私はあなたを知らないけれど
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最近、鍾離さんは以前よりもずっと心穏やかでいるようだ。
以前は少し考え込むようなことも多かったように私には見えた。
けれど、いつだったか……そうだ迎仙儀式の頃からだろうか。
いや、送仙儀式の後からかな……すごく吹っ切れたような様子だった。
その頃は忙しかったみたい。
それであまり一緒にいなかったから、はっきりしたことは定かじゃない。
私と鍾離さんは長い付き合いだ。
長い付き合いといっても、ほとんど偶発的に出会うものであって、近所の人とかそういうものではなかった。
でも、年に何度かは必ず会っていた。
最初の出会いはどういったものかはもう忘れてしまったけれど、なぜかお名前を教えてくれなかったことはよく覚えている。
なんと呼ぼうかすごく迷ったからだ。
けれど何度か会ううちにようやく鍾離と呼ぶように言われた。
そんな出来事がいくつかあって、なんだか変な人だとは思っていた。
知り合って長い時間が経つのに姿形が変わらないことに気づいて、それでようやく鍾離さんも仙人だと知った。
どうして教えてくれなかったのかと尋ねるといつ気づくのか試していたと笑いながら教えてくれた。
その時、この人はこんなふうに笑えるんだと彼の笑顔がとても印象に残った。
私は煙緋と同じように帝君と契約を結んでいない仙人だ。
彼女は法律家として立派に大成している。
けれど私は何か大事を成したわけではない。
皆が皆そうなるわけではないと鍾離さんは話してくれたけれど、本当にそれでいいのかな。
仙人なのに平凡な生活をしている私と違って鍾離さんは結構忙しい人のようだ。
だから私は彼と会う機会はすごく少なかった。
それでも私達は凡人よりずっと長生きだ。
少ないといっても年に数回以上は必ず会うことができた。
日付も時間もバラバラでいつの間にか隣にいたということもあった。
実は鍾離さんが名前を教えてくれるまでは神出鬼没なお兄さんと私は心の中でそう呼んでいた。
これは私だけの秘密だ。
彼は私と違って帝君と何らかの契約を結んでいるみたいだったから忙しいのだろう。
どんな契約を結んでいるのかは教えてもらえなかった。
たぶん秘密にしてないといけないような契約なんだと思う。
鍾離さんはいつも忙しそうだったからきっと帝君から頼りにされているに違いない。
そんな彼が私にわざわざ会いに来てくれるのはどういう理由なのか長い間知ることはなかった。
あとで聞くとそれは彼も同じだったらしい。
よくわからないけど会いたかったからだって。
本当におかしな人だと思った。
「鍾離さんは、……何か特別な能力でもお持ちなのでしょうか?」
一度だけ私はそんなことを鍾離さんに尋ねたことがあった。
どう答えてくれたかは忘れてしまったけれど。
でも彼は私がどこにいようとも会いに来てくれた。
まるで璃月全体のことが分かるみたいですねと私が言うと彼は少し驚いた顔をしていた。
その時の彼はあまり表情を見せない人だったから私も驚いてしまった。
でもそれ以上にそんな彼の顔が見ることができて私は嬉しかった。
突然だが鍾離さんはとーーーってもお金持ちだ。
以前会ったお父様の知り合いの仙人が「モラなどなくとも生きてゆける」とおっしゃっていた。
その方は俗世との縁を断ち切ってらっしゃるから必要ないのかもしれないけれど、俗世で生きるならば多少のモラは必要になる。
というか、不要でもモラの方からやってくる。
それでも鍾離さんの金銭感覚はおかしい。
基本的に質素な生活を好む仙人とは思えない。
彼は恐ろしいほど気前が良くて不思議なほどモラを所持している。
そのせいで世間知らずな御曹司かと思われてガラクタを高値で売り付けようとする人もいた。
けれど鍾離さんはたしかな目を持っていた。
彼の目利きは正確でそのような輩に騙されることはなかった。
そんな彼の姿を見て、私はやっぱり帝君の信頼厚い方は違うなあと感心したものだ。
そんな鍾離さんと私の関係に転機がきたのはある晴れた昼下がりのことだった。
もはや恒例行事となってしまった私と鍾離さんのおしゃべりの今回の場は璃月港が一望できる人のいない一角で行われていた。
誰もいない方が会話に集中できるからだ。
璃月港に入港する船を眺めていると鍾離さんは璃月港に新しく居を構えると言ってきた。
