君の中に隠した本当の心
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ディルック様はお忙しい方だ。
「たぶん、今夜も遅くなる。だからなまえは僕を待つことなく先に寝ていてもかまわない」
いつもの黒いコートを羽織ったディルック様が私の頭を撫でる。
それからベルを鳴らして執事を呼んだ。
執事はすぐにやって来て、ディルック様の言葉を待っている。
「僕はこれから出かける」
「かしこまりました」
「……いつものように頼む」
「はい、旦那様」
そうやって執事にディルック様は彼に出かけることを告げると私へと顔を向けた。
「なまえ、わかっていると思うが」
「はい、ディルック様。勝手に外へ出ません」
私の言葉にディルック様は頷かれてそのまま屋敷をお出になった。
ディルック様をお見送りしてそれから私は部屋に戻り本を読んでいた。
ディルック様が私のために探してくれた本は、とある騎士の物語だった。
自分の信じる道をひたすら走る変わった騎士の話。
滑稽で少し悲しい話だった。
とうとう死の淵に立つ騎士の場面。
物語も佳境に入った頃、扉がノックされて返事をすると執事が入ってきた。
何かあったのかと尋ねると彼は訪問客がいると告げた。
予定のない訪問でいつも持ってくるはずの名刺がないと言うことは大体誰か察しがついた。
「ガイア様がお越しです」
「ガイアさん……。ディルック様に御用かしら……」
「いえ、奥様にお会いしたいと」
ディルック様の義弟であるガイアさんは私に用があるらしい。
前に話していた変わったお菓子でも持ってきてくれたのかしら?
ガイアさんは不思議な雰囲気を持っていて、ディルック様は私が会うことにあまり良い顔をされないけれど、私は彼のことが好きだった。
もちろん夫のある身であるから当然恋慕ではない。
義弟としてである。
ガイアさんが来たことは後でちゃんとディルック様にも伝わる。
応接室に通すように執事に伝えて、本に栞を挟んだ。
それから少し身なりを整えなおしてから、私が応接室に着くとすでにガイアさんは窓辺にいて外を見ていた。
「ガイアさん、お待たせして申し訳ありません」
「別に待ってないさ。それに突然だったからな」
お待たせしたことを詫びるとガイアさんは気にした風もなく笑った。
それよりも元気にしていたか?といつものようにガイアさんは私に挨拶をした。
私が来るまで待っていてくれたガイアさんに座るように勧める。
彼は彼の定位置であるひとり掛けのソファーに座った。
それから彼はいつものようにディルック様のことを口にした。
「ディルックのヤツはまたどこかに行ったのか?」
「はい。でも私は知りませんよ。主人は私にお仕事の話はなさいませんから」
私から探ろうとしても無駄ですとガイアさんに言葉をかけると彼は別にそういうつもりで言ったわけじゃないとバツの悪そうな顔をした。
「別に俺はディルックのことを探りにわざわざ留守を狙ったわけじゃない」
「ふふ、知っています。ガイアさんが聞きたい情報を私は何も知りませんもの」
「
ガイアさんが私に向かって揶揄うように笑って見せたちょうどその時、扉がノックされた。
声をかけるとメイドが紅茶を運んできてくれた。
メイドの持つお盆の上にはティーセットと見慣れぬお菓子があった。
「これは?」
「奥様、ガイア様の手土産でございます」
私の質問にメイドは丁寧に答えてくれた。
そして、紅茶の準備をはじめる。
特に聞かれて困る内容でもないのでメイドにしてもらったほうがいい。
「そうなの? ありがとうガイアさん」
「なまえ、紅茶と俺が持ってきた菓子はきっと口に合うはずだぜ」
なんせ騎士団の図書館司書サマのオススメだからな。
そう続けたガイアさんに私は図書館司書、つまりリサさんの姿が思い浮かぶ。
彼女も時々、会いに来てくれる。
美味しい紅茶やお茶菓子の事をよく知っていて、オススメの物を私にも教えてくれる。
