それが悲しみのはじまりだとしても
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私は人間ではない。
所謂仙人と呼ばれる存在。
そんな私には大好きな人がいる。
でも彼は人間。
私よりもずっと年下だけれど、ずっと頼もしくて信頼のできる人だ。
「なまえ、聞いてくれ。この間ぼくが話していた怪異なんだが、やっぱり何も起こらなかったんだ」
「重雲くんがいたら、妖魔なんて裸足で逃げ出しちゃうね」
いつものように川のほとりで彼を待っていた私の隣に座って溜息を吐いた。
溜息を吐いた彼の名は重雲といって、方士の一族の人間だ。
「……はあ。全然喜ばしいことじゃないよ。ぼくは方士なのに、いまだに妖魔一匹も退治どころか出会ったことすらないんだぞ」
「でも、重雲くんがそこにいるだけで救われている人たちがいるんだよ」
彼は決して才能のない方士ではない。
だけど、彼の生まれ持った能力「純陽の体」が彼のその方士としての実力を発揮する機会を邪魔していた。
純陽の体を持つ者はとても稀で魔に属するものを遠ざけるから本来であれば喜ぶべきことなのだけど、重雲くんはいつもこの体質について不満を言っていた。
そんな不満な話さえも彼の口から聞けるなら私にとってはとても楽しい話になる。
「なまえ、笑い事じゃないんだよ」
だから、いつも楽しくて感情がすぐに表情に出てしまう私はいつも重雲くんに小言を言われてしまう。
「うん、ごめんね」
「ったく、全く反省してないな。いいかい、なまえ」
「だって、重雲くんと話せるだけで嬉しくて」
「……っ、……はあ。もう、そういうことは言わないでくれ。ぼくの体質は知っているだろう」
そう言って、重雲くんはおもむろにアイスを取り出した。
いつものように私にも同じものをくれて、一緒にアイスをなめた。
アイスは彼の神の目の力のせいかいつもひんやりとして冷たい。
アイス美味しいなと思いながら重雲くんのことを考える。
そう、純陽の体というものは良いことばかりではない。
彼は常に冷静でいることが義務付けられている。
感情を昂らせるのはもちろん、辛いものを食べてもいけないのだ。
だから、彼を必要以上に喜ばせてはいけない。
私はその境界が未だによくわかっていない。
だから、時折こうしてため息を吐かれている。
どうやら今回もダメな言葉だったらしい。
あまり嬉しいと伝えない方がいいと頭の中のメモ帳に書く。
隣でアイスを食べ終わった重雲くんがおもむろに立ち上がった。
「……別に嬉しいとか言ったらだめだなんて思わなくてもいいよ」
「!!」
重雲くんは私の考えを見透かしたようにそう言ってくれた。
私はそれにびっくりして驚いて彼を見た。
その時溶けかけたアイスが棒をつたい私の手についたので慌てて最後の一口を食べた。
「ぼくは、……」
そこで重雲くんは心を落ち着かせるかのように一度深呼吸をした。
呼吸を整えて、まるで心を落ち着かせるように私には見えた。
少しだけ沈黙がひろがったあと重雲くんは私に話してくれた。
「ぼくの好きななまえはそうやっていつも感情を素直に出す子なんだから」
ぼくの好きななまえ。
その言葉が頭の中で何度も響く。
顔が一気に熱を持って思わずほっぺたに手を添えた。
アイスのおかげで冷えていたはずなのにとっても熱かった。
重雲くんのその言葉に気持ちが昂った。
つまり、私は冷静ではなかった。
だから彼の先ほどの言葉の意味なんて考えることも、これまで彼に散々言われていたしてはいけないことを思い出すこともなく、ただただ嬉しさのあまり私は何も考えずに重雲くんに抱きついた。
「重雲くん!!」
「……ッツ!!」
立っていた重雲くんに私も立ち上がりぎゅっと抱きしめたら、重雲くんの体が強ばったのがわかったけれど止められなかった。
真っ赤になった重雲くんを顧みることなく嬉しさを伝えるように力いっぱいぎゅうぎゅう抱きしめる。
私はいまとても嬉しかった。
幸せで、その幸せという気持ちを重雲くんにも感じてほしかった。
もうそれしか考えられずに好きだという気持ちを伝えたくて私は彼に抱き着いた。
固まって何も言わない重雲くんを不思議に思うこともなく私はただ彼の少し冷たい体を抱きしめて幸せだった。
「……うわあっ! は、は、はは離れてくれ!!」
そのあと一呼吸おいてから彼は叫んだ。
そうやって、わたわたと私から離れると彼は真っ赤な顔のまま目の前の川に飛び込んだ。
バシャンと音を立てて水飛沫が上がる。
私にもかかった。
「ちょ、重雲くん!?」
突然飛び込んだ彼が心配になって川の淵で身を乗り出した。
水泡があがり、しばらくして彼は顔を出した。
ほっと安心した私に対して彼は苦虫をかみつぶしたような顔を隠さなかった。
「き、急に抱きつくなといつも言っているだろう……」
それから水の中から頭だけ出して体を冷やす重雲くんは私を見つめた。
設定とあとがき