真実を知るのは今日ではない
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「おいおい、そんなんで本当に大丈夫なのか?」
「……うるさいですよ。センパイ」
木の上に向かって木の棒を持ち上げようと拾い上げた私に後ろから声をかけてきたのは騎士団の先輩であるガイアだ。奴は騎兵隊の隊長のくせにそこらへんをふらふらしていて、私もよくちょっかいをかけられる。今も意味ありげに声をかけてきて、いったい何をしたいのか全くわからない。
「そんなことじゃいつまで経っても捕まえられないぜ。登った方が早いんじゃないか?」
「……ほっといてください」
センパイのことはともかく騎士団の任務は外敵の排除だけではない。モンドに住む人々から相談があればでき得る限り対応しなければならない。そのうちのひとつが今、私のやっている任務である。
「本当にそんなんじゃ日が暮れちまうぞ」
「……じゃあセンパイがやってくださいよ。センパイの身長ならすぐ届くでしょうし」
持ち上げようとした木の棒を下ろして振り返った。センパイはいつものように余裕がある態度で立っていた。
「いや、遠慮しとく。それはお前の仕事だからな」
どうせそう言うと思っていた。センパイはそういう人だ。飄々として掴みどころがない。そんな印象を抱く。けれど仕事はきっちりする。
「センパイのことだからそういうと思ってましたよ」
「だろうな。俺もお前がそう言うと思ってたさ。ほら、早く捕まえないとまた逃げちまうぜ」
「……わかってますよ」
まったく。なんでこんなところで寝ちゃっているんだか。せめて起きていてくれたら下りてきてもらうこともできたのに。木の上で安らかに眠る猫を見て私はため息をついた。
――帰ってこない猫を探して欲しい。
どうやらモンド城の外に出たらしいという情報だけでその任務は私に回ってきた。すぐ終わる任務のはずだった。猫がいる場所が木の上でなければ。ヒルチャールが木の上の猫を見上げながら囲んでワイワイ騒いでいたのを発見した時の絶望感。騒いでいるヒルチャールには悪いが、猫を連れて帰るために私は動いた。もちろんヒルチャールの皆さんには丁重におかえりいただいた。あんなに騒がしかったのに猫は木の上で静かに寝たままだった。
「だいたいセンパイは私が登れないこと知っててなんでそんな簡単に登らそうとするんですか?」
私は木に登れない。高いところが苦手なのだ。だから風の翼だって使えない。アンバーがやたら風の翼の良さをアピールしてくるけど、怖いものは怖いのだ。たしかに便利そうな代物だということはわかる。だけど落ちたらと考えるとゾッとする。
「なんでそんなこと言うかだって? ……ほら、よく言うだろ? 可愛い子には旅をさせろって。俺はお前のことを可愛いと思っているんだ。何事も経験するべきだと、俺は思うぜ」
センパイの可愛いと言う言葉になんの感情も湧かない。せっかく他人から可愛いと言ってもらえたのにシチュエーションが悪すぎる。というか、完全に取ってつけたような言葉だ。奴は私に遠回しではあるが、さっさと猫を捕まえろとプレッシャーをかけにきたに違いない。
「落ちたら俺が受けとめてやるから登ってみたらどうだ?」
「……」
センパイの言葉は本当かわからない。けれどよく考えたら気持ちよく眠る猫をつついて起こすのはかわいそうだと思った。痛くないようにと思って葉っぱがついた枝探したんだけどなー。でもこのままでは日が暮れる。ジン団長に怒られるかもしれない。怒ったジン団長は怖いのだ。クレーだってもはや反省室が家ではないかと思えるほど放り込まれているし。この間見せてもらったクレーの書いた夜中に出てくるらしいお化けの絵は完全にジン団長だったし……。もう覚悟を決めるしかない。
「……ほ、本当に落ちたら助けてくださいよ?」
「ああ、安心しろ。落ちたら俺が受け止めてやる」
そう言って両手を広げるセンパイの姿にどうも胡散臭さが抜けない。……やっぱりやめたほうがいいかもしれない。でも、猫と飼い主のことを考えるとこの方法が最善だと思えてきた。私は意を決して目の前の木を睨みつけた。
――
「せ、センパイ……! ちゃんと見ててくださいよ!」
「見てる見てる。だから安心して猫を助けてやれ」
ドキドキと木の枝に足をかける。下は怖くて見られない。センパイの適当そうな返事が聞こえる。遠くからではなく、下の方から聞こえるから木の下で待っていてくれるのだろう。たとえそうでなくても、そう思わなければ怖くて登れない。
「大丈夫。ここは高くない……高くないぞ……!」
「そうだな。さっきからまったく高さが変わってないぜ」
「ち、ちょっと! 黙っていてもらえませんか!」
下の方から声が聞こえる。自分に言い聞かせているのにセンパイが返事をしてきた。そういう返事はいらないのだ。センパイのことだからたぶん分かってて、やってるんだと思う。
「大丈夫だぞ! 私はできる! 登れる!! がんばれ私!!」
そう自分を何度も叱咤してようやく猫がいる枝まで登ることができた。
「まだ起きるなよー……」
猫はずっと寝たままで起きる気配はない。何度かこの猫を探したことあるけど、寝ていたことは初めてでこんなに起きないものかと驚いている。枝の上で器用に眠る猫に手を伸ばす。
「気をつけろよ」
センパイの声が聞こえる気がする。片手を離すのは怖いけど猫のためにここまで登ったのだから、感じる恐怖に知らぬ顔をした。そう言い聞かせて猫を捕まえる。片手で抱えられる軽さでよかった。あとはもう降りるだけだ。そう思って、下を見て……その高さで私はなんだかよくわからない感覚に襲われた。
「(……あ、これ。だめなやつだ)」
自分の変化に気づいたが何もできるはずもなく、そのままぐるりと目が回ったかと思えば視界は白に染まった。気を失う前にどこか遠くで私の名前が呼ばれたような気がした。