そんな彼女が勧めたお菓子なのだから食べずとも美味しい事は確信できる。
「リサさんの? まだ残っているのかしら? あの人にも召し上がって頂きたいわ!」
ディルック様は夜も忙しい事が多いから家にいる間は心安らかにいて欲しい。
私もディルック様と美味しいお菓子を食べて、その日に起こったことを色々と一緒にお話できたら幸せだもの。
「かしこまりました。旦那様もお喜びになられますよ」
私の要望に快く答えてくれたメイド。
そのあと彼女は淹れた紅茶のカップをソーサーごとガイアさんに差し出して、それから私にも。
彼女に礼を言ってから退がるように言った。
「では、失礼致します」
そう告げてメイドはドアを閉めて退室した。
それを見守ってから、ガイアさんは口を開く。
「だが、俺を旦那様の留守中に家にあげて一緒にお茶を飲んだなんて、ディルックのヤツが許すのか?」
「まあ、ガイアさんったら……相変わらずご冗談がお好きね。でもガイアさんは主人の留守の時ではないと訪ねて来られませんし仕方ありません」
ガイアさんはそのように言うが彼が私のもとへと訪れる回数が一番多い。
はじめは私のことを探りにきていたようだが、今はきっと違うと思う。
彼の目は初めの頃よりも随分と穏やかだし、私に対する冗談も気安いものへと変化したからだ。
きっと私をディルック様の妻だと認めてくださったのだと思う。
ガイアさんが私を揶揄う時こそ
「ガイアさんの来訪はいつも主人には私からもお伝えしておりますし、あの方はそのようなことで怒る方ではございませんわ」
「……それはどうだろうな」
そう言ってガイアさんは一度持ってきたお茶菓子を一口食べた。
うまいな、と一言呟いてから話を続ける。
「ディルックはあれでいて、なまえのことを大事にしているぞ」
「心配なさってくださるの? ふふふ、大丈夫です。あの人のことはちゃんとわかっておりますわ。主人が私のことを愛してくださるように、私もあの方を愛しておりますから」
そう、ディルック様は私を愛して信頼してくださっている。
私も同じようにディルック様を信じているからあの方の仕事の話は別として、私達の間には探られて困るような秘密はない。
「……別に、心配しているわけじゃないぜ」
ガイアさんはディルック様の義弟である。
なんでも昔、義父……つまりディルック様のお父様に拾われて養子となったらしい。
でも、貴族の難しい問題があるのか、それともガイアさん自身がそう望んだのかはわからないが彼の苗字はラグヴィンドではない。
だから、正確には義弟とはならないのかもしれない。
それに昔彼ら曰く些細な喧嘩をしたせいで少し距離をとっているという。
「ガイアさん、今度はディルック様がご在宅の時に来てくださいね」
「さあてね。俺にはあいつの用事の有無なんてわからないしな」
そう言ってガイアさんはとぼけたように笑ってみせるが、私はちゃんと知っている。
「主人の予定を把握していない方が不在の時ばかりこの家に来るはずがありませんわ。あの人……、あれでいてあなたのことを心配なさっているのですから、会っていただけると喜びますよ」
「ディルックに用があるときはエンジェルズシェアにでも行くさ」
些細な喧嘩だと本人たちは言っていたけれど、そのわりには義兄弟間のこの微妙な仲の悪さは何なのだろうか。
「……あなたがた兄弟は複雑ですわ。私は女ですから、兄妹で喧嘩をしてもいつも私のお兄様が折れてくださいましたけど、殿方同士の兄弟喧嘩というものは着地点が難しいようですわね」
いがみ合っているわけでもなく、仲良しというわけでもない。
ディルック様はやけにガイアさんに突っかかるという大人気ない態度をとるし、ガイアさんもガイアさんでディルック様を挑発するような態度をとられていた。
「……まったく義姉上はお手厳しい」
「私が言わなければ誰も口出しなさる方がいませんからそう思うのではなくて?」
「……」
