無断労働への誘い
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・いつもよりアグレッシブな旅人くんいます
・パイモンがちょっとかわいそうな場面あります
璃月港に旅人である空とパイモンの姿があった。
冒険者協会から出された依頼を確認してその依頼をこなすために移動の途中だ。
その途中でパイモンは見知った人を見つけて空に声をかける。
「あれ? あそこにいるのってなまえじゃないか?」
「あ、本当だ」
「声かけてみようぜ! おーい、なまえ~!」
パイモンの大声に周りの人々も反応を示したが、自分のことではないとわかるとまたもとに戻っていった。
呼ばれた当人であるなまえも気づいてくれたようで小さく手を振りながらこちらに近づいてきた。
「パイモンちゃんと空くん! お久しぶり」
「久しぶり」
「ひとりか? 鍾離とは一緒じゃないんだな」
「旦那様は今日は往生堂にいらっしゃるの。それより2人とも! モラを稼ぐ良い方法知らない?」
「「モラ?」」
なまえの問いかけに2人は顔を見合わせた。
モラが欲しいというなまえの言葉に真っ先に思ったのは彼女の夫のことだった。
彼の正体を知っているからこそ思い浮かぶ彼の癖。
「モラって……そんなに生活に困窮してるのか?」
「ほら、やっぱり鍾離先生だから……」
「ああ、そうだな。財布持ち歩かないしなあ」
パイモンが自分のことのように悲しそうに眉を寄せてなまえを見た。
きっとツケが溜まって支払いに追われているんだろう。
勝手に他家の家計事情を邪推して空とパイモンはなまえに心底同情する。
鍾離が財布を持ち歩かないことは彼を知る人のなかでは結構有名なことである。
長年の癖を直すのはなかなか難しいようで空達と歩いていた時も、タルタリヤと食事した時も彼曰く「うっかり」することは常であった。
そんなことをコソコソしながらも目の前で話すものだから当然なまえには聞こえている。
しかしなまえはそんな彼らの言葉に不快な感情は一切見せずに、むしろ楽しそうにくすくすと笑っていた。
「ふふっ、生活の方は大丈夫。心配してくれてありがとう。実は私まだ少し今の生活様式に慣れていなくて、普段のお支払いは旦那様にお任せしているの」
「ま、まかせている!? じゃあ、2人で外出した時とかはどうしてるんだ?? やっぱり……ツケなのか!?」
パイモンは鍾離が財布を持つということが信じられなかった。
パイモンの脳裏にはいつも当たり前のように他人に支払ってもらう彼の姿が定着しすぎていた。
嫁の前で財布を忘れる姿などかっこ悪すぎるだろと声を上げている。
「つけ? ……よくわからないけど、買い物するときはいつも旦那様がお会計してくださるわ」
「「えっ?!」」
「先生の財布はタルタリヤじゃないの?」
なまえの言葉に衝撃を受けた空とパイモンは思わず声を上げて顔を見合わせた。
その驚きのまま思わず空は皆のお財布であるタルタリヤのことを口に出していた。
「え? タル、タ……なに?」
なまえはどうやらタルタリヤのことは知らないらしい。
首を傾げながら財布を買った店は知らないと見当違いの答えを話している。
鍾離はわざと彼の話をしなかったのか。
そんなことを空が考えているとなまえの疑問にパイモンがかわりに答えていた。
「タルタリヤ。愚人衆の執行官で『公子』だぞ」
「ふぁでゅ、い……? ふぁ、ふぁとぅ……??」
よくわからないと言外に含ませながらなまえはパイモンから聞き取った言葉を繰り返そうとしていた。
けれども、うまくできていない。
どうやらタルタリヤはおろか、ファデュイという組織自体も初耳のようで知らないみたいだ。
そんななまえのその様子に2人は鍾離から何も聞いていないことを悟った。
そして知らなかったとはいえ勝手に話してよかったのか少し慌てる。
しかし、とりあえず口に出してしまったものは撤回できないので先の迎仙儀式からはじまったあの事件のことは話さず当たり障りのない説明することにした。
「鍾離のやつ……まったく話してなさそうだな」
「みたいだね。とにかくファデュイっていうのはある組織のことで、七国のひとつスネージナヤの組織で、そこのまとめ役が――」
