会うは別れの始め
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それは野生の琉璃百合がまだたくさんあった頃の始まりの話である。
彼がはじめてなまえに出会った時、彼女は戦っていた。
少女という見た目に反して淡々と敵を屠る姿に彼は柄にもなく感心した。
自分には勝らないがそれなりの腕は持つと彼は少女の力について認めた。
だから彼女が“そう”であると彼は思い込んだ。
それから暫くして何の危うさもなく敵を全て葬った少女を隠れもせずに静かに彼は見ていた。
彼が手を出さずとも無傷で戦闘が終わらせた少女は彼が見ていたことにようやく気づく。
息を吐いて落ち着こうとしていた体をまた緊張させた彼女。
ハッと驚いたような顔をした後、手にしていた武器を慌てて隠した。
「……だ、だれ?!」
動揺しながらもこちらを見て警戒する少女。
そんな彼女を見て正直なところ少し落胆した。
見知らぬものに対して武器を手放すことなど素人のすることだ。
戦闘時の動きとは真逆の悪手をとる少女。
相手が切りかかってきたらどうするのかと彼は心の中で彼女を笑った。
しかしそんな心の内とは裏腹に彼は何の感情を見せずに警戒する彼女に声をかけた。
「お前はここを治める魔神か?」
「えっ、……ち、違うよ! 私はただの居候!!」
「……居候?」
なんだその答えは……と思ったが彼は口にはしなかった。
「お前は魔神だろう。なぜ居候などと名乗る。お前ほどの腕なら自分の地を持ってもやっていけるだろう」
そう彼がいうと少女は明らかに不機嫌な表情になった。
「……あなたこそ魔神でしょう? どうしてこんなところに1人でいるの?」
彼を非難するような棘があるような言い方をしたかと思えばそこまで言って何かをひらめいたのか顔色を悪くして、焦りだした。
「……ま、まさか帰終ちゃんを狙いに……?!」
彼が何も言わないのを良いことに少女はあることないことを話して1人で勝手に決めつけた。
「わ、わたしが相手になるわ!」
そう言って彼の前に立ち塞がる。
だが彼女は先ほど使っていた武器を出そうとはせず拳を構えた。
その拳は少し震えている。
「……」
このままこの少女を見ているのもなかなか興味深いものではあったがそうもいかない。
「違う。塵の魔神に話があって会いにきた」
「………え? そうなの??」
その言葉に拳をおろして興味深そうに自分を見てくる彼女。
その様子を見ながらやけに喜怒哀楽が激しい少女だと彼は思った。
それがなまえに抱いた彼の素直な第一印象だった。
――
「先程は取り乱してごめんなさい」
彼は落ち着きを取り戻した少女の案内で塵の魔神の領地内を歩いていた。
活気があるそこは市場のようで塵の魔神の統治がうまくいっているように見える。
領民達は少女を見ると必ず頭を下げた。
見慣れぬはずの彼にも同じような対応をしているところを見ると信頼が厚いようだ。
その様子に彼は居候と自称する割には随分慕われているものだと思った。
「俺を領民の前に連れても良いのか?」
「どうして? ここを通らなきゃ塵の魔神のところには行けないよ?」
先導する少女に少し意地の悪い質問をした。
それなのに彼女は何の意も解さずにあっさりと流そうとする。
そんな彼女の余裕がなんだか気に触る。
大したことではないはずなのに、なぜかわからない。
一言「そうか」で終わらせればいい話なのになぜかムキになって話を続けるようにまた口を開いてしまっていた。
「俺が領民に手をかけるとは思わないのか」
「……思わないよ。だって、そのためのわたしだもの」
そう言った少女の言葉には何の強がりも感じられない。
声色も平淡で、彼女が本当に彼を脅威に思っていないようだ。
彼よりも力はないはずなのにそんな自信がどこから湧くのか彼女の魔神としての力に少し興味が湧いた。
「そうだ。聞いてなかったけど、あなたなんていう名前なの? わたしはなまえ。これからも会うかわからないけどよろしくね」
思い出したかのように少女は名前を名乗った。
彼女の名前を聞いてこちらも名乗らないわけにはいかない。
彼は最低限、簡潔に自分の名前だけを少女に教えた。
そんな市場と呼べる場所を抜けると人気が少なくなっていく。
それと引き換えに引き換えに草木が見えてきた。
そして花々の姿も少しずつ増えてきた。
白藍の花が多いような気もするが、別に気にすることはなかった。
それよりもなんだか嬉しそうな表情で弾むように一歩一歩を踏み出す少女の方が気になった。
「〜♪」
ついに楽し気な雰囲気を隠すことなく鼻歌まではじめてしまった。
いくら会話がないとはいえ、2人は初対面である。
先程の態度といい、少し呑気すぎないかと彼は呆れたようになまえを見つめた。
すると見上げた彼女と不意に目があって歌が止まった。
同時に2人の歩も止まる。
