今はまだこの色の意味を知る必要はない
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―――
また雪が降ってきた。
この場所は年中、雪に閉ざされていていつも寒い。
混乱した頭を冷やすのには丁度いいかもしれない。
でもそれよりも先に寒さで動けなくなる方が早いかもしれない。
「さ、さむい……」
うう、何で考えなしに飛び出してきたのだろうかとなまえは先ほどの自分の短絡さに後悔の念でいっぱいだ。
「あのままアルベドの所にいたって何も変わらないんだからいても大丈夫だったのに……!」
アルベドがこちらを見たのはあの時のみだから上手に言い訳をしてまた彼の興味を失わせれば、あの暖かい空間にいることができたのだ。
「アルベドが探しに来るはずなんてあるわけないし……」
こうして飛び出したのが彼の大事な妹分であるクレーならまだしも勝手に訪問してくるなまえのことなんて日夜研究に忙しい彼が気にするはずがない。
だからこの後、彼女ができることと言えばここでずっと震えているか、山を下りるかの二択である。
気持ちが落ち着いたとしても、なまえはアルベドのところへと戻ることはできない。
気まずすぎる。
どうしようかとなまえは結論をだそうとするが、寒さゆえに低下している思考力ではまともな判断を下せるはずもなく、ただぼーっと雪景色のなかで座っているだけだ。
ちなみに近くにはなまえがここに到着したときに倒したヒルチャールたちが目をまわして転がっている。
このままここにいたらなまえもヒルチャールたちも時期にこの山のどこかにいる冷製鮮肉のとれるあの冷凍猪のようになってしまうだろう。
「氷漬けか……」
頭を冷やしまくったらまたアルベドに会う時は冷静でいられるかもしれない。
もはや混乱の極みに陥っているような危ない思考に至っているなまえ。
そんな彼女だからこそ背後に迫った気配に気づくことがなかった。
「――なまえ」
ふわり、と暖かい空気が頬に感じて、そして背後から声をかけられてようやくなまえはその存在に気がついた。
「……あ、ある、……」
なまえはその人の名前を呼ぼうとしたけれど寒さで冷え切った唇は思うように動かなかった。
「こんな場所で何の対策もせずにいるなんて信じられないな」
死ぬつもりなのかと咎められるような視線を受けてなまえは何も返せなかった。
もちろん、そんなつもりはなかった。
ただ、迷っている間に寒くて動けなりそうだっただけだ。
でも、そんなこと言ったらまた咎められそうな気がしてなまえは黙ったままだ。
その間にアルベドはなまえの隣に移動していた。
そこでようやくアルベドの周りがなんだか暖かいことに気がついた。
じんわりと暖かいその空気はなまえにまともな思考を取り戻させるきっかけとなった。
寒さゆえに何も考えられなかった思考がじわじわと動きを取り戻すかのようなそんな感覚がした。
「アルベドが……来てくれるなんて、思わなかった……」
「それはどうして?」
なまえが呟いた一言に答えたアルベドの言葉はまるで彼の大切な妹分であるクレーを相手にするかのような優しさが込められていたがなまえは気づくことはなかった。
「だって、……アルベドは、私のことなんて……何とも、思ってないでしょ?」
そんなアルベドの声色にも気づかぬまま暖かい空気を享受するようになまえは両手を擦り合わせた。
その両手に息を吐きかけながら暖める。
「……ボクは突然無防備な格好で雪山に消えていく人間を見捨てるほど冷たい性格ではないつもりだ」
せめて放熱瓶ぐらい手放さないで、そう淡々と話すアルベド。
彼は自分の持つ放熱瓶をなまえに手渡して、もう1つ放熱瓶を取り出した。
放熱瓶に閉じ込められた温暖仙霊に似た何かが仄かな明かりを携えて、なまえとアルベドに暖を与える。
アルベドが暖かかったのはこのせいだったのかとなまえはようやく気がついた。