頭を抱えたパイモンの代わりに空がなまえに簡潔にタルタリヤの身元について説明した。
「へー、そのような組織があるのね。本当に私の知る世界じゃないみたい。(……それにしてもそのタルタリヤさんが財布ってどういうことなんだろう)」
空の説明により、なまえはタルタリヤというのが人名だと知ることができた。
しかし、その彼か彼女かはわからないがその人をお財布と呼んだ言葉にはなまえの中で疑問が残る。
一方、なまえの素直な言葉に空は彼女に親近感を覚えた。
長い間秘境の中で眠っていたなまえ。
それを助けたのは他ならぬ空である。
だから、彼女がいまだこの世界に慣れていないことも理解できる。
年月の隔たりは大きく、慣れるのには時間がかかるだろう。
異世界から来た空と同じようにこの世界はいわば見知らぬ土地である。
「大丈夫だよ」
「……え?」
空は気がつくとそんな言葉を発していた。
自分の境遇と重ねてしまったようだ。
空もなまえも知らないことが多い世界かもしれないが心配ない。
なぜなら空には頼もしい仲間であるパイモンがいるし、なまえには鍾離がそばにいる。
そう伝えるとパイモンもまたなまえを励ました。
「そうだぞ! お前には鍾離がいるんだからな!」
「うん、そうだよ」
「空くん……パイモンちゃん。……2人ともありがとう」
2人の優しさを汲み取ったなまえは心が暖かくなった。
彼らはずっと優しくて、まだ出会ったばかりのなまえに対してもその優しさは変わらなかった。
だからこそ鍾離も彼らに送仙儀式を手伝ってもらったのかもしれない。
そう思った。
「それで、話を戻すけどなんでなまえはモラがいるんだ? 買い物は鍾離が連れていってくれるんだろ?」
「それなんだけど……実は、」
そこまで話してなまえは二人にさらに近づくように手招きをした。
道の真ん中で集まってこそこそと会話する三人に通りがかる人々は訝しげな視線を送る。
そんな視線も気にならないほど彼らは話に集中している。
そしてなまえの話を聞いてパイモンは思わず声を上げた。
「プレゼント?! ……日頃の感謝か。なるほどなあ、それなら鍾離本人には頼めないよな」
「そうだね。何をあげるのかもう決めたの?」
日頃の感謝も込めて何か贈り物がしたいと話すなまえは残念ながらモラを持っていない。
だから、モラを得る方法を空達に尋ねたのだった。
なぜモラが欲しいのか納得がいったパイモンが頷く。
そしてあとに続いた空の問いかけになまえが困った顔を隠さなかった。
「この間から散歩がてらいろいろ見ているんだけどなかなか良いのがなくて。ほら、変なものだったら何か言われそうで……」
鍾離は博識だ。
本人は記憶力が良いだけだと言っているが彼はまごうことなく様々な分野に精通している。
なまえは買い物の時に物の見分け方を教えてくれたり、普段から様々なものについて話す鍾離の姿を思い浮かべていた。
いつの間にあんな知識の権化みたいになってしまったのだろうか。
万が一、贋作など渡そうものなら本格的に真贋についての講義がはじまりそうだ。
「たしかに……。でも鍾離がなまえに何か言うとは思えないけどなあ」
「俺も先生はなまえさんから何をもらっても喜ぶと思うけど」
「でも、この間帝君土偶を買おうと提案したら隣の花瓶に話を逸らされたんだけど……」
「帝君土偶……?」
何それと言わんばかりに首を傾げる2人。
そもそも岩神本人がいるのだから帝君関連の物は不要なのでは?と思いながらパイモンが言葉を繋いだ。
「それはオイラでも花瓶を勧めるぞ。せめて首振り帝君人形の方がいいんじゃないか?」
岩王帝君が璃月を去ったとしても彼の人気は健在だ。
去った神への哀悼の意味も込められているのか帝君を少しでも近くに感じたいと思っているのか、帝君グッズはまだまだよく売れているらしい。
その中でも人気なのがやはり帝君ゆかりの子供にも人気な凧といった玩具系や手ごろな値段の置物類になる。
「それはもう邸にあるわ。首が動くのが楽しくて! 毎日遊んでると旦那様にやめなさいって怒られるの」
「「……」」
「そんなに壊れやすいものではないと思うのだけれど……?」
「それって、やき……むぐっ……!!」
「……やき?」
なまえは怒られる根本的な原因がよくわかっていないようだが空とパイモンは原因を理解した。
