さよなら、私の赤い色
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「モンドを出る。俺と一緒に来てくれないか」
「……それは、つまり……」
「ああ、もう戻らないつもりだ」
赤い髪がお義兄様の手と絡み合う。
私の自慢の髪。
お兄様とお父様が綺麗だと褒めてくれた髪。
「お義兄様……、」
「(名前)……。俺の柄じゃないことはわかっている。だが、俺と一緒に行かないか?」
「……」
お義兄様が私の長い髪の一房を指に巻き付けて、そのまま髪に口付けた。
――
お兄様が私の髪を褒めてくださるから私はずっとお兄様やお父様と同じこの赤い髪を伸ばしていた。
綺麗に手入れをして、自慢の髪だった。
「本当にいいのか?」
「うん、もう……いいの」
お義兄様……、いいえ、ガイア様が私にそう尋ねた。
腰まで伸ばした髪とはもう間も無くお別れの時を迎える。
鏡台の前に座る私の後ろにはガイア様。
ハサミではなく短いナイフを握るガイア様の手を鏡越しに見つめた。
ハサミの方が綺麗に切れるから、とそう言ったガイア様を止めてナイフで切って欲しいとお願いしたのは私のわがままだった。
「ガイア様こそ、本当によろしいのでしょうか?」
「俺か? 俺は、……そのつもりだったからな」
そう言って、ガイア様は私の髪を一つにまとめてそこにナイフをあてがった。
切れ味の良いナイフはその切っ先が触れるだけでその力を発揮する。
何本かの赤が床に落ちていく。
「……」
「……やめるならまだ間に合うぞ」
床に落ちた赤を追うように視線を下げた私に気づいたガイア様が手を止めたままそう話す。
それは髪のことと、そして、これからのことが含まれていることはわかっていた。
「大丈夫。ガイア様、私はちゃんと決心したのです。あなたについていく。なまえ・ラグヴィンドはもういないのです」
ガイア様はこれからこの国を出る。
貴族ディルック・ラグヴィンドの義弟であり、代理団長をはじめとした皆から信頼厚い西風騎士団の騎兵隊長というガイア・アルベリヒはモンドを裏切る。
……いえ、彼はもともとそういう役目だったから裏切りではない。
元に戻るだけなのだ。
彼は故国のためにこの地にやってきたのだから。
「ガイア様、どうか切ってください。私のこの髪があなたへの誠意です。私はお兄様と違って地位も財力も……何も持っておりません。私が貴方に見せられる誠意はこの髪しかありません。どうぞお切りくださいませ」
私にとってこの赤い髪は自慢だった。
ラグヴィンド家の一員としてのアイデンティティであり、私の誇り。
それを捨てて私はガイア様に着いて行く。
でも、ガイア様は私の選択肢を喜びながらもやはり複雑な様子。
そこに彼の優しさが含まれていたことは考えずともわかる。
だって私はそんな彼の優しさに惹かれたのだから。
だから義兄でありながら私は彼に恋をしたのだと思う。
彼にモンドを出ると言われて、一緒に来て欲しいと言われて、はじめてこの思いを自覚した。
私は彼のことが好きだったのだ。
お兄様への想いとは違うことは……もう知っている。
「わかった。なまえ、……ありがとう」
そうポツリと呟いて、ガイア様は手に力を入れた。
――
「暗い道だから気をつけろよ」
肩よりも短くなった私の髪は結局ガイア様がそのままでは忍びないとハサミで綺麗に整えてくれた。
短くなった髪はすごく軽くて、その軽さは私とモンドとの別離の証でもあった。
ガイア様に手を引かれながら私は月明かりだけが照らす道を歩いている。
こんな夜中に外出するなんてはじめてで、遠くに微かに聞こえる獣の遠吠えが恐怖心を煽られる。
でも、ガイア様がいてくださるから怖さが緩和されていた。
モンド城からはずいぶんと離れてしまった。
私の髪は目立つし、ガイア様も有名人だ。
だから、姿を隠すようにして服装は地味なものに変えてその上から全身を隠すローブをまとっていた。
側から見れば私たちが貴族の娘と騎兵隊長だなんて思えないだろう。
「ガイア様、私を連れてきてくれてありがとう」
握り合った手をもう一度ぎゅっと握りなおす。
ガイア様も答えるように握り返してくれた。
「俺の方こそ……お前の人生を壊しちまって……すまんな」
「いいえ、ガイア様と共にいられるのならば私は……幸せです」
壊したなんて言わないで。
謝らなくていいの。
ガイア様に着いて行くことを決めたのは私なのだから。
「そうだな。俺も……、お前が一緒に来てくれて……」
ガイア様は昔から二人っきりの時だけこうして本音を話してくれる時があった。
突然お兄様がモンドを出られたとき、お父様の死と合わせて悲しくて寂しくて泣いていた私に寄り添っていてくれたのはガイア様だった。
だから、私もガイア様のおそばで彼の心が沈んでいる時は傍にいたい。
何も言葉にできずとも、傍にいるだけで救われる思いもあることを知っているから。
「……本当ならお前にも言わずにモンドを出るつもりだったんだ。だが、俺は……お前に会えなくなるのは辛かった」
そう思うと言わずにはいられなかった、と続けるガイア様。
話してくれてよかったと本当に思う。
黙ってガイア様がモンドを出ていたらと思うと胸が苦しくなる。
「なまえ、俺はずっとお前を愛していた」
その言葉に私は熱い思いが込み上げてくる。
「……ディルックのヤツがお前のことを世界で一番、何よりも大事に思っているのは知っていた」
ガイア様の言う通り、お兄様はずっと私を大切にしてくれていた。
お兄様の愛は私にもちゃんと伝わっていた。
私もお兄様のことが大切で大好きだった。
「だから、……だからこそ俺は、あいつからこれ以上何も奪うつもりはなかったんだ」
ガイア様はお兄様から私とお父様を奪ってしまったと思っている。
ガイア様からお父様の死の真相を聞かされたけれど誰が悪いわけではない。
あれは事故であった。
私のことだってそう……私がガイア様と共に行くと決めたの。
「ガイア様……それ以上は何も言わないで。お父様のことはガイア様のせいでもお兄様のせいでもないのです。お兄様なら大丈夫。きっとわかってくださいます……きっと」
お兄様には手紙を残してきた。
私をずっと愛してくださった、ただ一人の血縁。
私の大切なお兄様。
でも、お兄様は自分の進む道を決めたからきっと大丈夫。
「なまえ……」
「ガイア様、私があなたを選んだのです。どうか、そのように自分のことを卑下なさらないで」
さようなら、お兄様。
どうか、私をお恨みくださいましね。
私とガイア様は暗い道を二人で歩いていく。
たとえこの先、進む道がずっと暗闇でもガイア様がいてくれれば、私はずっとそれでも構わなかった。