき三角形だけが描かれているし、八重神子の横なんて人間ではなく狐である。
なまえにとっての八重神子はいつまで経っても狐なのだろうかとふと思ったが尋ねるのは今度にしようと見ないふりをした。
返事をしない八重神子にこのテーマだとダメだと思ったのか、なまえはさらに違う場面について話を変えた。
ページを捲る音が聞こえて今度はクライマックスの盛り上がる場面である。
ほら見ろ!と言わんばかりに目の前に突きつけられた原稿用紙。
「(……近すぎて読めぬ)」
そう思ったがやはり何も言わずに黙る。
言わぬともなまえが勝手に解説を始めるのはわかっていた。
だから、目を閉じてピントの合わぬ原稿用紙から目を逸らした。
「でもでも! キツネちゃん達が総攻撃するところなんて最高にくーる?で、もふもふで、あったかかったでしょ!?」
「なまえはクールの意味を知らんじゃろ……」
原稿用紙が遠ざかる気配を感じて目を開けた八重神子。
タイトルがすぐさま思いつかなかったなまえがクールの意味を知っているはずがない。
誰かが話していたのを真似してみたかったのだろうと推測して呆れ顔。
図星だったなまえは何も返さずに話を続けることにした。
「ごほん! ……そ、それで古の海乱鬼がキツネちゃん達の渾身のフルアタックモフモフに荒んだ心が浄化されて最後は八重宮司の手によって昇天させられる……!」
親指を立てて溶鉱炉に沈む……などというオチではないだけマシか。
もし、そんな結末なら続編は未来からやってきた本物の八重宮司VS未来の海乱鬼達との戦いかもしれないと話半分に考える。
「あの孤独なならず者だった海乱鬼が八重宮司と狐達に向かって兜で顔は見えないけど、迎えにきた世話をしていた狐の霊達と共に『ありがとうよ、宮司殿……やはり、鳴神大社の宮司は本物だな』っていいながら天に昇って行くのはもう涙なしには語れなかったでしょ!?」
「読んでおった妾は別に泣いておらんかったじゃろ……」
実は少し胸に込み上げるものがあったことは内緒にしながら極めて冷静に八重神子は言葉を返す。
もちろん、その言葉をなまえは無視したのは説明するまでもないだろう。
「素晴らしい感動のラスト!全稲妻が泣いた! こうして稲妻の平和は守られたのだった!!」
「……」
その文句はどこで覚えたのだろうか。
両手を上げて「はっぴーえんど!」と叫ぶなまえ。
明らかに受け売りで投げやりな言葉にもう突っ込む気力も湧かない。
実のところ八重神子はこのなまえのノリが昔から少々苦手であった。
だから、八重神子はなまえを相手にすると疲れる。
話は楽しいし、彼女自身は好ましい。
面白くはあるが、やっぱり苦手だった。
自分の手玉に取れない人物はどうしていいのかわからない。
もう正論で責めるしかないのだ。
と言っても、なまえは責めても柳のようにしなやかに避けてしまう。
言葉のキャッチボールという言い方があるが、なまえの場合捕球は抜群に上手いのに投げてくる球がストレートなのに豪速球の暴投だ。
あるいはナックルか。
最近外から来たという作者の娯楽小説の知識が突然いい例えとして浮かんできてしまった。
とにかく八重神子は我が道を行くなまえを止められたことがない。
これが彼女の見た目通りの年齢なら手玉に取る方法があるはずだが残念ながらなまえは八重神子よりもずっとずっと長く生きていた。
同じ長寿でもあの責任感があり、尊敬できる甘雨とは全く異なっているのはなぜだろうか。
……性格の違いか。
とすでに何度も結論を出したことを考えてしまう程度には疲れていた。
「……だめじゃ。おもしろいが中身が問題ありすぎじゃ」
「えー? そうかなあ……」
「読む人が読めば妾のことも影のことも知っておる者が書いておるとすぐにばれるぞ。そもそもいくら影でも甘味で農作物が不作になるほどの雷鳴を轟かせるはずもなかろう」
甘味でキレる雷電将軍の発想はなかなかできるものではない。
というか、甘味が大好物だと言うことを知っている一般人がいるはずもない。
斬新な設定として受け入れられそうな気がするが、問題も出てきそうな気もする。
「そもそも妾はなまえがこのような物語を書ける才があったことのほうが驚いたがのう」
八重神子は再度受けとった原稿用紙の束をパラパラとめくる。
稚拙ながらもどこか続きを読みたいと思わせる文章だ。
なまえの性格がよく出ているとも思う。
展開が読めない。
「この間募集の張り紙見た後に野狐を見たからね! そのあと名椎の浜で海乱鬼と戦ってる途中で思いついちゃった」
えへへと笑うなまえに思いつきでも書き切るのは感心したが、またうるさくなると困るので何も言わないことにした。
「まあ、世には出さぬが妾は気に入った。じゃから妾が保管しておくことにしよう」
書いた作品は八重神子が私的に楽しむことにした。
原稿料は彼女の私財から支払われたのはいうまでもない。
設定とあとがき