だがなまえに何も伝えない。
そういう問題には口を挟まないほうが良い。
夫婦喧嘩は犬も食わないという空の頭にどこかで聞いたことわざが頭をよぎる。
そのように古今東西夫婦のそう言う諍いや2人にしかわからない内情には口を出さないほうがいいということを彼は知っていた。
彼女が気づいていないのならばなおさら首を突っ込むべきではない。
だから空は咄嗟にパイモンの口を押さえて待ったをかけた。
そのまま口を開かせないようにパイモンを小脇に抱えた空は何事もなかったかのようになまえに話しかける。
「……なんでもないよ。なまえさん、岩神関連の物以外の方がいいんじゃないかな」
「え、……あのパイモンちゃんは……、」
しかし、なまえはそうはいかない。
もがもがと何か喚きながら空の手から抜け出そうとするパイモンを見つめておろおろとしている。
それもそうだよなと思いながら空はパイモンを解放した。
「……ぶはっ! おい! 空!! いきなり何するんだよ!」
「ごめん。パイモンの頭に虫が止まりそうだったから」
「……えっ、そうなのか?」
「嘘だけど」
「おい!」
手を離すとやはりパイモンは怒っていた。
話題をそらすことには成功したので空はあとで美味しいものをあげようとパイモンに心の中で謝った。
そんなやりとりをして巧み(?)に話題をそらした空はなまえとの話を続ける。
「それで、なまえさん。話を戻すけど俺はもっと違うもののほうがいいと思うよ」
「でも、違うものなんて……」
「さっき言ってた花瓶は?」
「花瓶? でも家に花瓶は余っているし……」
空の提案になまえはつい先日何も入っていない花瓶を部屋で見ていたことを思い出していた。
「花瓶……といえば鍾離の誕生日の時、オイラたち璃月特産の花を集めて花束にしてプレゼントしたよな?」
本当に頭に虫がいないか確かめるために頭に手を置いていたパイモンが思い出すように空を見た。
当日に誕生日だと聞いた空達は慌てて鍾離を祝うべく璃月特産の花々を摘んで摘んで摘みまくった。
それも前日にモラを散財したせいであった(あと大きな声では言えないがパイモンの膨大な食費のせいもある)。
モラは貨幣と触媒の両方の役割を持つから空のような冒険者にとってはモラはいくらあっても足りないのだ。
「花を? ……あの 、旦那様に?」
「おう! 喜んでくれたぞ!」
2人の話を聞いていたなまえは心底驚いた。
なまえの脳裏に花どころか他のものにもまったく興味を示さなかったかつての彼の姿がよぎった。
けれど、この間の郊外旅行では何かものを見るとあれはなんだの、これはなんとかだと、とても熱心にそしてわかりやすく説明してくれていたなと知識お化けになっていた夫の姿を思い出した。
「(私のいない間に旦那様変わりすぎでは……?)」
なにが彼をそうせしめたのかは知らないが、今の彼も昔の彼も変わらないことはある。
彼は変わらずなまえを大切にしてくれるのだから別に良いかと考えを終わらせた。
なぜならそれよりも考えなければならないことが目の前にはあるからだ。
「そうだね。花を贈るっていうのもいいんじゃないかな? 花ならこれから摘みに行けば今日中に渡せるだろうから」
そんななまえの考えていることなど知る由もない空はパイモンの言葉に頷いた。
花を贈られて喜ばない人間はいないだろう。
それはきっと仙獣でも神だって同じはずだ。
モラを貯める必要もないからちょうどいいのではないかとパイモンも空もそう思った。
「花……いいかも。ありがとう、2人とも! 私、旦那様に花を贈ることにする!」
2人の話を聞いて、まったく選択肢になかったものではあるがそれも良いのかもしれないとなまえもまた思った。
空とパイモンのおかげで贈り物が決まったなまえ。
善は急げと2人に礼を言って立ち去ろうとした。
それを呼び止めたのはパイモン。
「お、おい! 1人で行くつもりか?」
「え? ……うん」
パイモンの問いかけになまえは不思議そうに首を傾げた。
当然のようにひとりで行くつもりだったなまえはパイモンの疑問の意図がわからなかった。
すでに一通り璃月を周っているのだからひとりでも大丈夫であると思っている。
「神の目も持ってないのに璃月港郊外をひとりで歩くなんて危ないぞ」
