濡れたくないのは、きみのせい
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なまえは人間が好きだった。
だから、人の形をとって人の子とよく遊んでいた。
そんな彼女につられるようにして人の姿をとってみた。
あの頃は何も知らなくて、見える世界のすべては優しく純粋だった。
そのまま何も知らなければ、……。
――なまえが呼んでいる。
花畑の向こうで花束を手に抱えてこちらに向かって嬉しそうに手を振っていた。
その声と笑顔につられてそちらの方へ足を向けた。
――
――――
「雨が降りそうですから、どうぞお使いください!!」
そう言われてなまえはその男から一本の傘を差し出されていた。
「え、でも……」
「いいんです! あ、でも仙人様には傘など不要かもしれませんね」
戸惑うなまえに話すその男はつい先程彼女の手によってヒルチャールの集団から助けられたばかりであった。
ヒルチャールに追われる間にほとんどの持ち物を落としてしまった男がかろうじて持っていた物の中で謝礼として差し出せるものは傘しかなかった。
雨が降りそうな雲行きだから手ぶらな仙人様へ、と思ったのだが傘を持っていないのは仙人は不要だということなのかもしれないと渡してから気がついた。
「……いえ、あなたの優しい気遣いに感謝します。ですがあなたは傘がなくても大丈夫なのでしょうか」
本当のことを言えばその男の言うようになまえには傘は不要であった。
けれど、なまえはずっとそういう人間のお節介な親切心が好きだった。
だから、なまえはありがたくその好意を受け取った。
久しぶりに手にした傘をみつめる。
そして、なまえの……仙人からの思わぬ感謝の言葉に男は気持ちを昂らせながら家が近いからと笑顔で頷く。
もう一度助けられた感謝を彼女に告げるとそのまま喜びを隠しきれずに跳ねるように走り去って行った。
――
それからしばらくして男がなまえに話した通り、雨がしとしとと降りはじめて大地を濡らす。
少しぬかるんだ道を傘を差したなまえが歩いていた。
「……、………」
「魈、……怒ってる?」
そんななまえの隣に並んで歩く魈。
そんな彼の顔を傘をさしたなまえが覗き込んだ。
覗き込むなまえのその顔には不安の二文字があらわれている。
傘を差しているなまえを咎めるのではないかと。
「……」
そんななまえを魈は一瞥した。
そして、彼は自身と隣り合う反対側のなまえの肩が濡れているのを見つけた。
傘を持つなまえの手は彼の方へと傾けられていて傘の骨組みもまた彼の方へと傾いていた。
そして、その傾きに気づいて魈はなまえの手に触れて強制的に傘の方向を地面と直角になるように直す。
魈の肩が傘から出て濡れる。
それはもう何度か行なっている動作である。
「別に怒ってはおらぬ。……、それでなまえは傘を差していたということか」
「うん、その凡人がせっかく私にくれたから一度使ってみようと思って……」
なまえや魈をはじめとした仙人達にとって傘は必ずしも必要……というわけではない。
それどころかその正体から考えても傘は不要と言う考え方が仙人達の中では一般的だ。
「傘など別に必要ない」
「うん、そうだけど……。でも、魈……」
なまえはずっと前から人間が好きだった。
だから、人間の真似事をしたくなるのだろうと魈は思っていた。
凡人は弱いからこうして濡れることを厭い傘をさしている。
「魈は雨好き?」
「好きかどうかなどとは考えたことはない。我の為すべきことは妖魔を滅ぼすこと。我らと同じように妖魔も天気など気にしてはおらぬ」
魈にとって雨とはただの天候の変化であり、それ以上でもそれ以下でもない。
そんなものに感情を抱くはずもない。
だから、なまえの質問に素直に答えた。
そんな感情は不要だと言わんばかりの魈の態度になまえはそれはそうだと納得しながらもどこか寂しい気持ちになった。
「……」
少しだけしょんぼりとしたなまえの様子にすぐに気がついた魈。
なにより彼女はわかりやすい。
ずっと共にいるからなまえの表情の変化を見逃すはずもない。
魈はなまえの手から傘を奪いとった。
「魈……?」
「……もし、妖魔がいたら我は行くからな」
傘を明らかになまえが濡れないような位置で持ち直し、自らが濡れることを全く厭わずに魈はそれだけを彼女に告げた。
傘の大きさから、濡れるはずなのに冷たい雨の感覚がなくなってなまえは魈の無言の優しさに嬉しくなった。
でも、それは魈が濡れることを意味する。
そのことに複雑な感情を抱きながらも、指摘すると魈はどこかへ行ってしまうかもしれない。
いつも傘を差さない彼が半分でも傘に入っていてくれることに感謝をしてその事実は目を瞑るしか、このままの状態を維持する道はないのだと知っていた。
だから、なまえができることは魈にくっついて、距離を詰めることで彼が少しでも濡れないようにすることだけであった。
突然腕に抱きついてきたなまえに魈は驚きながらも何も言わなかった。
そして、彼女の雨によって少し濡れた手を振り解くこともなかった。
――雨はまだ降り続きそうだ。
設定とあとがき