お引越しですかと尋ねると今の仕事にキリがつきそうだからとそう話してくれた。
でも、なんだかとても難しい顔をしていて、本当にお仕事にキリがつきそうなのか疑問が生じたことをよく覚えている。
「往生堂の客卿をしてみようと思う」
「往生堂? 往生堂って……たしか、葬儀の……」
いつものように2人で並んで腰を下ろして話をする。
それにしてもそのお仕事って帝君からの任務なのだろうか。
だって、まさか帝君との契約を反故にするわけないし。
潜入任務でもしているのかな。
帝君は年に一度璃月の民に託宣を下す。
その一環で璃月港に住むというのかしら。
それでその隠れ蓑として往生堂の客卿をするのだろうか。
たくさん疑問が湧いてきて、私は何も鍾離さんに尋ねることができなかった。
何から聞けばいいのか迷っていると彼が先に口を開いていた。
「それでなまえさえ良ければ一緒に住まないか?」
「……一緒に?」
思わぬ提案に私はただ彼の言葉を繰り返すことしかできなかった。
鍾離さんと一緒に住む……それは毎日鍾離さんに会えるということか。
鍾離さんとは時々しか会えないし、会えたら嬉しいけれど別れたら寂しくなるもの。
一緒に住めば最後には帰ってきてくれるということだし、たくさんお話もできる。
それはとても嬉しいことである。
でも一緒に住むってなんだか家族みたい。
そういえばお父様がこの間ようやく帰ってきた。
100年ぶりぐらいに会ったけど元気そうでよかった。
「(……ん? 待って、一緒に住むっておかしくない?)」
なんで鍾離さんが一緒に住もうと誘ってくるの?
だって、私達はただ偶に会って話すだけなのに……。
私は鍾離さんが帝君と契約している仙人だってことしか知らない。
鍾離さんだってそれは一緒のはず。
私の家の場所だって知らないだろうし、それに同じ家に暮らすのは家族だからってお父様が前に言っていた。
「(一緒に住むとはつまり、鍾離さんの家に私が入るということ……? それってつまり……。つ、つまり、……つま、り…………??)」
心の中である言葉がよぎったけれど、私はその言葉を己の胸のうちでさえ言えずにいた。
そうして考えすぎた私は頭が真っ白になっていつのまにか意識を失っていた。
――
「……っ」
私が目をさますと見知らぬ部屋の一室にいた。
調度品など置かれていない質素な部屋。
「起きたか」
「……鍾離さん」
鍾離さんは当然のように私の寝かされている寝台の隣に置かれた椅子に座っていた。
「突然倒れるから驚いたぞ。たまたま通りかかった近くの親切な
簡単にこれまでの経緯を説明してくれた鍾離さん。
その後、水を飲むと良いと差し出してくれた湯飲みの中の水を一口、口に含んで飲み、それから一気に飲み干した。
すると部屋の扉がノックされて鍾離さんが返事をする。
扉の向こうから現れたのは意思の強そうな目をした、いかにも頼り甲斐のありそうなご婦人だった。
「ああ、良かった……起きたんだね。大丈夫だったかい?」
ご婦人は目覚めた私と目が合うとその意思の強そうな瞳が優しくなった。
そして、柔らかく笑うので事態を飲み込めていないながらも頷いて元気なことをアピールした。
するとそのご婦人は鍾離さんに顔を向けて、呆れたように口を開いた。
「……全く、旦那なら奥さんのことはちゃんと見てあげないと」
「……、……これからはもっと気をつけることにしよう」
「そうだよ。 いくら顔がよくても気遣いのできない男は愛想を尽かされちまうよ! 」
慣れ親しんだように2人は話していた。
明らかにおかしな単語が散見していたのに鍾離さんもこちらのご婦人もただ普通に話している。
「(……ああ、これは夢か)」
私はそう思うことにした。
もう一度寝よう。
それが良い。
そうしよう。
「……おや、眠っちまうのかい? よほど疲れているんだね」
「すまない。もう少し部屋を借りても良いだろうか」
「かまわないよ」
そんなやりとりが聞こえていたがそれも徐々に聞こえなくなった。
誰かがめくれた掛け布団を肩までかけてくれた。
――――
――
――いや、それっておかしくない?
夢とは言え、鍾離さんが当たり前のように納得してるのも、謎の親切なご婦人が当たり前のように話すのも。
おかしいよ。
夢だからって、そんな、そんなこと……。
だって、夢って願望が反映されるんでしょう?
それはつまり、私の望むことが、……?