「神の目……? ああ、大丈夫だよ。その神の目?がなくても私は魔物には負けないから」
外には宝盗団、野生のイノシシにヒルチャールやらトリックフラワー、アビスの魔術師といった危ない生物や魔物がたくさんいるのだ。
神の目の所有者ではないなまえが1人で歩くには危険ではないかとパイモンは心配していた。
しかし、なまえには別の言葉が気になったようだ。
神の目という言葉を聞いて不思議そうな顔を覗かせる。
彼女のその態度にあれ?と空もまた不思議に思った。
けれどもその後はなんてことのないように話すのでそんななまえの様子に流されるように立ち去る彼女を見送ってしまった。
手を振ってなまえを見送った後、パイモンがハッと我に返ったように空に向けてツッコミを入れるように声を出した。
「――って、大丈夫じゃないだろ! もし、なまえが怪我でもしたら黙って見送ったオイラたちが鍾離に怒られるかもしれないぞ!」
「いや、それは……」
ないだろうと言いかけた空だったが、少し考えた。
基本的になまえの自由にさせているようにみえる鍾離だが、何千年も嫁を思い続けていたことを考えるとパイモンの言うことも当たっているかもしれない。
「ひとりで行かせてなまえが怪我してみろ。なまえに花束をつくるように提案したオイラたちにも責任があるだろ……?」
空が黙って考えている間にパイモンはどんどん考えを悪い方向に向かっていた。
「それで……も、もし怪我したなまえが鍾離の前にあらわれてみろ。怒った鍾離はオイラたちを岩食いの刑にするかもしれない……。こ、こうしちゃいられない空! なまえを1人にしておけない!」
「いや、いくらなんでも……」
ひとりで震えながら勝手に結論を出したパイモンは慌ててなまえの去った方向へ飛んで行ってしまった。
「それはない、と……思うけど、……」
岩食いの刑は契約を反故にした時の罰である。
パイモンも空も契約したわけではないのでそれはないだろうと思って口にするがすでにパイモンはいない。
空の言葉は雑踏の中で虚しく響くだけだった。
「……」
見えなくなったパイモンの行動の素早さに何とも言えない気持ちになりながらも、すでに姿の消した2人を空も追いかけることにした。
設定とあとがき
・パイモンがちょっとかわいそうな場面あります
璃月港に旅人である空とパイモンの姿があった。
冒険者協会から出された依頼を確認してその依頼をこなすために移動の途中だ。
その途中でパイモンは見知った人を見つけて空に声をかける。
「あれ? あそこにいるのってなまえじゃないか?」
「あ、本当だ」
「声かけてみようぜ! おーい、なまえ~!」
パイモンの大声に周りの人々も反応を示したが、自分のことではないとわかるとまたもとに戻っていった。
呼ばれた当人であるなまえも気づいてくれたようで小さく手を振りながらこちらに近づいてきた。
「パイモンちゃんと空くん! お久しぶり」
「久しぶり」
「ひとりか? 鍾離とは一緒じゃないんだな」
「旦那様は今日は往生堂にいらっしゃるの。それより2人とも! モラを稼ぐ良い方法知らない?」
「「モラ?」」
なまえの問いかけに2人は顔を見合わせた。
モラが欲しいというなまえの言葉に真っ先に思ったのは彼女の夫のことだった。
彼の正体を知っているからこそ思い浮かぶ彼の癖。
「モラって……そんなに生活に困窮してるのか?」
「ほら、やっぱり鍾離先生だから……」
「ああ、そうだな。財布持ち歩かないしなあ」
パイモンが自分のことのように悲しそうに眉を寄せてなまえを見た。
きっとツケが溜まって支払いに追われているんだろう。
勝手に他家の家計事情を邪推して空とパイモンはなまえに心底同情する。
鍾離が財布を持ち歩かないことは彼を知る人のなかでは結構有名なことである。
長年の癖を直すのはなかなか難しいようで空達と歩いていた時も、タルタリヤと食事した時も彼曰く「うっかり」することは常であった。
そんなことをコソコソしながらも目の前で話すものだから当然なまえには聞こえている。
しかしなまえはそんな彼らの言葉に不快な感情は一切見せずに、むしろ楽しそうにくすくすと笑っていた。
「ふふっ、生活の方は大丈夫。心配してくれてありがとう。実は私まだ少し今の生活様式に慣れていなくて、普段のお支払いは旦那様にお任せしているの」
