おめでとう、と言いたくて
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せっかくの誕生日だから大好きな睡眠を目一杯貪ろうと思ったのに叩き起こされた。どうやっても起こし続ける幼馴染に根負けした私は彼と共に今青い空の下を歩いている。照りつける太陽の眩しさに目を細めながら、誕生日なのだから好きなことをさせてほしいと彼を部屋に通した母を恨む。でもご馳走を作って待ってるからねと送り出されて、恨みはどこかへ消えた。我ながら全く単純な性格である。
「で、今日はどこに行くの? またお化け屋敷探し?」
「……いや、今回は違うよ」
「そうなの? また重雲のために探しに行くのかと思ってた」
「それもいいけど、今日は違うんだ。……とにかくついてきてくれ」
私の幼馴染みである行秋は所謂お人好し……いや人助けをしたいと思っている人間である。彼は幼い頃に読んだ武侠小説に出てくる人物に憧れている。行秋が古華派の剣技を会得した時から人助けやら小説に出てきた秘境探索や彼らが活躍した舞台の場所に行くためにふらふらと行方をくらますという困った癖がはじまった。行秋は1人で行くこともあったが、私や重雲を連れ回すことも多々あった。前回私が行秋に連れられて重雲のために探してきたお化け屋敷は残念ながら重雲には効果がなかったようだ。そのことに関連していろいろあったがここで思い出すことではない。
とにかくその事でめちゃくちゃ怒っていた重雲にお詫びの意味も兼ねてまた探してるのかと思っていたけれどどうやら違うらしい。それにあきらかにいつもとは違う落ち着きのない行秋に違和感を覚える。だけどまだ少し残る眠気のせいで指摘するのも面倒でそのまま素直に従った。私はこのあとこのまま素直に従った自分を恨むことになるとは知らずに前を行く少し様子のおかしい行秋の後に続いた。
―――
「――いや、なんでここに来るの?」
従ったのは良い。ワープを使って飛んできたけど、なんでこんなところに来るんだ。ここに来る璃月っ子なんてほぼいない。こんなところまで足を運ぶなんて学者か冒険者か変わった観光客ぐらいである。ほとんどの璃月人は全容を遠くから眺める程度だからそもそもこんなところまで来ない。
「ちょっと行きたいところがあるんだよ。もう少しだからついてきて」
行秋の励ましと共に海水に足をつけながら2人で歩く。浅瀬である。この場所はいくつかの島が並んでそこに歪な形の岩が地形を作っている。璃月をおさめる岩王帝君がかつて魔神を封じたといわれる土地がここ孤雲閣だ。璃月人は滅多に来ない場所だから魔物が好きにのさばっていて結構大変な土地でもある。なかなか強い魔物が多いのはこれもかつての魔神達が今もどこかで呪いでも吐き出しているからなんだろうか。などと物語のようなことを思いながら時々落ちている貝を拾って行秋の後に続く。
「うう、ヒルチャールいすぎ……」
「もう少しだから頑張って!」
さっきからもう少ししか言ってなくないか?と聞きたくなる。っていうか行秋のいう少しって私の思う少しとずいぶん違うような……。目的地がどこかもわからないまま歩き、ヒルチャールの相手をし……まあ、遺跡守衛がいっぱいいる方角じゃなかっただけマシだと思うべき?
その後もヒルチャールと戦ったり、無用の戦闘を避けるために隠れたりしながら進むといつの間にか島の先端まで辿り着いた。もう進む先と言えば泳ぐしかなさそうなので、到着にしてほしい。ようやく念願のお言葉を頂けると願いながら岩の上に立つ行秋を見つめる。彼の姿の向こうにドラゴンスパインが見えた。
「うん。ここが目的地だね」
行秋がうんうんと満足気に周りの景色を見渡した。その後振り返って私を見た。彼の目には目的地のわからない当てのない旅をさせられていたせいで座り込む私が見えるはずだ。腰につけた水筒をとって水を飲む。目的地に着いた後の水は美味しいな。もう少し飲もう。汗を拭いながら水を飲んでいると行秋がこちらに寄ってきた。
「ねえ、なまえ……」
「んー、なに?」
「この場所の名前知ってるかい?」
「名前?」
名前なんてあるの?