そしてなまえの赤くなった頬が緩む。
「……!」
彼はその日初めてしっかりとなまえの笑顔を見た。
破顔する少女と無表情の彼。
不思議な光景であったが幸い目撃者はいなかった。
彼が何も言わなかったからだろうか両者に動きがあったのはそれから少し後のことだ。
何事もなかったかのようにまた2人は歩き出した。
やはり2人の間に会話はなかった。
そうして、花の数が明らかに増えてきたところでなまえが話しかけた。
「どう? 綺麗でしょう?」
「……別に花が綺麗だろうが俺には関係ない」
「そんなこと言わないで。琉璃百合っていうの、このお花の名前。良かったら覚えてあげてね」
いつの間にか辺りは白藍の花に侵食されていた。
その花はそこらじゅうに咲いていて特に珍しくもない。
そんな花などいちいち気にもとめていない彼は何の感情も抱くはずがない。
このような光景は彼の琴線に触れるものではなかった。
だから、楽しそうにするなまえの姿の理由も彼にはとても理解できそうになかった。
花が咲こうが、その花の美醜だとか彼にはどうでも良かった。
そもそも花について考えるだけ時間の無駄だ。
だがなまえはそうではないらしい。
名前を覚えろという彼女の言葉に魔神らしくない変な少女だと彼は冷たい目で彼女を見た。
そんな彼の様子をわかっていたかのように何も言わないなまえ。
その後は会話もなくなまえの鼻歌だけが辺りを包んで琉璃百合が揺れていた。
それが風によるものかそうではなかったのかは彼にはわからなかった。
気づくと見渡す限り青だった。
空も青ければ地面も青い。
晴れ渡り澄み切った空と琉璃百合に染まった大地。
そのままどこまでも続くその青に迎えられるようにして彼は進む少女にあとに続いた。
「帰終ちゃーん! いるー?」
「……」
見渡す限りの琉璃百合が咲く中、なまえは声を上げた。
彼は琉璃百合が群生するその地を見たがそこには人影は見られなかった。
彼は琉璃百合が群生し、辺りを青く染めるその地を見たがそこには人影どころか羽を休める鳥の姿さえも見つけることはできない。
ここにはいないのではないかと思った時、少し遠くで声が聞こえた。
「……なまえ~、ここ…」
「あ、いた。……ごめんなさい。呼んでくるので少しここで待ってて」
声のする方へ目を向けると細い腕らしきものが琉璃百合の間からひらひらと動いていた。
彼よりも先に目ざとく見つけたなまえは断りを入れて、彼を置いてそちらへと進んでいった。
なまえが声の方へ着くと帰終が微睡んでいた。
帰終は今日も領民達といろいろな問題について考えていたはずだとなまえは彼女の予定を思い出していた。
なまえが到着すると帰終は腕を下ろして目を開けた。
なまえは寝転ぶ帰終の横にしゃがみ込んだ。
「起こしてごめんね、帰終ちゃん」
「なまえ~。どこに行ってたの? 探したけど見当たらなかったから寝ちゃってた」
「ごめんね。外で果物とって食べてたの。あのね、帰終ちゃん。帰終ちゃんに会いたいって来てる人がいるんだけど」
果物をとっていたとなまえは帰終に嘘をついた。
外に出る理由はいつもこう言っていた。
頭の良い彼女なら嘘だと知っているかもしれない。
だけど彼女が何も言わないのを良いことになまえはそんな帰終に甘えていた。
「――客?」
「うん。ここまで案内しちゃったんだけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。なまえが案内しても良いって思ったのならかまわないわ。私はその心を信じているもの」
そう言って帰終は起き上がってなまえが来た方向を見た。
たしかに見慣れぬ人物が立っているのが見えた。
遠くから見ても彼の強さはわかる。
あれほどの強さを持つのはこの辺りにはそれほど多くはない。
だからそれが何者なのか帰終には見当がついた。
「あれは……岩の魔神ね」
「知ってるの?!」
驚くなまえの姿に帰終は相変わらず喜怒哀楽が激しいなあと彼女の魅力にくすりと笑った。
「伊達になまえより長く生きてるわけじゃないわ」
「……あんまり変わらないじゃん」
「その“あんまり”というのが大きな差、なのよ」
そう言いながら立ち上がった帰終は彼女の身には少し大きい服についた汚れを払う。
そんな帰終を座ったまま見上げるなまえは口を開いた。
「あの人、悪い魔神じゃないと思う」
――だから、ここまで案内したの。
なまえがぽつりと言ったのを帰終はたしかに聞いた。
その言葉をしっかりと頭に入れて帰終は座り込むなまえに手を差し伸べた。
「……私も彼とは一度話してみたかったし、ちょうど良いわ」
帰終の視線の先には岩の魔神が立っている。
岩の魔神の鋭い眼光を受けながらも塵の魔神は目を背けることなく客人に向かって歩を進めた。
目を背けてはいけない。
交渉はもう始まっているのだから
設定とあとがき