「ま、まかせている!? じゃあ、2人で外出した時とかはどうしてるんだ?? やっぱり……ツケなのか!?」
パイモンは鍾離が財布を持つということが信じられなかった。
パイモンの脳裏にはいつも当たり前のように他人に支払ってもらう彼の姿が定着しすぎていた。
嫁の前で財布を忘れる姿などかっこ悪すぎるだろと声を上げている。
「つけ? ……よくわからないけど、買い物するときはいつも旦那様がお会計してくださるわ」
「「えっ?!」」
「先生の財布はタルタリヤじゃないの?」
なまえの言葉に衝撃を受けた空とパイモンは思わず声を上げて顔を見合わせた。
その驚きのまま思わず空は皆のお財布であるタルタリヤのことを口に出していた。
「え? タル、タ……なに?」
なまえはどうやらタルタリヤのことは知らないらしい。
首を傾げながら財布を買った店は知らないと見当違いの答えを話している。
鍾離はわざと彼の話をしなかったのか。
そんなことを空が考えているとなまえの疑問にパイモンがかわりに答えていた。
「タルタリヤ。愚人衆の執行官で『公子』だぞ」
「ふぁでゅ、い……? ふぁ、ふぁとぅ……??」
よくわからないと言外に含ませながらなまえはパイモンから聞き取った言葉を繰り返そうとしていた。
けれども、うまくできていない。
どうやらタルタリヤはおろか、ファデュイという組織自体も初耳のようで知らないみたいだ。
そんななまえのその様子に2人は鍾離から何も聞いていないことを悟った。
そして知らなかったとはいえ勝手に話してよかったのか少し慌てる。
しかし、とりあえず口に出してしまったものは撤回できないので先の迎仙儀式からはじまったあの事件のことは話さず当たり障りのない説明することにした。
「鍾離のやつ……まったく話してなさそうだな」
「みたいだね。とにかくファデュイっていうのはある組織のことで、七国のひとつスネージナヤの組織で、そこのまとめ役が――」
頭を抱えたパイモンの代わりに空がなまえに簡潔にタルタリヤの身元について説明した。
「へー、そのような組織があるのね。本当に私の知る世界じゃないみたい。(……それにしてもそのタルタリヤさんが財布ってどういうことなんだろう)」
空の説明により、なまえはタルタリヤというのが人名だと知ることができた。
しかし、その彼か彼女かはわからないがその人をお財布と呼んだ言葉にはなまえの中で疑問が残る。
一方、なまえの素直な言葉に空は彼女に親近感を覚えた。
長い間秘境の中で眠っていたなまえ。
それを助けたのは他ならぬ空である。
だから、彼女がいまだこの世界に慣れていないことも理解できる。
年月の隔たりは大きく、慣れるのには時間がかかるだろう。
異世界から来た空と同じようにこの世界はいわば見知らぬ土地である。
「大丈夫だよ」
「……え?」
空は気がつくとそんな言葉を発していた。
自分の境遇と重ねてしまったようだ。
空もなまえも知らないことが多い世界かもしれないが心配ない。
なぜなら空には頼もしい仲間であるパイモンがいるし、なまえには鍾離がそばにいる。
そう伝えるとパイモンもまたなまえを励ました。
「そうだぞ! お前には鍾離がいるんだからな!」
「うん、そうだよ」
「空くん……パイモンちゃん。……2人ともありがとう」
2人の優しさを汲み取ったなまえは心が暖かくなった。
彼らはずっと優しくて、まだ出会ったばかりのなまえに対してもその優しさは変わらなかった。
だからこそ鍾離も彼らに送仙儀式を手伝ってもらったのかもしれない。
そう思った。
「それで、話を戻すけどなんでなまえはモラがいるんだ? 買い物は鍾離が連れていってくれるんだろ?」
「それなんだけど……実は、」
そこまで話してなまえは二人にさらに近づくように手招きをした。
道の真ん中で集まってこそこそと会話する三人に通りがかる人々は訝しげな視線を送る。
そんな視線も気にならないほど彼らは話に集中している。
そしてなまえの話を聞いてパイモンは思わず声を上げた。
「プレゼント?! ……日頃の感謝か。なるほどなあ、それなら鍾離本人には頼めないよな」
「そうだね。何をあげるのかもう決めたの?」