閉口してしまったガイアさんに私は溜息を吐きたくなる。
「ガイアさん、仲直りは別になさらなくてもかまいません。ですが、義理とはいえど主人とあなたは兄弟なのです。あの人……あなたには素直になれないみたいですから……」
ディルック様は社交の場でなければ物事をはっきりと仰る方だ。
それなのに、ガイアさんに対してはまるで拗ねた子供のような態度をとられている。
それを見るたび私は殿方はいつまで経っても子供だと言った母の言葉を思い出す。
私には冷静な姿を見せることが多いけれど本当はディルック様が熱い方だということは知っている。
当主として彼には冷静さを見せなければならないだけなのだ。
ガイアさんのことも複雑な思いを抱きながら、彼を頼りにしている部分があることもわかっている。
「でも、主人はあなたのことを頼りにしています。ですから、これからもどうかディルック様を助けてくださいませ」
「……さてね、それはどうだかな」
ガイアさんがそのように曖昧な答えをする事はあらかた予想がついた。
ディルック様が素直になれないという事は彼もまた素直になれないという事だから。
この二人は似てないようでとても似ている。
義理のはずなのに本物の兄弟のように素直になれずに、でもちゃんとお互いを心配している。
――本当に殿方はいつまででも子供なのですね。
私がそんなふうに考えているとガイアさんはまた口を開いた。
「だが、なまえがそういうなら俺も気にはしておくぜ。ディルックが俺の
ねえさん、とそう呼んだガイアさんの言葉にはいつものからかいを含んだようなものではなかった。
ガイアさんという人の心の深いところを私は知らない。
だけど、彼もきっとディルック様と同じように誠実な人であるのだと私は信じている。
私の大好きな旦那様の義弟なのだから。
「ガイアさん……ありがとう」
「礼なんて必要ないぜ。義姉上様の仰る事は聞かないと、うるさいだろうからな」
照れ臭いことを言ってしまったと思ったのか。
肩をすくめてガイアさんはごまかすようにそうやって言葉を重ねたけれど、私は義姉さんと言ってくれた彼の言葉をきっと一生忘れないと思う。
「……なんだか変な雰囲気になったな。なまえといると調子が狂う。本当にディルックのヤツはいい嫁さんをもらったな」
そう言って、残ったリサさんオススメのお菓子をつまみ、カップに入った紅茶を飲み干したガイアさんは立ち上がった。
「もう……お帰りになるの?」
「ああ、騎士団の仕事があるからな」
「それなら仕方ありませんわね。もう少しお話したいですけれど、残念です……」
折角来てくれたのだからもう少しお話したかったけれど、ガイアさんだって騎兵隊長という身分なのだ。
お忙しいなかで会いに来てくれるだけ喜ぶべきであるが、やはり少し寂しい。
そんな私の気持ちを感じ取ったのか、ガイアさんが私に向かって口を開く。
「また来るよ、……義姉さん」
「!」
ガイアさんの思わぬ呼びかけに私が驚いている顔を見て彼はイタズラが成功した子供のような顔でニヤリと笑った。
「じゃあな、なまえ。たまにはあいつの言いつけを破って外に出てみるのも悪くないぜ」
なんなら俺が案内してやってもいい、といつもの軽い口調で場の空気を変えてしまったガイアさんは応接室の扉を開いた。
私は彼を見送るために慌てて後を追いかける。
玄関ホールまでたどり着いた時に私とガイアさんの声が聞こえていたのか、我が家の優秀な執事がすでに控えていてこちらに向かって一礼した。
「ガイアさんも、騎士団の仕事がどのようなものか私は知りません。けれどお怪我をなさらないようにお気をつけください。次に会うときまでどうかお元気で」
「ああ、なまえも」
「またお越しください。私は……いえ、主人もきっと、ガイアさんのことをいつでもお待ちしておりますから」
ガイアさんはいつものように片手をあげながら、執事の開いた扉を通ってラグヴィンド家を後にした。
設定とあとがき