紙に書かれた選択肢
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……漢の中の、おとこ……?」
「おう! なかなかいいと思わねぇか?」
夕食後、珍しく居間に置かれた座卓で熱心に何かを書いていた一斗。
そんな彼のところに休憩を促すためになまえはお茶を持って行った時のことだった。
一斗の向かい正面に座ってそのまま書いていた紙を覗き込むと、一斗は見やすいように手を退けてくれた。
そして、そこに書かれた文字の一部を読み上げた。
「俺様はこっちの唯我独尊もいいと思うんだがなぁ……」
なまえの言葉にすぐさま反応を返した一斗は嬉しそうに別の文を指差した。
「……一斗さん、これは一体……?」
よくよく紙に書かれたものを見てみるが、どういう意図で書かれたものなのかよくわからなかった。
唯我独尊。漢の中の漢。負けてもいいが負けを認めない。オニカブトムシの伝道師。
さすらいのオニカブトムシ使い。鬼の中の鬼。鬼族の誇り。不屈の闘志……。
紙の端っこの方に鬼王、土俵、鬼族、漢などといった箇条書きの単語も散見していた。
あとはなんだかぐちゃぐちゃに上から塗りつぶされるようにして消されていて読めない。
そんなふうに書かれた紙を見ながらなまえは首を傾げた。
「なまえ! お前はどれがかっこいいと思う?」
俺様に似合うのを選んでくれと嬉しそうに言う一斗になまえは困ったように首を傾げた。
そして、素直にその疑問を一斗に尋ねたのだった。
「一斗さん、一体何の話なの?」
「ん? ……おおっ! そうだったな。悪ぃな、説明すんの忘れてたぜ!」
俺様としたことがなどと言いながら豪快に笑う一斗は紙をなまえが読みやすいように方向を変えてこの紙に書いてあるのが何を指し示す言葉なのか説明をはじめた。
「俺様がすげえことはなまえや荒瀧派の仲間たちには当然わかっていると思うが、まだまだ俺様のことを知らねえ奴も多いだろ? だからすぐわかるように名乗る時に一緒に言おうと思ってよ!」
「……一緒に?」
「ああ! ……なんつーか、そうだな……通り名ってやつだ!」
そのように言われてなまえは「荒瀧一斗だ!俺様は漢の中の漢だぜ!」などと言う彼を容易に想像することができた。
けれどあまり締まらない光景であった。
だから一体どんなふうに言おうと思っているのかなまえは一斗に尋ねてみることにした。
すると一斗は実演してくれるようで、いつも持っている櫛で髪をとかして彼なりに身だしなみを整えた後、突然立ち上がると机に片足を置いた。
少し行儀が悪いと思ったが水を差すと機嫌が悪くなるのはわかっていたのでそれは後で言うことにしようとなまえは思った。
そんななまえの想いを知ることもなく、やる気に満ち溢れた一斗は自信満々でなまえに向けて名乗りを上げる。
「俺様は! 荒瀧ィ……唯我独尊、一斗!!」
背も高く、体の大きな一斗は立っているだけでかなりの存在感を示すことができる。
一斗の自信満々の大きな声がなまえの耳に届く。
「(苗字と名前の間に入れるんだ……)」
それならなまえが想像したよりはずっといいと思い彼女は一斗のパフォーマンスに小さく拍手した。
彼の動きにすっかり魅了されてしまったなまえは先程思っていたことなど忘れて、一斗の名乗りを素直にかっこいいなあと思っていた。
「なまえ……! 良いと思うか!?」
「うん! 一斗さん素敵!」
荒瀧一斗という男は基本的に褒められると図に乗るタイプである。
それがなまえからなら、なおさら調子に乗ってしまう。
調子に乗った一斗はなまえに褒められたことが嬉しくて先ほどの位置に座り直すことなく、軽々と机を越えてなまえの方へと降りた。
「なまえ!」
おもむろに座っているなまえを立ち上がらせる。
そして、軽々と抱き上げるとくるくると回り出した。
「さすが、俺様の嫁!」
「えっ、ちょ……一斗さん……っ!」
抱き上げられる行為は何度されても慣れない。
背の高い一斗がなまえを片腕に座らせるようにして抱き上げるとなまえの視界は一気に高くなる。
一斗のためにこの家は普通の家よりも天井までの距離を高くして作ってある。
高くしておいてよかったとなまえは思いながら、やっぱりちょっと怖くてなまえは一斗の首に抱きついた。
しかし、下を向くとまるで少年のように嬉しそうに笑う一斗の顔が見えて目があった。
「なまえ! お前は最高だぜ!!」
「……、もう一斗さんったら……」
戸惑っていたなまえに笑いかける一斗のその笑顔に毒気を抜かれたなまえも破顔して一緒に楽しそうに笑った。
――
――――
「また、賑やかにやっておるな……」
別室の縁側で静かに夕涼みをしていた鬼婆婆は小さく聞こえる二人の笑い声につられて思わず呆れた。
「まったく、夜だというのにあの二人は……」
きゃあきゃあとなまえの楽しそうな声と一斗が豪快に笑う声が聞こえる。
呆れたように言葉を紡ぐがその表情はとても嬉しそうであった。
鬼婆婆のその声が風に乗って、風鈴と共に合唱する蛙の鳴き声にかき消された。
そして、先程なまえが淹れてくれたお茶を口に含んでほっこりしたあとまた外の風景をのんびりと眺めた。
設定とあとがき