日頃の感謝も込めて何か贈り物がしたいと話すなまえは残念ながらモラを持っていない。
だから、モラを得る方法を空達に尋ねたのだった。
なぜモラが欲しいのか納得がいったパイモンが頷く。
そしてあとに続いた空の問いかけになまえが困った顔を隠さなかった。
「この間から散歩がてらいろいろ見ているんだけどなかなか良いのがなくて。ほら、変なものだったら何か言われそうで……」
鍾離は博識だ。
本人は記憶力が良いだけだと言っているが彼はまごうことなく様々な分野に精通している。
なまえは買い物の時に物の見分け方を教えてくれたり、普段から様々なものについて話す鍾離の姿を思い浮かべていた。
いつの間にあんな知識の権化みたいになってしまったのだろうか。
万が一、贋作など渡そうものなら本格的に真贋についての講義がはじまりそうだ。
「たしかに……。でも鍾離がなまえに何か言うとは思えないけどなあ」
「俺も先生はなまえさんから何をもらっても喜ぶと思うけど」
「でも、この間帝君土偶を買おうと提案したら隣の花瓶に話を逸らされたんだけど……」
「帝君土偶……?」
何それと言わんばかりに首を傾げる2人。
そもそも岩神本人がいるのだから帝君関連の物は不要なのでは?と思いながらパイモンが言葉を繋いだ。
「それはオイラでも花瓶を勧めるぞ。せめて首振り帝君人形の方がいいんじゃないか?」
岩王帝君が璃月を去ったとしても彼の人気は健在だ。
去った神への哀悼の意味も込められているのか帝君を少しでも近くに感じたいと思っているのか、帝君グッズはまだまだよく売れているらしい。
その中でも人気なのがやはり帝君ゆかりの子供にも人気な凧といった玩具系や手ごろな値段の置物類になる。
「それはもう邸にあるわ。首が動くのが楽しくて! 毎日遊んでると旦那様にやめなさいって怒られるの」
「「……」」
「そんなに壊れやすいものではないと思うのだけれど……?」
「それって、やき……むぐっ……!!」
「……やき?」
なまえは怒られる根本的な原因がよくわかっていないようだが空とパイモンは原因を理解した。
だがなまえに何も伝えない。
そういう問題には口を挟まないほうが良い。
夫婦喧嘩は犬も食わないという空の頭にどこかで聞いたことわざが頭をよぎる。
そのように古今東西夫婦のそう言う諍いや2人にしかわからない内情には口を出さないほうがいいということを彼は知っていた。
彼女が気づいていないのならばなおさら首を突っ込むべきではない。
だから空は咄嗟にパイモンの口を押さえて待ったをかけた。
そのまま口を開かせないようにパイモンを小脇に抱えた空は何事もなかったかのようになまえに話しかける。
「……なんでもないよ。なまえさん、岩神関連の物以外の方がいいんじゃないかな」
「え、……あのパイモンちゃんは……、」
しかし、なまえはそうはいかない。
もがもがと何か喚きながら空の手から抜け出そうとするパイモンを見つめておろおろとしている。
それもそうだよなと思いながら空はパイモンを解放した。
「……ぶはっ! おい! 空!! いきなり何するんだよ!」
「ごめん。パイモンの頭に虫が止まりそうだったから」
「……えっ、そうなのか?」
「嘘だけど」
「おい!」
手を離すとやはりパイモンは怒っていた。
話題をそらすことには成功したので空はあとで美味しいものをあげようとパイモンに心の中で謝った。
そんなやりとりをして巧み(?)に話題をそらした空はなまえとの話を続ける。
「それで、なまえさん。話を戻すけど俺はもっと違うもののほうがいいと思うよ」
「でも、違うものなんて……」
「さっき言ってた花瓶は?」
「花瓶? でも家に花瓶は余っているし……」
空の提案になまえはつい先日何も入っていない花瓶を部屋で見ていたことを思い出していた。
「花瓶……といえば鍾離の誕生日の時、オイラたち璃月特産の花を集めて花束にしてプレゼントしたよな?」
本当に頭に虫がいないか確かめるために頭に手を置いていたパイモンが思い出すように空を見た。
当日に誕生日だと聞いた空達は慌てて鍾離を祝うべく璃月特産の花々を摘んで摘んで摘みまくった。
それも前日にモラを散財したせいであった(あと大きな声では言えないがパイモンの膨大な食費のせいもある)。