いや。どう見てもただの出っ張った崖としか思えない。そんな所の名前なんて知らない。そもそも名前ついている事自体初めて知ったんだけど。私は遠くから全容を眺める人間側なので孤雲閣各地の名所など知る由もない。首を振った私に行秋はやっぱりねと笑った。
「ここは天成石橋っていうんだ」
「天成石橋?」
「うん。前に読んだ本に書いてあってずっと来たかったんだけどね」
「ふうん」
嬉しそうに話す行秋の顔を見ながら、たぶん武侠小説にのってたんだろうなと思った。最後の一番の盛り上がる場面で魔神か何かと戦ったのだろうか?それならば、おそらくあの円形広場で戦いが繰り広げられて最終的にここまで追い詰めたのだろう。あ、物語の最初にここで主人公が追い詰められて最後に追い詰めるって展開もおもしろいかも。勝手に小説の内容を想像していると、行秋がガサゴソと何かを取り出しているのが見えた。
「どうしたの?」
まさか小説内の再現でもするのか。幼い頃はよく真似して遊んだけど今はやらなくなったよね。
「ここから端まで歩いて両側にモラを投げるんだよ」
「モラを?」
取り出したのは彼の財布だった。さすが飛雲商会の御曹司。財布も細やかな刺繍がしてあり、ひと目見たら高いものだとわかる。
「ほら、座ってないで立って」
そう言って財布を握ってない手を私に差し出して立たせてくれた。そのまま先端の方へ向かいつつ、行秋は取り出したモラの一部を私に渡して自ら手本を見せた。何がなんだかわからず渡されるそれを疑問もなく受け取る。行秋が投げ入れたモラがぼちゃん、ぼちゃんと音を立てて魔神が沈んでいるであろう海に飲み込まれて行った。私がぼけーっとその様子を見ていると行秋が振り返った。
「どうしたの? なまえもしなよ」
「えっ……⁉」
そう促されて、渡されたモラの使い道に改めて気付かされた。親ならまだしも幼なじみから渡された他人のモラを投げ入れるなんてダメだよね‼さっきは何をするか分からずに受け取ったけど、これはだめだ。そう思った私は慌てて行秋にモラを返そうとした。
「行秋! モラって……自分の出すから!」
「とか言ってどうせ持ってきていないだろう」
図星である。半ば寝ぼけて出てきたのだ。武器と水筒以外何も持ってきてない。お昼も行秋が持ってきた料理をありがたくいただいた。
「ほら、気にしなくて良いから。さ、早く僕がやったようにモラを投げ入れなよ」
「え、武侠小説ってこんなわけのわからない場面あるの?」
そもそもなぜモラを投げ入れなきゃいけないんだろう。モラ投げ大会でも行われたんだろうか。いや、いくらなんでもそれはないだろう。そんな武侠小説嫌すぎる。たしかに義侠の精神で人助けみたいな内容があったことは行秋から聞いたことがあるけどこんな崖、じゃなくて……。て、天なんとか橋からモラを投げ入れるなんてそんな場面想像つかない。
「……武侠小説? なんの話?」
私の言葉に眉を寄せて困惑してますって顔の行秋を見て初めて彼が武侠小説の舞台に来たわけではないことに気付いた。てっきりそうだと思い込んでいた私は間違いに気付かされた。
「えっ?!い、いや! なんでも、なんでもない!!」
その勘違いに気づいた時、すごく恥ずかしくなって誤魔化すようにあれだけ返したかったはずのモラを遠慮なく投げ入れた。思わず力が入ったせいで離れた位置で沈んでゆくモラ達。
「そ、それで次は?! 次は何をすればいい??」
「……は、反対側にも同じように入れてくれ」
勘違いが恥ずかしくて誤魔化すように大声を出して詰め寄る私の剣幕に少し怖気付いたのか引き気味になりながらも、行秋がさらにモラを差し出してきた。先程はあんなに遠慮していたのに今はモラのことなんて気にならなかった。誤魔化すことに必死すぎて言われた通りにモラを半ばひったくるように受け取って反対側からも投げ入れた。小さな音を立てて沈んでいくモラをしばらく見つめて私は自身の焦りを落ち着かせようと必死だった。深呼吸を何度か繰り返した。