「ねえ、なまえ。ボクは……いつか、キミを理解したいと思っている。それはボクのエゴなのかな」
突然かけられた言葉を聞いて弾かれたようになまえはアルベドへと視線を向けた。
アルベドはいつも通りの変わらぬ表情でなまえの横に立っていた。
「キミが何を思って頻繁にボクのもとに来るのか。ボクにはまだよくわからないことだけど、きっとなまえを知るためには必要なことだと思うんだ」
「アルベド……」
「ボクにはまだこの感情が何なのかはわからない。でもなまえを知りたいと思っている。キミがわざわざここまで来てくれることも嬉しいと思う」
なまえに対するアルベドの感情は謎が多い。
嬉しいと思うのは好意的だと言うことはもちろん知っている。
しかし、きっとアルベドの妹分であるクレーがここまで1人できたら彼はもっと心配するだろう。
それはクレーがまだ年若い幼児であると言う年齢による違いかと思ったが、アリスがここに来たとしてもまた違った感情を抱くような気がした。
そもそもアリスを比較対象に挙げるのがまず間違いかもしれない。
彼女は大冒険者と呼ばれ、さらに魔女会の一員でもあるのだから。
とにかく、なまえがわざわざこの雪山まで来ることをアルベドはなまえが思うほど不快には思ってないし、むしろ好ましいと思っている。
その理由を彼は今までの経験から見出すことができなかった。
ただなまえが来たからといってアルベドは普段なら面倒だと思う人づきあいが面倒だとは思わなかった。
彼女はアルベドが絵に集中してなまえの話し相手にならなくても気にせずに話しかけてくるから。
それになまえの声は彼にとって心地よかった。
なぜそんなことを思うのか。
それはアルベドの中で何らかの感情が揺さぶられるからだとはわかっていた。
これはアルベドにとって未知の感情であった。
そんなふうにアルベドはなまえといると不思議な気持ちになることがある。
錬金術でいうところの「赤化」だと思いたいが、この感情は謎が多い。
揺さぶられる心の変化はわかっても、それが何なのかは今の彼にはまだわからない。
残渣を取り除くことがいまだにできていない。
だがそれでも彼は真理を求める錬金術師である。
謎を解き明かしたいと思う探究の心は誰よりも強い。
彼は白亜の申し子と呼ばれるアルベドだ。
だから彼自身の内あるその未知はやがて既知へと変化するだろう。
しかし、その変化を彼が受け入れられるのかは別の話だ。
錬金術師とは真理を追い求める者である。
だからこそ彼は知らないままではいられない。
でも、それは今ではない。
今一番大切なのは横で凍死未遂のなまえを暖かい場所へと連れ戻すことが先決である。
だから彼は自身の思考をそこで一端打ち切った。
「放熱瓶は一時しのぎだ。体を冷やしたら風邪をひくよ。戻ったほうがいい」
「……うん」
そう言われて差し出された彼の手をなまえは握った。
お互いに指先は冷えていた。
けれどなまえには暖かく感じられた。
それはなまえの心境のせいだろう。
踏み込んでこないと思ったアルベドがわざわざ迎えにきてくれた。
それだけでも喜ばしいのに、さらに先ほどの言葉。
なまえには何よりも嬉しい言葉だった。
「アルベド……」
「なんだい?」
なまえは彼に好きと言おうとした。
自惚れではなければ先程の彼の言葉の結論は自分と同じ気持ちであると思ったから。
「……ありがとう」
けれどやっぱり口にはできなかった。
名前を呼んだ手前、何も言わない選択肢はすでになく、その代わりに感謝を口にした。
迎えに来てくれて、心配してくれてありがとう。
そんな思いの中にそっと自らの気持ちも込めて。
「……」
そう言ったなまえにアルベドは返事をしなかった。
けれど、握った指に少しだけ力をこめて返事の代わりとした。
言葉はいらない。
かける言葉も、告げるはずの言葉も不要だということは2人とも理解していた。
ただ雪の降る音と彼らの雪を踏み締める音だけが2人だけの静かな空間を彩っていた。
設定とあとがき