モラは貨幣と触媒の両方の役割を持つから空のような冒険者にとってはモラはいくらあっても足りないのだ。
「花を? ……
「おう! 喜んでくれたぞ!」
2人の話を聞いていたなまえは心底驚いた。
なまえの脳裏に花どころか他のものにもまったく興味を示さなかったかつての彼の姿がよぎった。
けれど、この間の郊外旅行では何かものを見るとあれはなんだの、これはなんとかだと、とても熱心にそしてわかりやすく説明してくれていたなと知識お化けになっていた夫の姿を思い出した。
「(私のいない間に旦那様変わりすぎでは……?)」
なにが彼をそうせしめたのかは知らないが、今の彼も昔の彼も変わらないことはある。
彼は変わらずなまえを大切にしてくれるのだから別に良いかと考えを終わらせた。
なぜならそれよりも考えなければならないことが目の前にはあるからだ。
「そうだね。花を贈るっていうのもいいんじゃないかな? 花ならこれから摘みに行けば今日中に渡せるだろうから」
そんななまえの考えていることなど知る由もない空はパイモンの言葉に頷いた。
花を贈られて喜ばない人間はいないだろう。
それはきっと仙獣でも神だって同じはずだ。
モラを貯める必要もないからちょうどいいのではないかとパイモンも空もそう思った。
「花……いいかも。ありがとう、2人とも! 私、旦那様に花を贈ることにする!」
2人の話を聞いて、まったく選択肢になかったものではあるがそれも良いのかもしれないとなまえもまた思った。
空とパイモンのおかげで贈り物が決まったなまえ。
善は急げと2人に礼を言って立ち去ろうとした。
それを呼び止めたのはパイモン。
「お、おい! 1人で行くつもりか?」
「え? ……うん」
パイモンの問いかけになまえは不思議そうに首を傾げた。
当然のようにひとりで行くつもりだったなまえはパイモンの疑問の意図がわからなかった。
すでに一通り璃月を周っているのだからひとりでも大丈夫であると思っている。
「神の目も持ってないのに璃月港郊外をひとりで歩くなんて危ないぞ」
「神の目……? ああ、大丈夫だよ。その神の目?がなくても私は魔物には負けないから」
外には宝盗団、野生のイノシシにヒルチャールやらトリックフラワー、アビスの魔術師といった危ない生物や魔物がたくさんいるのだ。
神の目の所有者ではないなまえが1人で歩くには危険ではないかとパイモンは心配していた。
しかし、なまえには別の言葉が気になったようだ。
神の目という言葉を聞いて不思議そうな顔を覗かせる。
彼女のその態度にあれ?と空もまた不思議に思った。
けれどもその後はなんてことのないように話すのでそんななまえの様子に流されるように立ち去る彼女を見送ってしまった。
手を振ってなまえを見送った後、パイモンがハッと我に返ったように空に向けてツッコミを入れるように声を出した。
「――って、大丈夫じゃないだろ! もし、なまえが怪我でもしたら黙って見送ったオイラたちが鍾離に怒られるかもしれないぞ!」
「いや、それは……」
ないだろうと言いかけた空だったが、少し考えた。
基本的になまえの自由にさせているようにみえる鍾離だが、何千年も嫁を思い続けていたことを考えるとパイモンの言うことも当たっているかもしれない。
「ひとりで行かせてなまえが怪我してみろ。なまえに花束をつくるように提案したオイラたちにも責任があるだろ……?」
空が黙って考えている間にパイモンはどんどん考えを悪い方向に向かっていた。
「それで……も、もし怪我したなまえが鍾離の前にあらわれてみろ。怒った鍾離はオイラたちを岩食いの刑にするかもしれない……。こ、こうしちゃいられない空! なまえを1人にしておけない!」
「いや、いくらなんでも……」
ひとりで震えながら勝手に結論を出したパイモンは慌ててなまえの去った方向へ飛んで行ってしまった。
「それはない、と……思うけど、……」
岩食いの刑は契約を反故にした時の罰である。
パイモンも空も契約したわけではないのでそれはないだろうと思って口にするがすでにパイモンはいない。
空の言葉は雑踏の中で虚しく響くだけだった。
「……」
見えなくなったパイモンの行動の素早さに何とも言えない気持ちになりながらも、すでに姿の消した2人を空も追いかけることにした。
設定とあとがき